自然環境と人々の暮らしに深刻な打撃を与えた重油流出。
現状とその背景、今後の見通し、そして私たちに何ができるかを考えました
9月23日、ウェビナー 「わかしお」座礁から2ヶ月 モーリシャスの今と市民連携をオンラインで開催し、70名以上の方にご参加いただきました。基調講演として、モーリシャス現地のNGO「ハレー・ムーブメント連合」のニルマル・ブスゴポール氏が事故後の現状を報告。その後、日本から村上正子氏(高木仁三郎記念市民科学基金)、井田徹治氏(共同通信社)、東角操氏(ふくい災害ボランティアネット)からのご発言をいただき、質疑応答を行いました。
7月25日にモーリシャス沖1.4キロのところで座礁した大型貨物船「わかしお」から流出した重油は、美しく豊かな生態系を保つ自然環境を汚染。地域の人々の生活にも深刻な打撃を与えています。ニルマル・ブスゴポール氏は「観光業に携わる人々が新型コロナウイルスの影響で打撃を受けていたところにさらなる不幸が襲いました。この事故について政府は何の策もとりませんでした。政府が動いてくれないので、市民がボランティアで布のオイルフェンスなどを手作りし、油を除く作業をしています。今ボランティアは全国から集まっています。この地域の人々は漁業と観光業で生計を立ていますが、将来の見通しが非常に不安なものになってしまいました。さらに子どもたちは、異臭がまん延しているために学校も休みになり、親の失業で退学への不安も抱えています。ハレームーブメントでは日々の暮らしに困窮する人々や子どもたちへ、電話相談や情報提供、サービスへの橋渡しなどのサポートを行っています。わかしおの事故が与えた影響は生態系だけにとどまりません。そして人々への被害への補償はお金だけですみません。これから先の長い年月も人々の連携を維持し、わかしおがもたらした悪影響を軽減していかなければなりません」と報告しました。
次いで村上正子氏からは、「経済のグローバル化で輸送量や船舶の大型化が進んでおり、被害が甚大化しやすい傾向にあります。また、税金や効率の面で人件費が安い海外の船員の配乗が可能になっています。報道では船主の長鋪(ながしき)汽船株式会社に責任があり、商船三井、日本政府にはないとされていますが、これでは次の事故を防ぐことはできません。当事国としての責任を果たすために、事故原因の究明や検証、支援など、モーリシャス政府だけでなく住民が意思決定のプロセスに参画できる形で行っていかなければなりません。日本政府が事故調査し、再発防止に向けて船舶にかかわる国際的な条約や制度の転換をするよう、市民社会が働きかけていく必要があります」と話しました。
井田徹治氏からは「事故が起こったのは生物多様性のホットスポットで、最悪の場所。サンゴへの長期的な影響は未知数で、マングローブ林にはかなりのダメージになっています。マングローブは油に弱く除染が極めて困難で、除染作業がさらに汚染を悪化させることもあります。マングローブは漁業、生物多様性、防災、除染、二酸化炭素吸収など、生態系への貢献が大きいにもかかわらず世界的な減少は深刻な問題で、保全は重要です。商船三井が環境保全対策を打ち出していますが、既存の自然環境の保全と再生を最優先させるべきで、現地住民・コミュニティとの対話が不可欠です。市民として、この問題に関心を持ち続けること、現地との情報交換を頻繁にすること、政府と企業だけでなく、市民科学者を動員して外部の視点を提供して議論すること、企業・政府への支援を促す圧力と対話が必要」と話されました。
最後に東角氏からは、1997年1月に発生したナホトカ号による日本海重油流出事故の市民の対応が紹介されました。「6000キロの重油が流出し、最初は地元の人たちと青年会議所でと柄杓で汲み出していましたが、報道などもあり、全国から20万人のボランティアが集まりました。寒い冬の海で、バケツリレーや砂浜の油のふるい分け、小石についた油のふき取りなどを行い、90日後にようやくきれいな海が戻りました。当初は自治体や県に陳情や要望を出しましたが、行政の用意したオイルフェンスは荒波を防ぎきれず、バキュームカーは油が固形化して役に立ちませんでした。誰かを責めるのではなく、ふだんから海の恩恵を被っていたので、きれいにするのは当たり前、「海は誰のものでもない、我々のもの」という意識が大切でした。環境をつぶすのは重油ではなくて人間の勝手な振る舞いです。汚したら戻す、人間のエゴ、傲慢さをなくすのが基本ではないでしょうか」と話されました。
時間をオーバーしたため、質疑応答はニルマルさんに2点、質問がなされました。
一つ目は漁師やコミュニティの現在の生活と生活再建の見通し、そして生計面への政府の支援について。ニルマルさんからは「将来の見通しは不透明です。漁師は油の除去の最前線に立ち、有毒な化学物質のなかで作業をしていますが、海が汚染され生計を立てる活動ができません。政府は、登録している漁業従事者に月額手当を支払うと言っていますが、登録しているのは全員でなく、誰がどのくらいの期間、どのくらいの額を受けられるのかは未定です」と答えました。
二つ目は企業や日本に対する感情はどのようなものかという点。ニルマルさんは「モーリシャスの人々が日本にぜひやってほしいと願っているのはきちんとした調査です。何が起こったのか解明してほしい。また、大きな影響を受けた人々への継続的な支援をお願いしたい」と答えました。
ウェビナーの最後に後援団体の一般社団法人SDGsネットワークの大橋正明氏が、それぞれのスピーカーの話を総括し、次のように締めくくりました。「私が驚いたのは、事故がなくても大量の油を使って遠くブラジルから鉄鉱石を運んでいるとうこと。この鉄は私たちが使うものになっているだろう。それだけでも環境に負荷をかけているのに、今回のことで貧しい人、何の責任を負わない人が生計の手段を奪われている。このことに誰が責任を持つのか、誰が対応すべきなのかという点で私たちは無関係ではない。気候変動と同じ、原因を作り出したのは先進国の私たちで、苦しんでいるのは途上国の人々。この矛盾をどうしていくのか。市民同士、生活者同士として関心を持ち続け、何らかの声を上げいく、経済のあり方を変えていくことに積極的になるべきです」
今回参加費からの寄付48,400円は現地の人々への支援に使われます。(10月18日ハレ―ムーブメントから受取の連絡がありました)
※セミナーのなかで時間切れとなったご質問について、スピーカーよりご回答のあったものを掲載します。個人名等が特定できないよう、若干、編集しています。(本回答は、セミナーが開催された時点での回答です)
(1)質問:早急な支援が望まれる中で、責任企業によるモーリシャス政府への補償、日本政府によるモーリシャス支援、個人やNGOによる回復への取り組み内容が重なる可能性が高いと思います。これらはどのように分けて考えるべきなのでしょうか?
回答:補償や支援が、モーリシャスで被害を受けた人々(漁業者、観光業など直接の被害を受けた方々、環境団体や一般の住民)の要求に応じたものになっているかという観点で、企業による補償や日本政府による支援のあり方を見ていく必要があるかと思います。
モーリシャス政府は船主責任制限条約(LLMC)1996年議定書を批准していないので、今回の事故では約20億円という限度額が適用される可能性がありますが、これを不服とし、条約から脱退するなどして、条約の外で損害賠償請求をすることもできるそうです。
必要とあれば、そのような手段をとってでも、受けた被害の回復を図ってほしいと思いますが、モーリシャスの人々の政府に対する抗議活動の様子や、実際のモーリシャス政府のこの間の行動をみていると、モーリシャス政府がどこかで(住民の意向を十分に反映しないまま)日本の企業や政府との間で手を打ってしまわないかと懸念しています(杞憂であればよいのですが)。
(2)質問:荷主に責任はないのではないか?
回答:誰が(間接的にでも)その乗り物を動かしているのかという点もあり、その乗り物の性能面や運転面で高い安全性を維持するには、どこがその費用を出せるのか、または出すべきかという観点で考えていくことが大事ではないかと思いました。
一方で、その発注の恩恵を受けているのは消費者である私たちですので、その責任の一端は私たちにもある。そういうことを考えていかないと、システムは転換できないということではないかと思いました。
(タンカーの場合は、補償基金に加盟している国の港・受け入れ施設で、年間15万トン以上の海上輸送された石油を受け取った者[石油会社など]が拠出する仕組みになっています)
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