バランスをとった文面:多国間パンデミック対策の出発点に

4月16日未明、パンデミック条約策定交渉のための協議体である「多国間交渉主体」(INB)の延長された第13回会合で、パンデミック条約の条文について、193か国・地域の合意が確保され、5月19日から27日までジュネーブで開催される世界保健総会での成立が確実となった。米国トランプ政権のWHO脱退・パンデミック条約交渉負関与宣言や、陰謀論・偽情報などの脅威にさらされる中でも、各国はパンデミックへの多国間での予防・備え・対策のルール形成の必要性を認識し、様々な妥協を経て、3年間の交渉の末、歴史的な合意に至った。テドロスWHO事務局長は合意成立に際して、次のように述べた。「パンデミック条約が合意に至ったことは、単に、世界をより安全にするための画期的な合意が成立したということにとどまらない意義を持つ。加盟国は、多国間主義が見事に健在であること、また、この分断された世界においても、各国は共通の基盤を見出し、共通の脅威への対応を共有するために協力できることを示したのである」。また、交渉においてグローバル・サウス諸国を代表するG77グループおよびアフリカグループを代表するタンザニアの代表は以下のように述べた。「このプロセスは、私たちが望んだすべての成果をもたらしたとは言えないかもしれないが、潜在的なパンデミックに直面した際の備えを強化するための努力において、将来の協力と成長のための重要な道を開いたのである」
最大の焦点「病原体へのアクセスと利益配分」は?
世界保健総会前の最後の交渉ととして4月7-11日および15-16日に開催された第13回INB延長会合における合意形成は、平坦な道のりではなかった。これまでの交渉で最大の課題となってきた第12章「病原体へのアクセスと利益配分システム」(PABS)については、このシステムを設置することに合意し、その内容は、条約の第3部(Chapter III)の内容と整合性を取りつつ、今後、条約の「別添」(Annex)にて詳細を記述することで合意がなされた。病原体情報によって開発された医薬品の配分については、各時点での生産量の20%をターゲットに、まず生産量の最小10%はWHOへの寄付、残りの割合は柔軟な形で手ごろな価格でWHOに提供されることとなった。
最終論点:「技術移転」に関する「相互に合意された」表記の扱い
最後まで問題として残ったのは、第11章「パンデミック関連保健製品の生産のためのノウハウに関する技術・協力の移転」である。パンデミック関連医薬品の製造に関する技術移転について、先進国側は、絶対に「自発的で相互に合意された」(voluntary and mutually agreed)ものでなければならないと主張、途上国側は、自発的で相互の合意に基づかなければ技術移転がなされないということが、常に適切なタイミングでの技術移転を妨げてきたとの認識から、これらの表現をなくすべきとの主張を行ってきた。結局、4月12日までに、「自発的」という表現は使わず、「相互に合意された」については、この章の脚注に記述する、との合意がなされ、これを踏まえて、各国の交渉官には、ジュネーブから自国に帰国した人も多かった。ところが、15日になって、欧州連合が主導する形で、「相互に合意された」という表現を、第11章の脚注のみならず、「相互に合意された(脚注)」という形で、技術移転に関する記述があるところ全てに記載する、という提案がなされ、各国はそれぞれの記述が整合的かどうかをチェックしなければならないことになった。最終的に、条文が合意されたのは16日の未明となった。
世界保健総会での採択への道のり
今後、世界保健総会に向けてはどの様なプロセスがあるのか。報道によると、世界保健総会に各国を代表して出席するのは必ずしもINBの交渉官ではなく、各国の保健大臣など、より上位の人々である。そのため、交渉官らは各国の代表団のトップがパンデミック条約の採択に賛成するように働きかける必要がある。基本、各国の交渉官は各国政府からの委任を受けて交渉しており、彼らが合意したテキストは、各国政府が合意したものであると考えて差し支えないが、国によっては、そうならない可能性もないとは言えず、いわば「時間との闘い」となる国も存在しうる。ただ、いずれにせよ、WHO加盟国194か国のうち、脱退を表明した米国とアルゼンチン以外の192か国の代表者たちが、条約文案に合意したことは、この分断され、偽情報・陰謀論がはびこる世界において、極めて重要かつ貴重なことであるということができよう。