長期効果型HIV薬「レナカパビル」のグローバル展開戦略が公表

対象国選定の恣意性に市民社会から批判

ゲームチェンジャーの登場

レナカパビルの構造式

HIV予防や治療の「ゲームチェンジャー」と言われる「長期効果型技術」に基づくHIV予防・治療薬の開発は、米国の製薬大手ギリアド・サイエンシズ社(Gilead Sciences)と、米ファイザー社・英グラクソ・スミスクライン社(GSK)がHIVに特化した企業として設立した合弁企業ヴィーヴ・ヘルスケア社(ViiV Healthcare)がしのぎを削る形で進められている。このうち、ギリアド社が2022年に開発した「レナカパビル」は、「カプシド阻害剤」という新たなタイプのHIV予防・治療薬で、他のHIV薬と組み合わせることで半年に1回の注射でHIVの強い抑制効果を持つのみならず、同様に半年に1回の注射でHIV予防効果を持つ。つまり、HIVワクチンが存在しない現在、半年に1回注射すれば、HIV予防が防げるレナカパビルは、新たなプレップ(曝露前予防内服)薬として活用することによって、国際目標である「2030年までの(地球規模の公衆衛生上の脅威としての)HIV/AIDSの終息」を達成するための最大のツールの一つと認識されているのである。

6つのジェネリック企業に直接ライセンス契約

世界のHIVへの取り組みの主要な舞台は、サハラ以南アフリカをはじめとするグローバルサウス諸国である。ギリアド社には、新薬であるレナカパビルを、これらの国々でどのようにアクセス可能にするかが問われていた。これについて、10月2日、ギリアド社は、「HIVの影響が強く、資源が限られた国」(High incidence, Resource Limited Countries)120か国を対象に、レナカパビルについて、世界のジェネリック薬企業6社と自発的ライセンス契約を締結したことを発表した。この契約は、ギリアド社とドクター・レディ・ラボラトリーズ(Dr. Reddy’s Laboratories、インド)、エムキュア(Emcure、インド)、エヴァ・ファーマ(Eva Pharma、エジプト)、フェロソンズ・ラボラトリーズ(Ferozsons Laboratories、パキスタン)、ヘテロ(Hetero、インド)、マイラン(Mylan、米国)の6つのジェネリック企業との間で直接締結され、新薬のライセンス契約の仲介を行なう国際機関である「医薬品特許プール」(MPP)は介在していない。

「医薬品特許プール」の活用回避に懸念

市民社会はギリアド社に対して、レナカパビルのジェネリック企業とのライセンス契約にあたっては、公的機関であるMPPを介して、透明性・公開性および継続性を確保すべきと主張してきた。実際、ギリアド社はこれまでのHIV治療薬・予防薬については、MPPを介してライセンス契約を行ってきたが、同社が開発したC型肝炎やコロナの治療薬に関しては、MPPを介さず、直接ジェネリック企業とのライセンス契約を行なってきた。今回のレナカパビルについても、MPPを活用しない直接契約の形をとった。これについては、市民社会から懸念の声が上がっている。開発系製薬企業とジェネリック企業との直接の自発的ライセンシングは、中立的な第三者を通していない分、情報公開が弱く、透明性や説明責任の確保も不十分となる。また、MPP側も、製薬企業にライセンシングしてもらうために妥協を余儀なくされ、本来MPPが果たすべき役割が果たせなくなってしまう。

対象国選択の恣意性に批判

また、ギリアド社がレナカパビルのジェネリック薬の供給を行う対象とした120か国についても、市民社会から疑惑と懸念が表明されている。これを分析すると、基本、(1)低所得国および下位中所得国は対象、(2)上位中所得国については非対象とする、ただし(2)上位中所得国の中で、HIV感染率の高い地域(カリブ海、サハラ以南アフリカ等)については対象とする、という原則で臨んでいるものと考えられる。ここで大規模に除外されるのが、データ上は「上位中所得国」となっているブラジル、ペルー、コロンビアなど中南米諸国である。これらはほぼ上位中所得国であるが、これらの国々では最近、HIV感染が増加しており、PrEPを含む予防対策の強化が必要であるところ、対象から外すのは適当ではないとの声が出ている。実際、同じ中南米諸国で上位中所得国であるガイアナとスリナムが対象国になっている。これは、HIV感染率が相対的に高いカリブ海地域の国と認識されたことによるものであろう。一方、アフリカ諸国の中では、上位・下位中所得国の境界線上にあるアルジェリアが除外される一方、上位中所得国のリビアは入っている。このように、対象となる国の選択に恣意性がある。実際のところ、企業同士の自発的ライセンシングにおいては、こうしたことについて説明責任を果たす必要がないことも問題である。

先進国・日本ではレナカパビルのプレップ使用はほぼ不可能

なお、レナカパビルは日本では他の治療薬に薬剤耐性のある人に限定したHIV治療薬としてのみ認可されており、薬価は一注射当たり320万8604円となっている。これでは同剤をプレップに使用することはほぼ不可能といえる。プレップについては、日本では近年まで認可された薬はなく、ジェネリック薬の個人輸入という形で、ツルバダ(ギリアド社のテノホビル ジソプロキシル フマル酸塩とエムトリシタビンの合剤とデシコビ(テノホビル アラフェナミド フマル酸塩とエムトリシタビンの合剤)が使われてきた。しかし、この8月にツルバダがプレップ薬としての認可を受けた。日本におけるプレップの公的認知という点では、これは前進と言える。一方、これにより、ツルバダに関しては、ジェネリック薬の個人輸入ができなくなり、ギリアド社の製品を購入することになる。日本では、プレップは予防薬であるため保険適用はなく、公衆衛生の観点からの助成制度も今のところ設けられていないため、価格は一錠2442円、一か月で7万円を超え、これまでの個人輸入による価格(1万円程度)と比較すると7倍程度に上昇する。日本でのプレップ薬の承認は、新たなHIV予防方法の公的認知という観点からは前進と言えるが、これにより安価なジェネリック薬へのアクセスが制限され、プレップへのアクセスが相当高額になるという皮肉な状況が生まれている。