限られる対策の選択肢 ワクチンにも課題
コンゴ民主共和国を中心に12か国に広がる
コンゴ民主共和国を中心にアフリカ諸国で拡大を続けるエムポックス(Mpox)について、8月13日、アフリカ疾病管理・予防センター(アフリカCDC)は「大陸レベルの安全保障に関する公衆衛生上の緊急事態」(Public Health Emergency of Continental Security: PHECS)を宣言した。その翌日の14日、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も、エムポックスについて、国際保健規則(IHR)に基づく「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)を宣言した。
エムポックスは2022年にも世界的に拡大し、WHOはPHEICを宣言したが、その後感染事例が減少し、2023年に宣言は終了していた。2024年、コンゴ民主共和国を中心にエムポックスは再拡大し、アフリカCDCによると、2024年初めから8月16日までの間、アフリカ12か国で、疑い例も含めて18737の感染事例があり、既に541人の死者が出ている。この流行を引き起こしているのは、より感染性や毒性が強いとされる「クレイド1b」(Clade 1b)系統のウイルスであり、その結果、感染拡大のスピードや死者数も増えている。医学誌ランセットの記事「公衆衛生上の緊急事態が宣言されたエムポックス」によると、2022年のエムポックス拡大は主として同性間性的接触によるものであったが、今回の拡大はより幅広い人口層にまたがっており、15歳以下の感染が全体の66%、死者の82%を占めている。WHOはエムポックス対策費として緊急に必要な金額を1500万ドル(22億円程度)と見積もっており、まず145万ドルをWHOの「緊急対応基金」(Contingency Fund for Emergency: CFE)から拠出して対応にあてることとしている。
限られた対策の手段、ワクチンにも課題
エムポックスの予防において重要な対策の一つとして、特に感染しやすいコミュニティにおける曝露前のワクチン接種が挙げられる。実際、米国などにおいては、2022年の感染拡大の際に、エムポックスに効果のある新しいワクチンである、デンマークのバヴァリアン・ノルディック社(Bavarian Nordic)の「MVA-BN」の大規模接種が行われた。現在、エムポックスの予防に活用できるワクチンとして主要国の許認可を受けているのは、上記MVA-BNと、日本のKMバイオロジクス社が製造する天然痘ワクチンである「LC16m8」、および米国のACAM2000である。今回のエムポックス拡大に際して、アフリカCDCは欧州委員会の「保健緊急事態準備対応総局」(Health Emergency Preparedness and Response Authority)と協定を結び、MVA-BNワクチンを当面21万5千回分確保した。
一方、一部報道によると、アフリカCDCは日本とも交渉し、LC16の確保にも動いている。LC16は2023年、日本の厚生労働省により南米のコロンビアに2.5万人分提供されたことがある。同ワクチンは1970年代に天然痘ワクチンとして開発され、伝統的な日本のワクチン製造メーカーであった化学及血清療法研究所(化血研)が製造していたが、法令違反の摘発等により、現在は同社の事業を譲り受けたKMバイオロジクス社(熊本市北区)のものとなっている。同ワクチンについては、日本エイズ学会が、「免疫不全のある人への接種における安全性などのエビデンスが乏しい」との指摘を行っている。実際、LC16の説明書においても、「過去に免疫不全の診断がなされている者」等について、接種要注意者とされている。この点、コンゴ民主共和国はHIV/AIDSが広汎流行期にあり、また、HIVに感染していて治療を受けておらず、免疫が大幅に低下している人々も多く存在している。また、LC16は旧来の天然痘ワクチンとして、二叉針を用いた多刺法により皮膚に接種しなければならず、一般のワクチンと異なり、特殊な手技が必要となり、これを打つためだけの訓練が必要となるなど、アフリカで活用するには問題が多いように思われる。
CEPIがMVA-BNワクチンの子どもへの臨床試験に資金拠出
エムポックス予防のためのワクチンとして国際的に一般的に使用されているMVA-BNは日本では認可されておらず、LC16が研究の形をとって小規模に展開されているに過ぎない。日本エイズ学会は、同性間性的接触による感染が多いエムポックスについては、HIV陽性で免疫が不全な状態にある人が接種する可能性もあることから、HIV陽性者へのエムポックス予防ワクチンとして推奨されている唯一のワクチンであるMVA-BNを日本でも認可し、活用可能にすべきであると主張している。かつて広汎に子どもに接種されていたLC16は、子どもが接種した場合の安全性が保障されている一方、新規に開発されたMVA-BNは、子どもへの接種の安全性については、臨床試験の段階にある。現在、CEPI(感染症対策イノベーション連合:ワクチンの開発に資金を出す機関)が資金を拠出して子どもへの接種の安全性に関する臨床試験が行われている。