『アフリカNOW』 No.15(1995年発行)掲載
アントワープ大学アフリカ大湖地域研究センターがまとめた「アフリカ大湖地域の危機」は、現在のルワンダやブルンジ、そして周辺地域が抱えている問題を解き明かす資料となる1冊です。この本について東海大学教授であり、アフリカ平和再建委員会委員長そして会員の首藤信彦氏に講評を、龍谷大学教授で会員の大林稔氏に解説をお願いしました。
講評 首藤信彦
3ヵ月で100万人と言われる虐殺犠牲者をだし、連日のごとくザイールへ越境してくる難民、キャンプでの飢餓と疫病蔓延が報道されたルワンダの虐殺と内戦は、まさに94年を代表する大事件であった。しかし、それは「難民→かわいそう!」という図式、そして「ツチとフツの民族対立→アフリカはしょうがないな!」という感覚においてのみ理解され、冷戦後の第三世界における最初のそして最悪の大規模虐殺に発展したルワンダ問題とは一体何だったのか、日本では何も知らされず、何も理解されないまま、この地域への関心と記憶は忘却の彼方にさりつつある。
本著「アフリカ大湖地域の危機」はそうした我々の無知と無理解に一条の光を当ててくれる。これが、問題の網掛けをルワンダではなく、ブルンジを含めた「大湖地域」としていることを評価しなければならない。ルワンダ、ブルンジのきわめて類似している環境、その一方で異なった発展経路をとる両国において発生した民族的憎悪や小規模紛争が、両国間をピンボールの球のように加速しながら、最終的に94年4月をむかえるプロセスが解説されている。そこにおいて、虐殺を導いた部族対立、政治対立、経済危機、行き場のない難民コミュニティ、軍事侵攻のような要素とそれらの相互関係、そして旧宗主国ベルギーの支配と独立プロセスにおける歴史的問題など、虐殺のメカニズムをもたらした要素が網羅的に提示され分析されている。残念なのは、この翻訳が調査レポートとして専門家への限定配布にとどまることである。このような労作こそぜひ公開して、ルワンダ問題を部族対立とした世俗の評論家や市民にも真実を告げてほしい。アフリカ問題は部族対立だとする誤解こそが、アフリカへの無理解と無関心を生み出しているのだから。
解説 大林 稔
この報告書は、ルワンダ、ブルンジの現在の政治状況について、包括的な知識が得られるように、植民地以前から書き起こし、国際社会が今取るべき政策にわたるまで、重要な論点をバランスよく論じている。同時に、日本では知られていない様々な事実を知らせてくれる点でも重要な資料である。中でも、特に興味深い点をいくつかあげてみよう。
フツ・ツチ対立は政治過程の産物
植民地化以前のブルンジ・ルワンダの社会は、エスニックなグループに加え、その他の社会グループも絡み合う複雑な構成をなしていた。この社会構成は植民地支配下で単純化され、さらに独立国家へと向かう政治過程で「ツチとフツ」という対立にまとめあげられていった。
ルワンダとブルンジの相互作用
ブルンジでは、ルワンダの影響を受けながら、やや遅れてエスニックな対立が激化していった。そして独立後、両国は相互に相手国での対立を助長するような影響を与えあってきた。
ルワンダの危機
経済危機、RPF軍の侵入、民主化の流れがからみあいつつ既存の権力を危機に陥れた。ジェノサイドは、これを背景に、国家権力の中枢にいる人々が、計画的かつ組織的に引き起こしたものである。
ブルンジの危機
1988年以降、ブルンジでは大胆な国民和解と民主化のプロセスが開始された。しかしこのプロセスは、それ以前に累積されたエスニックな不満を解消することができず、選挙を通してかえってツチ・フツの対立を顕在化させた。現在のブルンジはツチ過激派と軍による「クリーピング・クー」(徐々に進行するクーデタ)のもとにあり、エスニック・クリンジングが進みつつある。
今後の見通し
両国では、ツチによる展望なき「アパルトヘイト」があらわれかねない。さらに、本報告のタイトルが示唆する通り、ルワンダ、ブルンジの危機は「大湖地域」(両国に加え、ザイール東部、ウガンダ、タンザニア西北部等を含む地域)の危機という性格を帯びており、広域にわたる紛争に発展する危険がある。
国際社会の支援
両国への支援に当たっては、(1)法律の整備と法制度の強化・治安維持、(2)穏健派ないし和解派の強化、(3)軍を国土防衛に専念させること、の三点に留意すべきである。
コメント
本報告は、大湖地域の危機に関する、日本語で読める最良の資料の一つであろう。特に、ブルンジの現状についての分析は、貴重なものである。それだけに、「地域的危機」という正しい視角にも関わらず、大湖地域全般にわたる分析が弱いのは残念である。しかし、本報告の最大の弱点は、外務省の委託調査であるにもかかわらず、日本政府に対する提案に見るべきものがないことである。
本報告は、国際社会がこの地域に大きな影響を及ぼしうることを示している。「諸大国」が関心を失っている現在、日本は国連による和解のためのイニシアティブを強力に支援すべきであろう。