食料安全保障をめぐる相反するアプローチ

-モザンビークの例を中心に-

食料安全保障研究会 第3回 公開講座報告

日時:2001年12月25日(火)18時40分-21時
会場:富士見区民館(東京)
講師:田中清文さん(国際開発センター.AJF会員)
題目:食料安全保障をめぐる相反するアプローチ—モザンビークの例を中心に
出席者:開発コンサルタント、NGO、JICA、研究者等、「開発」の業務に従事している方を中心に14名。

内容

河内が司会を担当した。以下のプログラムで進められた。

講師の方から、モザンビークにおける「除隊兵士再定住地域村落開発計画調査」事業に関する報告がなされた。続いて、FAOの技術協力局が担当している  Special Program for Food Security(SPFS:食料安全保障特別事業)が紹介された。FAOの農業局が実施しているIPPMアプローチにも少し触れ、同じ「食料安全保障」という言葉を使いながら、正反対のアプローチが生まれてくる状況等について確認した。JICAとFAOの「連携の模索」についても話が及んだが、それらは、後の質疑応答/討議において話が展開された。

  1. プロジェクト概要
  2. FAOのSPFS

以下、順を追って述べる。

1.プロジェクト概要

1)期間/委託/カウンターパート

実施期間:2000年7月から2002年8月まで(約2年間)
委託元:国際協力事業団(JICA)農業開発調査部
委託先:(財)国際開発センター・三祐コンサルタンツの共同企業体
カウンターパート:モザンビーク国政府 労働省 雇用促進局

2)目的

モザンビークの農村において、地域住民の「自立的な」発展を促進するためにドナー・政府に何ができるかを模索し、南部マプト州マニサ郡ムングイネ村とマルアナ村でのパイロット事業の実施を通して実験し、その成果を他地域への普及に適した形(「自立的農村開発」のモデル)にまとめる。

3)本調査のアプローチ:モザンビークにおける「自立的農村開発」のモデル案

・住民参加型農村調査の実施
-住民自身による「既存資源の豊かさ」への気づき
-「地域で利用可能な資源」に基づき、自分達で維持管理できる「適正」技術 を使った村落開発プロジェクトの立案
・短期の農村開発の目標:村・住民レベルの「食料保障」(food security)
-換金作物(バナナ、サトウキビ、カシューナッツ)による所得向上より安定 性を重視
-多様な土地の利用(湿地の低地部だけではなく、半乾燥地の高地部でも適地 適作)
-他品種の作物(メイズ、キャッサバ、豆類、野菜類)
-果樹(マンゴー、パパイヤ、パイナップル等)を増やす
-家畜(牛、山羊、豚、鶏、アヒル、ウサギ等)を増やす
-システム全体の「多様化」の向上=システム全体の「安定化」の向上(リス ク最小化)
・村落開発の担い手として「住民組織」の強化(運営能力、財務管理能力、リーダーシップ等)をはかる
-住民組織の能力強化のためには、「研修と実施が一体化」した協力が必要。
-パイロット・プロジェクト実施の経験を通して、住民組織の問題対応能力を 養う
・パイロット・プロジェクトでは、住民が自己負担(コスト・シェアリング)してでもやりたい事業を支援する。
・「スタディ・ツアー」等を通して、モザンビークの農民同士が横につながり合い、お互いに学びあい刺激を与えあう関係を構築する(水平的な農民のネットワークの形成)
・関連政府機関、ドナー、NGOと自立的農村開発に関する「経験・ノウハウの交換・共有化」を図る
・結論としては、外部から資金を投入して大規模な農村開発プロジェクト(インフラ開発、大木簿感慨開発、高価な農業機械の供与等)を実施するのではなく、適正技術に基づく小規模な開発プロジェクトを住民主導型で実施していくという経験を積み重ねていくことによって、地域住民の能力向上を図りながら、ゆっくりと時間をかけて(最低でも3年程度の継続的な支援が必要)、自立的な農村開発を実現するための「社会資本」を蓄積していく

2.FAOの Special Program for Food Security(SPFS:食料安全保障特=別事業)

1)背景

1996年11月の世界食料サミットにおいてFAOのDirector Generalが提案。

1997年よりドナーからの資金協力を得ながら、低所得・食料不足国と分類された世界82ヶ国中の64ヶ国で実施中。FAOの技術協力局(TC)が担当。

2)目的

米・麦・芋類の主要作物の増産による食糧安全保障の達成を目的として、

  1. 水管理コンポーネント:小規模灌漑・排水施設の建設
  2. 農業集約化コンポーネント:高収量品種と高度肥培管理の導入による生産性の向上
  3. 生産多様化コンポーネント:家畜の導入による生産の多様化等を行う小規模プロジェクトを実施。

3)実施

実施は2段階で行われる。第1フェイズでは、特定の地域を対象に生産性向上と農村所得向上を目的とした実証調査を行い、その実現に必要な技術と方法を把握する。第2フェイズではマクロ的な国家方針も十分考慮して、第1フェイズで得られた結果をより大規模に実施する。

4)モデル事業

SPFSの1号案件は、「南南協力」によりヴェトナムの日本政府との関係:専門家(農家も含む)100人が、セネガルの貧困地域の村落に住み込んで稲作指導を行ったもの。FAOは専門家の航空券と滞在費のみ負担し、技術協力はヴェトナムの農民からセネガルの住民組織に対して直接行われた。この方式は非常に成果を上げ、世界のSPFSのモデル的な事業となった。

5)モザンビークにおけるプロジェクト案

  • -対象地域:南部(マプト州)、中部(マニカ州、ソファラ州)
  • -1998年5月からメイズ、豆類、野菜類、キャッサバを対象に、デモンストレーションを実施中(212人の農民が参加、114haで328のデモンストレーション)。→2000年の洪水で多大な被害。
  1. 水管理コンポーネント:既存メイズ灌漑地区の水管理の向上、湿地帯の開発、灌漑ポンプ
  2. 農業集約化コンポーネント:高収量品種・耐乾性品種の導入、肥料、吸江の導入、病虫害管理、収穫後の保存法改善、開店資金の設立
  3. 生産多様化コンポーネント:豚・鶏の疾病予防、灌漑地区での養魚

3.相反するアプローチ:JICA/SPFSとIPPM

Q&Aを参照。

Q.モザンビークの村の状況について、もう少し詳しく知りたい。

A.内戦の影響は大きい。家畜が少ないのは内戦時代に軍隊が村々で調達した結果であるし、果樹の周りに近づけないのも周りに埋められている地雷のせいである。もともと豊かな土地であったと思われ、2000年の洪水の前、食料は足りていたようだ。国全体は、大きく南部、中部、北部と分けられ、対象となった地域は南部の村である。大規模農業中心の中部と異なり、農業の担い手は小農である。同時に、対象地域は出稼ぎも多い(行き先は主に南アフリカ)

Q.対象となった村はどのようにしてできたのか。元兵士が集まっているのか。

A.そうではない。「除隊兵士再定住地域」というのは地域名を指す。様々な新規入植者が住んでいる。その入植者は、モザンビーク政府が住民の組織化をしたところに土地を与えることにしたため、小農がグループを作り、登録することになった(登録料が必要)

Q.パイロット地区は誰が選定したのか

A.プロジェクトの機関であるCommitteeが決めた。その際、Criteriaを作った。技術が適正か、組織は大丈夫か、等々

Q.プロジェクトのプロポーザルを出す単位として住民組織を考えたというが、モザンビークでそういった組織は多いのか。

A.非常に多いが、急激にできたものもかなりある。人数が多すぎたり、構成員の帰属意識が希薄であったりで、まとまりがないものも多い

Q.このプロジェクトでは、NGOや専門家の役割は何か。

A.主体は住民組織。NGO、専門家は研修、技術指導を行う

Q.牛を飼う場合のCost-Sharingで住民負担が5%というのは低すぎないか?

A.元の値段が高いので、5%を越えるとアクセスできないだろう。井戸も5%、牛も5%である。牛はよく死ぬ(死亡率10%)ということもあるのか、牛のCost-Sharingに対する要望が圧倒的に多かった

Q.プロジェクトの問題点として

A.テクニカルな部分では、殆ど知らない農業技術の受け入れがある。液肥と高畝はなかなか理解されなかった。「Cost-Sharingでなければ支援できない」というスタンスも「それができない貧困家庭はどうするのか」という批判がある

Q.村人が「資源の豊かさ」に気づいた、というのは主に何か。

A.例えば、液肥。失敗しなかった。何も外から持ってこないやり方で、ある程度までできたとなると普及するかもしれない。ただ、牛の糞が必要になる。たまたま村で牛耕の方法を知っている人がいた。家畜の少ないモザンビークで、牛を飼っていた時代の記憶を持っていたわけだが、こういった状況が例えば南部地域でどのくらい一般的なのか現時点では断言できない。効果については農民の声をこれから集めるところである

Q.FAOのアプローチが二つあると言うが、一言で言うならどういうことか。

A.IPPMは「低投入型・環境保全型」と言ってよい。SPFSは、多投入型の近代農業(企業的農業、灌漑農業)による「食糧増産」を目指すものである

Q.SPFSに日本政府はどう関係しているのか

A.現在、アジア4ヵ国(インドネシア、ラオス、バングラデシュ、スリランカ)のSPFSに資金協力中である。
 2003年のTICAD3(第3回東京アフリカ開発国際会議)では、7つの重点分野のひとつ「食料安全保障と農村開発」において、SPFSへの資金協力を全面に押し出す考えである。
 FAOから資金協力の打診があったアフリカ3ヶ国(エチオピア、モザンビーク、スワジランド)について、協力の可能性を検討中。

[コメント]

1)3点セット(種子、農薬、化学肥料)

多収量の品種は、特定部分が異常に大きくなったもの。特定の化学肥料、特定の農薬を使わなければ、育たないのも当然だ。コストがかかるものを導入するには、現地の状況を見なければいけない。

2)村の「標準化」

この村は新しい開拓村である。村民(入植者)はそれぞれ個別のスキルも動機(市場出荷 or 自給)も違う。10年経ち、20年経つと村の生業形態等には「標準化」が行われるのではないだろうか。

3)タンザニアのJICAプロジェクト

キリマンジャロ州のあるJICA専門家。現地の稲作農家に対し、1年間、こまめに手入れすることの必要性を説き、それを実証した。結果がはっきり見える形で農民の意欲を引き出そうという試みは評価できるのではないか。

4)よいプロポーザルが書けるかどうか

ケニアで、仕事柄、現地のNGOが出すプロジェクトの計画書を見ることがある。よいプロポーザルとよい「開発」は別物だ、と実感する。

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