=「UHC2030」がコロナとUHCに関する討議資料を発表=
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、パンデミックへの対応力(Pandemic Preparedness)の始め、研究開発(R&D)、平等なアクセスなど、国際保健のあらゆる課題を大きく揺さぶっています。COVID-19の登場以前に、国際保健政策の柱となっていたのは、全ての人がお金の心配をすることなく、必要とする質の高い保健・医療を受けられるという「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC)でした。昨年9月には、ニューヨークの国連本部で「国連UHCハイレベル会合」が開催され、野心的な「UHCに関する政治宣言」が採択され、この2月には、バンコクで第2回の「UHCフォーラム」が開催されたところで、COVID-19のアウトブレイクが生じたわけです。
では、UHCは、このCOVID-19によって、どのような政策的影響を受けているのでしょうか。5月27日、UHCの実現のためのマルチステークホルダーの調整機関である「UHC2030」が、UHCとCOVID-19について「COVID-19と共に生きる:保健緊急事態とUHCについて共に行動するとき」(Living with COVID-19: Time to Get Our Act Together on Health Emergencies and UHC)というウェビナーを開催し、同じタイトルの討議資料をローンチしました。討議資料から、COVID-19がUHCという課題に与えている影響を垣間見ることができます。
※討議資料へのアクセス(英語)
討議資料「COVID-19と共に生きる:保健緊急事態とUHCについて共に行動するとき」(英語:Living with COVID-19: Time to Get Our Act Together on Health Emergencies and UHC)は、以下のURLからアクセスできます。
1.保健システムとUHCがCOVID-19から受けている挑戦とは?
「UHC2030」は、もともと、英国が中心となって保健システム強化のための調整機関として2007年に設立した「国際保健パートナーシップ・プラス」(IHP+)がベースとなっています。2016年に実施が始まったSDGs(持続可能な開発目標)において、UHCは保健に関するゴールの中心課題として設定されました。これを機に、IHP+は「UHC2030」と名称を変え、UHC実現のためのマルチステークホルダーの調整機関となりました。UHC2030の事務局である「コア・チーム」が、OECD、世界銀行、WHO、ユニセフ、およびUHC2030を構成する様々なステークホルダーからのインプットを得ながら、このペーパーを作成しました。
このペーパーでは、まず、COVID-19が地球上全ての人に影響を与えていることを確認した上で、保健システムの面からのCOVID-19の挑戦として、(1)COVID-19それ自体から人々の命と健康をいかに守るのか、という課題と、(2)COVID-19に直面する中で、その他の保健医療課題に関するサービスをいかに続けるかという課題を示します。
さらに、こうした課題を考えるうえで参照すべき問題項として、
(1)これまで強い保健システムを持ち、UHCが達成されていたかに見えた一部の先進国(高所得国)で、COVID-19が猛威を振るい、こうした国の保健システムの予期しない脆弱性を見せつけたこと、(2)これまでUHCは「治療」への平等なアクセスに重きを置いていたが、パンデミックで保健安全保障の課題が重要性を増す中で、予防や啓発の比重が上がってくると思われること、
(3)さらには、UHCが本来もつ「衡平性」の原理と、パンデミックにおいて最も脆弱な人々を守ることの矛盾が浮かび上がってきたこと
といった課題が示されます。その上で、保健システムの中でも「サービス供給」「保健財政」「ガバナンス」の3つのテーマに絞って、上記の論点などについての検討が行われた後、以下の4つの事項が「当面の結論」として示されます。
(1)UHCの「新常態」(New Normal)は、保健と共に、予防や啓発といった公衆衛生上の行動を重視し、プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)を基礎とした強い保健システムを、UHCと保健安全保障の実現のための共通基盤として位置づけることが必要である。
(2)COVID-19の経験は、平時からパンデミックへの備えをして、そのインパクトを軽減する方が、突然直撃を受けるよりも経済的損失が少ないことを意味している。そのため、保健と経済の二つの理由から、保健へのより多額の、かつ質の高い投資をする必要がある。
(3)パンデミックへの備えなどの保健安全保障とUHCを対立的にみるのではなく、PHCをベースとする保健システム強化を行うこと、とくに保健医療従事者の増員や新たな診断・治療・ワクチンへの平等なアクセスの確保、イノベーションの促進などにより、保健安全保障とUHCを共に実現する道を探ることが重要である。
(4)パンデミックの克服には政府の取り組みとコミュニティ・レベルの活動の連携が必要である。これまでの国際保健の歴史の中では、市民社会の動きは個別疾患や課題に集中してきたが、ここ数年、UHCへの世界的な運動が形成されてきた。COVID-19を機会に、共通の目標に向けたグローバルおよびローカルな運動の連携を図る必要がある。
2.COVID-19への取り組みの現実から見るUHCと保健安全保障
この討議資料をローンチしたウェビナーでは、UHC2030の共同議長を務めるケニアのギシンジ・ギタヒ氏(アフリカ医療・研究財団 AMREF)や、WHO、OECD、世銀などでUHCを推進するリーダーたちをパネリストに、二つのパネルディスカッションで真剣な討議が行われました。
一方、日本を含め、各国でCOVID-19への取り組みをしている市民社会の立場からは、COVID-19二関して、狭い意味での保健システムの論点に加え、より幅の広い、社会・経済・環境の側面からの課題が見えてきています。例えば以下のような課題です。
(1)COVID-19の診断・隔離・治療を安定的に行う人材、機材、マネジメント能力などの「保健システム」を形成するには、先進国でも一定期間にわたる持続的な投資が必要。また、同時に他の課題に関する重要な保健サービスを継続的に運営することについて、大きな支障が生じている。
(2)検査を含め、あらゆるサービスが患者・感染者本位でなく、供給者主導となっている。多くの国で、「接触者追跡」(Contact Tracing)での検査が中心で、発熱や咳などに苦しむ人が検査を受けられないといった事態が生じている。
(3)COVID-19患者・感染者に対する差別や、ルールに基づかない個人情報のメディアへの暴露、感染の責任を患者に帰する社会的な動きなどが多発している。法的・科学的根拠や、個人情報の管理権を始め、人権などの原則に基づいた政策がとられず、政治的な動機やセンセーショナリズムが優越する状況が生じている。
(4)COVID-19への対策の策定と実施が、透明性、公開性、参加型のプロセス、適正な手続きに基づかない形で行われている国が多い。特に、COVID-19の患者・感染者や、差別・偏見を受けやすい職業に従事している人々、差別・迫害の対象となっている社会的な集団などが、自分が影響を受ける施策の策定から排除され、実施の段階で被害を受けるケースが目立っている。
これらの問題を考えると、COVID-19がもたらす影響は狭い意味での保健システムやUHCにとどまらず、COVID-19、パンデミック対策に関わるガバナンスやマネジメント、人権などの課題についても焦点を当て、市民社会などとの連携の下で、これらの面に関わる政府や公的機関の能力をシステム的に向上させていくことも大いに必要であるということが出来そうです。