コートジボワールにおける障害者政策と障害当事者の大臣、そして失脚

Policies for the people with disabilities and an anecdote of Gbagbo’s cabinet, Cote d’Ivoire

『アフリカNOW』No.95(2012年7月発行)掲載

執筆:亀井伸孝
かめい のぶたか:愛知県立大学外国語学部国際関係学科准教授。文化人類学、アフリカ地域研究。現在のおもな関心事は、アフリカ子ども学の試み、アフリカを含む世界の手話言語のデータベース構築、大学におけるフィールドワーク教育の振興など。おもな著作に『アフリカのろう者と手話の歴史』(明石書店、2006年)、『森の小さな〈ハンター〉たち』(京都大学学術出版会、2010年)、『手話の世界を訪ねよう』(岩波ジュニア新書、2009年)ほか。「亀井伸孝の研究室」 http://kamei.aacore.jp/


障害は、本人の身体の中にあるのではない。本人を取り巻く環境の中にあるのだ。これがいわゆる、障害観の「医療モデル」から「社会モデル」への転換である。
近年、開発途上国における障害をもつ人びとに関しても、治療やリハビリ、出生予防といった「医療モデル」の発想に基づいた関与ではなく、身体や能力の多様性を受け入れつつ環境の中の障壁を軽減していこうとする「社会モデル」に根ざした関与を行うべきであるとする潮流が強まりを見せている。
日本貿易振興機構アジア経済研究所(IDE-JETRO)では、障害と開発に関する一連の研究が行われてきた。その成果のひとつ『途上国障害者の貧困削減: かれらはどう生計を営んでいるのか』(森壮也編、岩波書店、2010年)(写真1-2)が、このたび国際開発学会特別賞を受賞した。

本稿では、この受賞をきっかけとして、関連する研究の取り組みを紹介するとともに、とくに私が同書に寄稿したコートジボワールの障害者に関する政策と、同国の最近の政局にまつわる障害当事者の大臣の話題をお届けする。
同書は、アジア経済研究所の研究会「障害者の貧困削減: 開発途上国の障害者の生計」(2007-2009年)の成果刊行物である。対象地域は、東南アジアを中心に多岐にわたっている(表1)。また、研究手法としても、統計データ分析、ケーススタディ、インタビュー、参与観察と、多くの社会調査法を併用している。その意味では、よく言えば多様性に富んだ多くの選択肢を示しうる書物であり、逆に、統一感に欠けると指摘する向きもあるかもしれない。

しかし、同書はある明確な方向性を共有している。第一に、すべての執筆者が「障害の社会モデル」に立脚している。これは、この研究会の前段にあたる理論編の『障害と開発: 途上国の障害当事者と社会』(森壮也編、日本貿易振興機構アジア経済研究所、2008年)(1)で確認された方向である。第二に、理論をふまえた上で、各地で実際にデータを集め、実証的に議論する方向性をもっている。

そして第三に、障害当事者が研究活動に参加することに積極的な意義を見いだしている。フィリピンやコートジボワールでの調査では、現地で障害をもつスタッフを雇用し、研究活動に参画してもらっている。そもそも、本書の編者であり、本書のもととなった研究会の主査でもあった森壮也氏は、耳が聞こえず手話を話す人物(ろう者)である(写真1-1)。ろう者自身が研究会を組織し、当該分野に関連する研究成果を公開すること自体が、本書の性格をよく示している。このことは、今後のこの分野の研究と実践の振興をはかる上で重要なひな形を示していると言えるであろう。

コートジボワールにおける障害者公務員無試験採用制度

ここでは、私が同書に寄稿したコートジボワールの政策の試みを要約して紹介する。
この国の注目すべき政策として、障害をもつ人たちを無試験で国家公務員に採用する制度がある。コートジボワールで国家公務員として採用されるためには、通常は公務員採用試験を受験し、それに合格することが必要である。ただし、障害をもつ人びとに対しては、この試験を免除して公務員として採用する枠が設けられた。1997年に最初の採用予定者32人が発表されて以後、ほぼ3年に1度くらいのペースで採用が行われた。2008年までに計5回の採用が発表され、その数は636人に上る。

選考の過程で、障害者当事者の団体が果たしている役割も大きい。政府が募集を発表すると、各障害者団体が採用してほしいと考える人物を推薦する名簿を取りまとめ、政府に提出する。そして、人事省、社会福祉省、財務省および障害者団体代表者3名(肢体障害者団体、視覚障害者団体、聴覚障害者団体からそれぞれ1名ずつ)により組織される特別の委員会において、書類選考が行われる。その結果を受けて、政府が採用予定者の名簿を発表する。発表後に配属先が決まれば、その部署からの招集を受けて勤務が始まる。つまり、候補者推薦と最終的な人事のいずれにも、障害をもつ当事者の意見が重視される仕組みとなっている。

また、この制度では、優先される条件として、女性、低学歴、高年齢層(20代よりも30代)などが考慮されている。たとえば、大学卒の20代の男性障害者であれば、ほかに雇用される機会もありうると見なされ、優先順位は低くなる。このように、この無試験採用制度は、ほかに職を見つけにくい障害をもつ人たちに優先的に就労の機会を提供するという方針のもとに行われている。

常勤職として省庁などに勤める機会を得た人たちは、収入を保障され、全国的な障害者協会やNGOにおける当事者運動のリーダーとなって活躍していることもしばしばである。このことは、採用制度の本来の趣旨であるとは言えないまでも、障害をもつ人たちの権利運動が活性化するという結果をもたらし、副次的な効果として注目に値する。

採用制度の達成と課題

さて、この採用制度が実際はどれほど円滑に運用されているのか、いくつかの面を検証してみたい。まず、人数である。社会福祉省の官僚に対するインタビューで年金制度について尋ねたところ、「年金はありません。生活支援は、障害者採用制度で行っていますから」という回答があった。つまり、17万人ともいわれる全国の障害をもつ人びとの中で、この特別採用制度の恩恵を受けることができるのは、わずか600人強(約0.4%)という一握りの人たちである。さらに言えば、都市部の障害者団体の幹部はおおむねこの制度を活用して生計の手段を確保する傾向にあり、人選の透明性やバイアス、さらには政権与党との癒着の可能性などの点で、いくつかの課題を残すかもしれない(次節参照)。少なくとも、障害者年金の代替と言えるほど広い層に恩恵が及んでいない点は、指摘しなければならない。

また、事実上の就労拒否にあっている事例がある。採用予定者として内定したものの、着任予定の部署が受け入れの決裁を行わず、職場から事実上着任を拒否されて給与も支払われていないケースなどである。障害者団体が省庁に対してデモを行い、障害をもつ職員を受け入れさせたという出来事もあった。

さらに、労働環境の問題がある。着任後に仕事が与えられなかったり、必要な機器がなかったりというケースが聞かれた。視覚障害者が必要とするパソコンの音声読み上げソフトがない、外回りの仕事が多い広報の職場に肢体障害者が配置されて、事実上の「窓際」あつかいになるなど、給与は受け取れても本人の勤労意欲にマイナスの影響を与えている例があった。

このほか、肢体障害ゆえに職場に通うことがままならないケースがある。ある女性は、バスなどの公共交通機関を利用できないため、通勤に高運賃のタクシーを用いざるをえないが、毎日通勤していたら月給をすべてはたいても足りないという。また、高層階のオフィスに勤務するためにエレベータを使うが、しばしば停電が起こるため、トイレに行くのも不自由するなど、課題が多いと述べていた。

このような実態をもたらすこの制度は、では失敗と言わざるをえないのであろうか。その評価は難しい。盲学校の図書室に配属された全盲の男性は、書籍を音声化した膨大なカセットテープ類を管理する仕事を与えられている。しかし、何十年も前にヨーロッパの篤志家から寄贈されたというテープはすでに使い物にならず、彼は日中、特にすべき仕事をもっていなかった。彼の熱意は、むしろ夜間の大学に通って法律を修めることに向かっていた。

ろう学校の情報処理業務を担当するろうの男性は、教員資格をもっていないため、授業を担当することができない。しかし、事務作業のかたわら、耳が聞こえる教職員たちのための手話の研修などを担当し、間接的にろう教育の重要な一端を担っていた。

ある下肢障害の女性は、公務員として採用されて給与を受ける一方、それとは別に小規模の石けん製造作業所を開設して、同じような肢体障害をもつ公務員でない人たちの働く場を作る活動に力を入れていた(写真2)。

現状の制度は、理想的に運用されているとは言いがたい。職場の環境や賃金体系の制約もあって、障害をもたない公務員と同等のチャンスが与えられていない事例もしばしば見聞きする。これらの点について、改善を要することは言うまでもない。しかし、だからといって、障害をもつ公務員たちがまったく無力で差別に打ちひしがれていると想像するのも、また誤りである。今もっている資源をフルに活かし、生活とさまざまな活動の道を切り開いていくしたたかな戦略者たちとして、私たちはアフリカに暮らす障害をもつ人たちに出会うことができるであろう(以上の記述についての詳細は、前掲書を参照されたい)。

バボ政権における障害当事者大臣の誕生と政権消滅

コートジボワールの障害者政策に関連して、障害当事者の大臣ラファエル・ドゴ・ジェレケ(Raphael Dogo Djereke)氏の話題にふれておきたい。

2010年、大統領選挙で敗北した(2)ローラン・バボ(Laurent Koudou Gbagbo)前大統領が、下野しないで政権に居座り続け、国際的な非難を浴びていた頃のことである。ほとんど注目されていなかったが、この国で重要なひとつの達成があった。障害をもつ当事者の男性が、バボ政権の閣僚として入閣していたのである。

下肢障害をもつドゴ氏は、コートジボワール障害者団体連盟(FAHCI: Federation des Associations des Handicapes de Cote d’Ivoire)の会長として、また、障害者インターナショナル(DPI: Disabled Peoples’ International)および西アフリカ一帯の障害者運動のキーパーソンとして、国際的に活躍する活動家であった。

2000年に発足したバボ政権の与党イボワール人民戦線(FPI; Front Populaire Ivoirien)は、かつて社会主義インターナショナル(SI: Socialist International)に属し(3)、左翼陣営に連なる政治勢力として障害者当事者運動と緊密な関係をもっていた。障害者団体連盟のドゴ氏はバボ政権に対して、時として協調関係、時として対立関係にありながらも、一貫して強いコネクションをもち、政策に影響を与え続けた。前述の障害者公務員無試験採用制度は、バボ政権発足以前にすでに導入されていたものの、バボ政権下で着実に進められた。この政策を、与党勢力に近い障害者運動側として支えていたパートナーでもあった。

それは、一面では、国家予算を財源とした利権を分配することによって、バボ政権が支持層をまとめるという思惑もあったであろう。しかし、一面で、障害者団体の指導者層が安定した立場を保障され、権利運動が活性化し、雇用されていない障害者の福祉の向上にも間接的に寄与するという副次的効果が生まれた。

私は2008年と2010年の2回、アビジャンでドゴ氏と会って話したことがある。一度目は、彼が指定するレストランで。自動小銃で武装した警護担当者とともに、つえをつきながらゆっくりと自動車から降りてきた姿が印象的であった。現政権に近い要人として一目置かれている様子とともに、その警戒ぶりから政敵の多さをうかがい知ることができた。二度目は、彼の自宅で食事をともにしながら。「コートジボワールは、西アフリカを先導する障害者運動を展開しなければならない。モデルとなるべきだ」と持論を熱く語り、研究者としての今後の協力などを要請された。

2010年10-11月の大統領選挙の結果、バボ氏とアラサン・ワタラ(Alassane Dramane Ouattara)氏の両候補が勝利宣言を行い、同じアビジャンでそれぞれが組閣するという異常事態に突入した。ドゴ氏はバボ陣営を支持し、同年12月に障害者担当国務大臣(Le secretaire d’Etat charge des handicapes)としてバボ内閣に入閣した。そして、2011年4月のバボ氏拘束、ワタラ陣営の勝利とともにその地位を失い、政治犯として収監された(写真3)。

彼のわずか4ヵ月の「在職」中の功績については、十分な情報が得られていない。というよりも、政局と戦局が当事者である彼の政策担当者としての執務の機会を許さなかったといえる。

バボ政権が、混乱きわまる政局のなかでドゴ氏を閣僚に迎えた意図は何だったのだろうか。また、今後アフリカ現代政治史のなかで、この出来事がどのような評価を受けるだろうか。それは障害当事者運動の達成として語り継がれていくのであろうか。それとも、選挙という成立根拠を欠いた正統でない政権における珍事として扱われ、忘れられていくのであろうか。それは、アフリカを見つめ、アフリカに暮らす人びとから学び続けたいと願う私たちの今後の姿勢にも関わってくることであるだろう。

(1) 同書は、同じくアジア経済研究所の研究会「開発問題と福祉問題の相互接近: 障害を中心に」(2005-2007年、主査: 森壮也)の成果刊行物である。
(2) 選挙管理委員会はワタラ候補の当選を、憲法評議会はバボ候補の当選を発表した。どちらの結果を受け入れるかは立場により異なるが、アフリカ連合(AU)や国連(UN)を含む国際社会は、そろって選挙管理委員会発表を支持し、バボ氏の退陣を要求した。
(3) 2011年3月、民意を無視して人権侵害を続けるバボ政権の実態に鑑み、FPIは社会主義インターナショナルから追放された。


『途上国障害者の貧困削減』目次
序章  障害統計と生計 (森壮也)
第1章 中国の障害者の生計: 政府主導による全国的障害調査の分析 (小林昌之)
第2章 フィリピンの障害者の生計: 2008年マニラ首都圏障害調査から (森壮也・山形辰史)
第3章 インドネシアの障害者の生計: 教育が貧困削減に果たす役割 (東方孝之)
第4章 ベトナムの障害者の生計: 外部環境とのかかわりについての事例調査を通した考察(寺本実)
第5章 マレーシアの障害者の生計: 持続的生計アプローチの視点から (久野研二)
第6章 タイの障害者の生計: 統計調査とケーススタディから見える全体像 (福田暁子)
第7章 コートジボワールの障害者の生計: 公務員無試験採用制度の達成と課題を中心に (亀井伸孝)


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