2026年末の閉鎖を受け入れず、2030年に向けた「より幅広い国連システムへの統合」を模索
悪夢の2025年

年末押し迫る2025年12月16-18日、国連合同エイズ計画(UNAIDS)はブラジルの首都ブラジリアで第57回のプログラム調整理事会(PCB)を開催した。この回のPCB会合はUNAIDSの将来にとって極めて重要なものとなった。というのも、UNAIDSは米国トランプ政権の対外援助停止・米国国際開発庁(USAID)破壊により、最大の影響を被った機関のひとつだからである。UNAIDSはその「統合的予算・結果・責任枠組」(Unified Budget,Results and Accountability Framework: UBRAF)の下で、各国からの拠出金で運営されているが、そのほぼ半額を米国が拠出してきた。これが一気にゼロとなったので、UNAIDSは6月のPCB会合で、活動の半分以上を削る「段階的縮小プラン」を決定。さらに9月に国連事務総長の諮問機関「国連80」が2026年末でのUNAIDSの閉鎖を提案、UNAIDSは今回のPCB会合でこれへの対応を迫られることになったのである。
2027-28年のUNAIDS理事会のテーマや日程を設定
UNAIDSは「国連80」の閉鎖提案について、6月に自らまとめた「段階的縮小プラン」を対置し、これを受け入れない立場をとってきた。PCBは今回の会合において、UNAIDS事務局長に対し、段階的縮小を前提に2027年の業務計画と予算を策定するよう要請するとともに、2026年2月までに、UNAIDSの移行プロセスと国連システムへの統合およびその後に関するワーキング・グループを設置することを決定した。また、2026年に開催する第58回PCB会合(2026年6月開催)のテーマを「2025年を越えて:持続的なHIV対策・人権・薬物使用者のためのハーム・リダクションを通じて保健不平等に対応する」、(Beyond 2025: Addressing health inequities through sustained HIV response, human rights, and harm reduction for people who use drugs)、同年12月開催のPCB会合のテーマを「HIV陽性者・影響を受けた人々・HIVのリスクに直面する人々とHIV/AIDS対策への資金カットのインパクトへの取り組み」(Addressing the impact of funding cuts on people living with, affected by, and at risk of HIV, and on the response to HIV and AIDS)に決定した。また、2028年の第62回PCBを2028年6月27-29日、第63回PCBを12月12-14日に開催することに決定した。
「世界エイズ戦略2026-31」を策定
一方、今後のHIV対策全体の指針となる2026-2031年の「世界エイズ戦略」(Global AIDS Strategy)も、今回のPCB会合で採択された。この戦略は、「2030年までの(地球規模の深刻な公衆衛生上の脅威としての)HIV/AIDSの終息」という目標に集中し、数値目標を含めて数多くのターゲットを設定した「世界エイズ戦略2021-26」に比べ、数値に基づく目標やターゲットが減り、政策レベルの叙述的な目標・ターゲットが増えている。これは、米国トランプ政権の援助停止のみならず、各援助国が援助資金を減少させ、特定疾病・課題への対応から「保健全体」へのアプローチにシフトしている中で、特定の介入手法に継続的に一定額の資金を投入して数値的な成果を出すことが難しくなっている現代の事情を反映している。一方で、HIV/AIDS戦略の最大のドナーであった米国に、「異形の政権」たるトランプ政権が成立し、過去の共和党政権に輪をかけて究極的に極端な反DEI(多様性・公平性・包摂性)政策・いわゆる「極端なジェンダーイデオロギー」排斥政策に転じているが、その中でも、UNAIDSとしては当然ながら、HIV陽性者や、MSM(男性と性行為をする男性)、セックスワーカー、薬物使用者、移民労働者など「対策の鍵となる人口集団」(Key Populations)を中心とするコミュニティ主導、差別やスティグマを終わらせ、人権と平等を中心とするHIV対策を正面から掲げるものとなっている。
数値目標より修辞的な要素が目立つ戦略に
今回の戦略は、国際保健政策が個別疾病・課題対策から「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC)を掲げた「保健全体」の統合的な政策に移行しつつあり、また、保健に関する援助資金が急速に減少する傾向にあることを反映して、「HIVの終息」から「HIV対策の持続可能性の確保」にシフトしている。「終息」の実現がみえないなかで「持続可能性」に移行している背景には、明らかに国際保健政策に関わる国際政治の動向がある。戦略の中でこの課題を取り扱う部分が、「優先的行動課題1:国家主導の、復元力のある(resilient)、『未来に備えた』(future ready)エイズ対策」としてまとめられており、このもとに3つの成果分野(Results Area)が設けられ、そこに多くの行動提起がまとめられているが、いずれも、必ずしも具体的な内容を伴わない、修辞的な表現が目立つものとなっているように見受けられる。一方、現在注目されているレナカパビルなどの長期効果型(long-acting)医薬品を含めた「予防」については、「優先的行動課題2:人々に着目したサービス:公平性・尊厳とアクセス」にまとめられている。ここについては、「2030年までに、少なくとも2000万人/年にPrEP(曝露前予防内服)を供給する」という数値目標がセットされている。ただし、長期効果型医薬品の導入についての書きぶりは謙抑的で、「高効率な長期効果型の注射によるPrEPは早急に導入されるべきである。長期効果型の選択肢を実現可能で費用対効果の高いものにするためには、全ての低所得・中所得国で入手可能な価格をセットすることが必要である」という記述にとどまっている。
「国主導」を補完する「コミュニティの指導力」
「優先的行動課題」の3つ目には、「HIV対策におけるコミュニティの指導力」がセットされている。これは、UHCに向けて国際保健政策の変化において「国家主導」が打ち出される中で、「国」とは政府だけではなく、HIV対策をはじめとする保健に取り組む「コミュニティ」も「国」の一員なのだという考え方を打ち出す必要があるということを示すものである。また、トランプ政権の援助停止によって、コミュニティやそのネットワークを支援する主要な主体のひとつが(少なくとも数年間は)消滅してしまったことで、エイズ対策の主体をなしていたコミュニティの取り組みが脆弱になっている状況について、各国の国内でコミュニティの取り組みを支える資金的な生態系を早急に形成する必要がでてきたことの反映でもある。しかし、ここについても、現状では数値的なターゲット設定は難しく、修辞的なターゲットが主流となっている。
包括的な数値目標:4000万人のエイズ治療、2000万人のPrEP活用
国際保健政策が大きく「UHC」に移行し、先進国による国際協力の金額が大きく低下する一方で、経済成長した新興国が旧来の「援助市場」に参入して来ない現状では、野心的な数値目標の設定は難しい。結局、今回の戦略の数値目標は、「4000万人が治療を受け、ウイルス量が(検出限界値以下に)抑制されている。2000万人が抗レトロウイルス薬によるHIV予防(=曝露前予防内服)を活用している。全ての人々が、差別なくHIに関連するサービスにアクセスできる」という俯瞰的な内容に留まることになった。しかし、この数値目標自体の実現についても、現行の国際情勢下では大きな課題が横たわっている。
2026年6月には、「国連HIV/AIDSハイレベル会合」が開催され、各国の同意の下「政治宣言」が策定されることになっている。この政治宣言のベースとなるのが、今回のPCB会合で策定された「世界エイズ戦略 2026-31」となる。一方、このハイレベル会合の日程や政治宣言の策定プロセスは明確になっていない。そもそも、米国の資金が途切れた2025年、世界は過去十数年の中でもっともHIVに対して脆弱な状況になっている。2030年のHIV終息のみならず、2026年における世界的なHIV再流行を止めるためにも、本来ならば、いまこそ、強い政治的意思を動員することが不可欠なはずである。












