保健政策における環境問題の主流化には
さらなる調査・研究が必要
にわかに注目される「気候変動と保健」
11月30日から12月12日までアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催されるCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)が、にわかに保健関係者の注目を集めている。幾つかの市民社会団体がCOP28や、そこに集まる首脳や閣僚らに向けた声明を準備している。その理由はいくつかある。直接的な理由としては、COPの歴史上はじめて、期間中の12月3日が「保健の日」として設定され、前日の12月2日の首脳級の「世界気候行動サミット」で保健のパートが設定され、3日には閣僚級の「気候・保健閣僚会合」が開催され、「気候と保健に関するCOP28宣言」が採択されるということがある。
一方、間接的な理由としては、気候変動の保健への影響がここ数年で飛躍的に拡大しており、緊急の行動が求められること、また、逆に保健セクターの炭素排出量は5%前後と決して低くはなく、保健セクターにも気候変動の緩和策の早急な実施が求められていることが挙げられる。また、途上国における気候変動対策に必要な巨額の資金を生み出すべく、世銀や国際開発金融機関(MDBs)などを改革するトレンドが形成されつつあり、6月22-23日にパリで開催された「新グローバル金融協定サミット」は、その流れを決定づけるものとなった。これに関連して、保健セクターも、気候変動の保健への影響という観点から、この流れに乘っていく必要が出てきていることも挙げられる。
気候変動COPでの保健主流化のきっかけに
気候変動や環境と保健の関係については、2015年に英医学誌「ランセット」がロックフェラー財団とともにつくった「プラネタリー・ヘルスに関するロックフェラー財団・ランセット委員会」が報告書を発表して以降、2017年のG7イタリア・サミットで保健の主要なテーマになるなど、一定の歴史がある。また、世界保健機関(WHO)の総会である「世界保健総会」(WHA)で気候変動と保健に関する決定が最初になされたのは、1998年に遡る。しかし、気候変動と保健の課題は、注目されつつも保健政策における主流化はなかなか充分にされてこなかった。今回のCOP28は、プラネタリー・ヘルスの核をなす「気候と保健」の取り組みの転換点となっていく可能性がある。
COP28で採択される「気候と保健に関するCOP28宣言」は、保健セクターにおいて気候変動の適応策と緩和策を進めていくこと、人間・動物・環境と保健を一体としてみる「ワン・ヘルス」のアプローチを強化すること、保健セクターにおける炭素排出や廃棄物の問題にアプローチしていくことなどの必要性を挙げたうえで、保健と気候に関わる資金拠出を、様々な資金チャンネルを組み合わせて増加させていくこと、取り組みの透明性や効率性を確保していくことなどを包括的に述べたものであり、文面には必ずしも深刻さは感じられない。この宣言は、COP28開催国であるアラブ首長国連邦の保健・予防省(MOHAP)とWHOがブラジル、エジプト、ドイツ、ケニア、英国、米国など13か国の「チャンピオン国」と協力して作成したもので、国連気候変動枠組み(UNFCCC)の外部にあるもので、各国が交渉によって策定したものでもなく、気候変動と保健に関わる行動を促すための、自発性に依拠し強制力のない政治的な宣言、として定義されている。
市民社会の声明:「損害と損失」基金で気候と保健の取り組みを
一方、保健に取り組む市民社会がCOP28に向けて準備している声明を見てみよう。世界気候・保健同盟(Global Climate and Health Alliance)が呼びかける声明は、「人々と地球の保健のために:健康なCOP28のための優先課題」(For the Health of People and Planet Priorities for a Healthy COP28)というもので、こちらは気候変動による保健への深刻な影響を強調したうえで、(1)充分な資金確保により、保健セクターにおける化石燃料からの完全な脱却と、再生可能エネルギーへの「公正な移行」を実現する、(2)気候と保健への取り組みを進めるには、昨年のCOP27で設立が決定された「損失と損害」(ロス&ダメージ)基金の資金と、気候変動に関する技術支援の提供を調整する「サンティアゴ・ネットワーク」の強力が必要である、(3)気候変動対策資金を飛躍的に増やし、その一部を戦略的に保健に活用する必要がある、(4)畜産からアグロエコロジーへの農業の在り方の転換とともに、栄養価の高い食料品の供給が必要、(5)気候変動対策において脆弱層の保護と参画が必要、といったことを主張している。この声明の眼目は、「損失と損害」基金の資金を「気候と保健」への取り組みに活用することを求めていることである。
もう一つの声明は、マラリアの問題に取り組んでいるコミュニティを中心に出されたもので、「コミュニティと市民社会は世界の指導者たちに気候変動による保健への脅威に取り組むことを求める」(Communities and Civil Societies Call Global Leaders to COmmit at COP28 to Address Health Threats Due to Climate Change)と題されている。こちらの声明は、気候変動によりどのような保健上の脅威があるかについて、「顧みられない熱帯病」(NTDs)や昆虫によって媒介される疾病(マラリア、デング熱等)の増大、化石燃料の燃焼によって生じる大気汚染による被害、豪雨や干ばつなどの災害による健康被害、ジェンダー面出の影響などをあげる。そのうえで、気候変動の緩和策、適応策を進めることで気候と保健に関する問題に取り組むこと、また、これについて何らかの形で資金を手当てすること、を求めている。こちらは、気候変動によって深刻化する保健課題にどのようなものがあるかが包括的に記述されている。
保健側の気候や環境への「加害性」にも注目が必要
実際のところ、この声明にも列挙してあるように、気候変動は人々の健康に極めて大きな影響を与えている。一方、気候変動や生物多様性の喪失、環境汚染に関する保健セクターの「加害性」をどう抑えるかは、今後の保健政策の形成や実施の在り方に、より大きな影響を与える可能性がある。上記に見たように、保健セクターは世界の炭素排出の5%を占めている。また、医薬品の使用が増加すれば、原材料となる希少物質や遺伝資源等が枯渇し、環境に影響を与える可能性がある。さらに、医療用の消費財などの多くはプラスチック製であるが、これらをこれまで同様に廃棄していれば、現在、国連環境計画(UNEP)を舞台に策定交渉が進められている「プラスチック条約」に抵触しかねない。マラリア対策等に用いられる殺虫剤等による化学物質汚染や耐性の形成も、環境の側からみれば大きな課題となる。これらはまだ政策的に未知の領域であり、プラネタリー・ヘルスや「気候と保健」の政策化には、さらなる研究が必要となる。