野心的な「パートナーシップ会議」で集められた市民の声は活かされるか
期待外れの国連SDGサミット「政治宣言」
2030年を期限とする「持続可能な開発目標」(SDGs)の中間年となる2023年は、4年に1回開催される首脳級のSDGサミットの開催年でもある。9月18-19日の二日間、国連本部でSDGsサミットが開催され、成果文書として「政治宣言」が採択された。残念ながら、この「政治宣言」は、SDGs達成に関する危機感は強く示されているものの、SDGs達成を困難にしている諸要因についての分析や克服の方向性は充分に示されなかった。唯一、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機とこれに引き続く先進国の利上げによって途上国が直面している債務危機や財政悪化に対して、グテーレス国連事務総長が2023年2月に打ち出した「SDG刺激策」(SDG Stimulus)を踏まえ、途上国の財政危機を打開しSDGs達成に向けた開発資金を生み出すべく書かれた長大な第38段落のみが、野心的な内容を誇っていたが、残念ながら7月に宣言承認のために設定された「沈黙期間」を米国・英国・日本などが破り、文言を弱めた結果として、野心度は減った。米国の国連代表部はこのようにして弱められた政治宣言の文言について、さらに詳細な批判を行っている。一方、9月17日、欧米によって経済制裁を受けている国々が連名で「一方的強制措置」(Unilateral Coercive Measures:国連などを通じずに各国が発動する経済制裁等を指す)を規制する内容の段落を入れるべきと主張する書簡を送付し、SDGサミットでの政治宣言の合意は暗礁に乗り上げたかに見えたが、実際には9月18日のSDGsサミット冒頭で合意が宣言され、結果として宣言文はそのまま確定した。
SDGサミットの年に改定される政府「SDGs実施指針」
日本はSDGsや「持続可能な開発」に関する法律は持っておらず、行政レベルの最高の政策文書は「SDGs実施指針」である。この指針は、SDGサミットが開催される年に、サミットの成果を踏まえて改定されることとなっている。本年も、12月末を目途に開催される政府のSDGsに関する意思決定機関である「SDGs推進本部」(本部長:岸田文雄・内閣総理大臣)で「SDGs実施指針」の改定がなされる予定であり、政府によって起草された原案が11月1日に公表され、そこから11月15日までの2週間、「パブリック・コメント」に付されて意見募集がなされている。
野心的な「パートナーシップ会議」の開催による「提言」作成
今回の「SDGs実施指針」改定に向けては、長い準備期間が設定されていた。というのは、前回の2019年に改定された「SDGs実施指針」には、「政府としてSDGsの各目標の進捗状況を把握、評価し、政策に反映する仕組みづくり」を行うこと、「進捗が遅れている課題を洗い出し、政策の見直しやステークホルダーのさらなる参画促進を行う」との記述があり、さらに、(2023年の)実施指針改定にあたっては、「広範なステークホルダーの参画の下に見直しを行う」と定められている。これを踏まえ、政府は、SDGs推進本部が、政府のSDGs政策について「意見交換」を行うとの趣旨で、SDGsに関する各ステークホルダーの関係者15名を招集して設置した「SDGs推進円卓会議」の民間構成員に対して、2022年中に「SDGs実施指針改定に関するパートナーシップ会議」を2回開催し、SDGs実施指針改定に向けて幅広いステークホルダーの参画を確保することを要請した。
SDGs推進円卓会議は、市民社会、アカデミア、経済界、国際機関、次世代、地方自治体、労働組合、「新しい公共」(=協同組合や事業系NPO等)などSDGsのステークホルダーにおいて、SDGsに関わる取り組みを行ったり、これを取りまとめたりしている関係者が政府に指名され、年に2回、政府のSDGs政策についての「意見交換」を行う枠組みで、2016年に「SDGs実施指針」を策定するために召集されたのが最初である。現在、構成員は15名おり、政府のSDGs政策について一定の諮問的役割を果たしている。SDGs推進円卓会議の民間構成員は、SDGs推進本部事務局(外務省地球規模課題総括課が務める)のサポートの下、2022年7月27日に第1回、10月24日に第2回のパートナーシップ会議を開催した。さらに、この成果を踏まえて「提言」を作成し、3月17日、岸田総理に提言を手交した。この「提言」は、それぞれ100-200名の幅広い層の参加者を迎えて開催されたパートナーシップ会議での議論を踏まえて策定されたものである。
「提言」では、行政文書としての「SDGs実施指針」でSDGsに対応するのでなく、日本としてのSDGs推進のビジョンを示す「SDGs基本法」の制定が必要であることを打ち出し、構成案を示した。また、SDGsのグローバル・ターゲットや指標と連動する日本としてのSDGsターゲットが必要として、ターゲットの具体例を記載した。そのうえで、「『だれ一人取り残さない』、人権が尊重される社会」、「『持続可能な経済・社会システムへの転換』、「持続可能な平和の実現」を、危機の時代におけるSDGs達成への「ありたい姿」として打ち出した。さらに、SDGsの17の目標区分けした「5つのP」(People(人間)、Prosperity(繁栄)、Planet(地球)、Peace(平和と公正)、Partnership(パートナーシップ)の5つ)に沿って、2030年に向けたそれぞれのあるべき政策的方向性を示した。この提言は、経済界、労働界、市民社会、アカデミア、次世代などから指名された各民間構成員が、その総意として策定したもので、「SDGs実施指針」改定に向けて相応の意味を有するものであるということができる。
政府はSDGs実施指針改定に市民の声を活かせるか?
政府のSDGs実施指針改定が、この「提言」を踏まえ、危機の時代において、より野心的な内容を含むものとして策定されるのか、それとも、国連の「SDGサミット」政治宣言のように、危機の時代を突破しうるには不十分な「妥協の産物」となってしまうのか、注目されるところである。パブリック・コメントの機会に、より多くの市民・国民の声が集まれは、所定のコースを変えていくことも可能になるかもしれない。