SDGs中間年に採択される「政治宣言」最終草案の「沈黙期間」破られる

危機を乗り越えSDGsを達成する国際的な意思はどこに?

2023年はSDGs中間年、「SDGsサミット」開催の年

SDGsサミット2023のロゴ

「持続可能な開発目標」(SDGs)は保健課題にとっても重要な目標である。前身の「ミレニアム開発目標」(MDGs)時代から追求されている子どもの死亡率低下、妊産婦の健康改善、エイズ・結核・マラリアへの取り組みに加え、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現や、途上国でも重要性を増す非感染性疾患や精神疾患、環境由来の疾病などについても、2030年までに達成すべき具体的なターゲットが記述されている。このSDGsの進捗状況を、首脳レベルで評価し、今後の方向性を示す「SDGsサミット」(正式名称:国連総会の後援の下で開催されるSDGsに関するハイレベル政治フォーラム)は4年に一回開催される。本年(2023年)は、2019年に続いて、2回目のSDGsサミットが9月18-19日に開催されることとなっている。

SDGs開始から7年を刻印する2023年は、「SDGs中間年」でもあり、これから2030年までの7年間にどのようにSDGsを達成していくかについて、野心的で大胆な変革の方向性が「政治宣言」(Political Declaration)で示されることが期待されている。実際のところ、SDGsの進捗状況を評価する「世界持続可能な開発報告書」(GSDR)は2023年9月の正式発表に向けて、「先行的未編集ヴァージョン」(Advance, Unedited 2023 GSDR)が3月28日に各国に回覧されているが、この中では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)やその後の物価高騰や経済混乱などの影響を含め、達成への道筋はますます遠くなり、課題によってはこれまでの開発の積み重ねが失われている、という警告がなされている。

政治宣言交渉のプロセス

SDGsサミットに向けた「政治宣言」の交渉は、昨年の国連総会を踏まえて、10月20日、ハンガリー選出のチャバ・コロシ国連総会議長(SDGs策定交渉の際の「公開作業部会」(Open Working Group)の共同議長)が、アイルランドのファーガル・マイセン氏(Fergal Mythen)、カタールのアルヤ・アフメッド・ビン=サイーフ・アル=ターニー氏(Alya Ahmed bin-Saif Al-Thani)の二人の国連大使を共同ファシリテーターに選出したところから開始された。本年になって、共同ファシリテーターは2月28日、「我々の共通の決意」(Our Shared Resolve)、「我々の変化した世界」(Our Changed World)、「2030年に向けて我々の世界を変革する」(Turning Our World toward 2030)の3章からなる概要ペーパーを発表。5月8日にはこれに基づいて「ゼロ・ドラフト」が発表された。6月7日には国連経済社会局がSDGs行動キャンペーン(SDGs Action Campaign)と共催で非公式のステークホルダー対話をオンラインで開催、800人が参加した。翌6月8日、改定ゼロドラフトが発表され、その後加盟国間での議論を経て、7月19日、共同ファシリテーターは最終ドラフトを発表、21日までの「沈黙期間」を宣言したが、21日、複数の国が「沈黙期間」を破り交渉を継続する表明をしたため、最終ドラフトは再び加盟国間の討議に付されることとなった。

極めて意思薄弱な「政治宣言」

沈黙期間を破られた最終草案は、「我々の共通の約束」(Our Shared Commitment)、「我々の変化した世界:進捗と残されたギャップと課題」(Our Changed World – Progress and remaining gaps and challenges)、「行動の呼びかけ:2030年に向けて我々の世界を変革する」(Call to Action – turning our world towards 2030)の3章からなっている。全文わずか10ページの文書だが、一読して分かるのは、2016年以来の世界の変化に対応し、持続可能な世界を構築しようとするビジョンがかけらも感じられないことである。

第1部では、「SDGsの達成は危機に瀕している」として、複合的危機に直面する中で、これまでに積み重ねられてきた成果が後退し、国際連帯の思想や、共同で危機を克服しようとする意思も後退していることが示される(第8段落)。しかし、「大胆で野心的、加速された公正かつ変革的な行動」として呼びかけられているその中身は、どれも、旧態依然としたものに過ぎない。第2部では、世界の変化について記述されているが、ロシアのウクライナ侵略や、サヘル地帯をはじめとする世界各地の不安定化、加速化する気候変動、増大するパンデミックのリスク、充分なシミュレーションなしに投入される新規科学技術によって生じうる危機などについて、充分な危機感が表明されているとは言い難い。第3部で呼びかけられている「行動」も陳腐な内容に終始している。科学技術イノベーションについても、「科学、技術、イノベーションの『責任ある活用』」「環境的に適切な技術の移転」といった表現のもとに、そのリスクを見積もることもなく、素朴な科学技術性善説に基づいた、AIを含むデジタル化、科学技術イノベーションの世界化が提起されているに過ぎない。

保健については、わずか一段落、5行が割かれているにすぎず、現在進められているパンデミック条約や国際保健規則の改定についても言及されていない。

第3部の後半では、COVID-19を経た世界経済の不安定化や途上国の財政状況の急激な悪化といった問題について、一定の分量が割かれている。しかし、そこに挙げられている事項も、既存の処方箋を越えるものではない。第38段落の9に、国際的な税制協力の包摂性・効率性の強化に関する討議の開始を期待する、との記述はあるが、これとて、具体性をもったものにはなっていない。

市民社会の運動も不十分

SDGsに先行するMDGsは、2008年のリーマン・ショックに端を発する世界金融危機・経済危機によってモメンタムを失い、「1日1ドル以下の極度の貧困人口は半減したので、MDGsは達成された」との強弁とともに、2012年からのSDGs策定プロセスに道を譲ることになった。この教訓を踏まえれば、SDGsは「期間中に目標達成について破壊的な影響を与える事象が生じた場合、その後の目標達成に向けたシナリオをどのように定めるか」についての取決めを含む形で設計されるべきであった。ところが、SDGsには「目標から逆算する」、いわゆるムーンショットの考え方はあっても、破壊的な事象へのレジリエンスは備わっていなかった。SDGs採択から7年が経過した現在、世界は大きく変わり、さらにSDGsについては、COVID-19とその後の経済混乱、さらにロシアのウクライナ侵略をはじめとする全世界的な不安定化で、その進捗に破壊的な影響が生じている。ここにおいて、首脳サミットで採択される政治宣言が、SDGs採択以降の世界の変化への対応、現代の複合的危機への処方箋を示すこともなく、ただ、7年前に採択されたSDGsや関連文書の重要性を再確認することに終始しているのは、こうしたSDGsの構造的な欠陥と、いみじくもドラフトに示されている「国際連帯や危機克服への意思の後退」、危機を越えてSDGsを達成しようとする集合的な国家意思の欠如によるものと考えられる。

一方で、国際的な市民社会も、ゼロドラフト段階から文書が公開され、また、6月7日には市民社会などステークホルダー向けの非公式ヒアリングが開催されたにもかかわらず、危機を乗り越えてSDGsを達成するためのオルタナティブな方策や、ドラフトに対する革新的な代替案を示せていない。これは、危機の中で市民社会もビジョンを示せないでいること、分野や課題に分断され、SDGsサミットを政治的な機会として認識できなかったことを示すものということができよう。

2019年、国連はSDGsに紛争問題などを加えた「我々の共通の課題」(Our Common Agenda)を示し、2024年には、グテーレス事務総長のイニシアティブで、「未来のためのサミット」(Summit for hte Future)が開催される。この流れは、2030年以降の「ポストSDGs」に向けたものであるが、この流れが主流化し、その一方でSDGsが「死に体」となると、困った問題が生じる。地政学的対立によって世界の分断が加速し、地球規模課題への包括的な取り組みに向けた国際連帯が弱体化しているところで、「新しい目標」を作ろうとしても、「持続可能な世界」の達成に向けて本来必要な資金・資源・労力に対して格段に低い目標にしかならない可能性が高い。そのような状況で、世界の焦点が「次の目標」作りに流れ、SDGsが後景化すれば、世界は長期間にわたって、本来必要な高いレベルの目標が事実上存在しないまま推移する、ということになりかねない。