米国の公衆衛生上の病理を象徴する課題:
州政府の資金活用を把握するデータベースが設置される
資金の3分の1は公開文書から追跡できず
90年代後半以降、現在に至るまで、米国で深刻化し、現在に至るまで多くの人々を死に追いやっている、現代米国最大の薬害問題である「オピオイド鎮痛剤問題」。これについては、最初に大量のオピオイド鎮痛剤を流通させた主犯格の製薬企業「パーデュー・ファーマ」をはじめ、同様にオピオイド鎮痛剤を販売した製薬企業や、製薬企業と共同してマーケティングを行ったコンサルタント企業、薬局、医薬品の流通業者等に対して、全米で4000件以上の訴訟が提起され、2020年代に入ってから、被告側企業が巨額の和解金により和解するケースが相次ぎ、多くの州政府・地方政府が多額の和解金を手にし、オピオイド鎮痛剤の被害者の救済や、問題の長期的な解決のために活用することになっている。これについて、保健医療政策についての研究や情報発信を行っている「カイザー家族財団」(KFF)とジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生校、嗜癖問題に取り組む非営利団体「シャッタープルーフ」(Shatterproof)が、州政府・地方政府がこの和解金をどのように活用しているかについての調査を行い、データベースを立ち上げた。
データベースによると、これまでに各州・地方政府が受け取った和解金のうち3分の1は何らかの事業にあてがわれ、3分の1は将来の対策のために確保されているが、残り3分の1は、公表された報告書に掲載されておらず、追跡できない状況になっているという。
製薬企業による合法的な「麻薬販売」が出発点
「オピオイド鎮痛剤問題」は市民の保健・医療にかかわる米国の病理を凝縮する課題である。オピオイドは、アヘンから生成される麻薬性の鎮痛薬の総称であり、一部は認可された治療薬として、末期がんや手術後の疼痛緩和などを含め、中度~重度の疼痛管理に限定的に使われてきた。ところが、1995年、大手製薬企業パーデュー・ファーマが、オピオイド鎮痛薬の一つとして開発した「オキシコンチン」を、食品医薬品局(FDA)の承認を受けて、「疼痛管理こそ見過ごされてきた最大の保健医療課題である」、という政策的主張と、データに裏付けられていない「依存性がなく安全」という宣伝文句によって、軽度の疼痛をも含めて大規模かつ積極的なマーケティングによる販売戦略を開始。このマーケティングは、マッキンゼー&カンパニーが主導した。マッキンゼー主導のマーケティングで、特に対象となったのは、炭鉱の閉山や製鉄業などの第2次産業の斜陽化で経済が崩壊し、貧困化と薬物需要の増大といった状況にあったアパラチア山脈東部地方などであった。この地域で、まずオピオイド依存が急速に拡大、さらに全土に拡大した。これが90年代末以降の「オピオイド第1波」を形成する。
全土の急速なオピオイド依存症の広がりが主要な公衆衛生上の問題として連邦レベルで理解されるまでに、多くの犠牲と、被害者や少数の医師らによる尽力が必要となった。2007年、連邦政府はパーデュー・ファーマを相手取って訴訟を提起、合法的なオピオイド鎮痛薬の処方を規制する方策が取られたが、この段階までに、既に膨大なオピオイド依存症人口が形成されていた。「合法」なオピオイドへのアクセスを失った人々は、ヘロインを非合法的な方法で入手することとなり、オーバードーズによる死亡が拡大する。これが「オピオイド第2波」である。さらに2010年代以降には、きわめて強力な合成オピオイドであるフェンタニルが持ち込まれ、2017年には、オーバードーズによる死亡が年間17万件に達することになる。その後、トランプ政権による「非常事態宣言」などもあり、死亡数は若干減少するが、2020年の新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、死亡率はみたび上昇に転じる。これが「オピオイド第3波」となる。ここ数年、バイデン政権はコロナ下で「米国救済プラン」(American Rescue Plan)を打ち出し、40億ドルをオピオイド対策に充てたこともあり、死亡の上昇は全体としては抑えられているが、問題が収束に向かう気運はない。
政治的対立で効果的な対策の導入に遅れ
米国の一つの課題は、健康被害の軽減(ハーム・リダクション)アプローチの一つの柱である「薬物維持療法」を全面的に展開するのが難しいことである。「薬物維持療法」は、オピオイド依存症患者が、メタドンやブプレノルフィンなど、より安全性の高い合法的なオピオイド経口薬を適切な管理のもとで服用することで、オーバードーズを防ぎ、健康被害を防いでいくというもので、効果は証拠によって実証されており、違法薬物に依存する患者の社会環境の改善にも役立つ。実際、薬物維持療法は、90年代以降、注射によるヘロイン使用の蔓延でオピオイド依存症とHIVが同時かつ急速に拡大した旧ソ連圏やベトナム、一部の中東諸国でも、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)等の資金により導入され、着実に効果を上げている。一方、米国では、ハーム・リダクション・アプローチは保守層を中心に強い反発を受けており、規制が厳しく、地域によっては導入が進んでいない。
「誰も見ていないと知ったら、和解金もどう使われるかわからない」
カイザー家族財団の記事によると、2022-23年に各州や地方政府が確保した和解金は合計60億ドルで、これらの和解金は今後十数年に渡って毎年支払われる。州政府の多くは、これらの資金の活用を監理するマルチステークホルダーの理事会(board)を設置している。これらの資金は、各州平均で18%が嗜癖治療や精神医療に、14%が社会復帰のための費用(住宅・移動支援、法的支援)、11%がハーム・リダクションのための費用、9%が薬物障害を予防するプログラムに割り当てている。一方で、直接のオピオイド対策と認識できないプログラムに資金を割り当てている地方政府も存在する。ある郡は一定金額を役所の道路・橋梁部に配分した。別の州では一定金額が中絶に反対する立場で設置されている妊産婦センターに割り振られたり、心臓病対策の資金に振り分けられたりしているケースがある。実際のところ、各州政府・地方政府はそれぞれ、様々な方法でこの資金を活用しており、このデータベースには、7000通りもの活用方法が掲載されているという。カイザー家族財団は、ルイジアナ州バトンルージュのコミュニティ活動家トニア・マイルス氏の「人々が目を向けていない、アカウンタビリティなどない、ということを知れば、お金はどんな目的でも、好きなように使えるようになってしまう。だから、アカウンタビリティのためにもこうしたデータベースを持たないといけない」という言葉を引用している。
一方、ワシントンDCのジョージタウン大学にある総合的な公衆衛生研究所であるオニール研究所(O’neill Institute)は、実際、州や地方政府の中には、これらの資金を適切に配分し、活用する能力がないところも存在することを指摘し、連邦政府が必要な役割を果たすべきだと提言している。