世界に向けた壮大な誓約となったG7保健大臣コミュニケ

すべての誓約実現には強い政治的意思が必要

2024年G7とC7のロゴ

イタリアがホスト国となった2024年のG7プロセスは、首脳会議が6月13-15日に行なわれて以降、世界的にはほとんど注目されなくなっている。しかし、今回のプロセスは首脳会議以降に多くの大臣会合が開催されているのが特徴で、6月27-29日には教育大臣会合、7月9-11日には科学技術大臣会合などが開催されている。保健大臣会合もその一つで、10月10-11日の二日間にわたってアドリア海に面するイタリア中部の都市アンコーナAndhona で開催され、23ページに及ぶ大部の成果文書「G7保健大臣コミュニケ」が採択された。イタリアの市民社会団体を含む世界の保健関係の市民社会でつくる「C7(市民7)」は、G7コミュニケを分析・評価する声明を発表し、人権や当事者主権といった観点が不十分であると批判した。

大部で網羅的なG7保健大臣コミュニケ

今回の保健大臣会合で採択されたのは、合計23ページ、90段落もある大部の保健大臣コミュニケである。このコミュニケは前文と「国際保健アーキテクチャーとパンデミック予防・備え・対応」、「渉外に渡る予防とイノベーションを通じた健康的で活動的な高齢化」「ワン・ヘルス・アプローチ」の3つの部分に分かれ、国際保健上の課題が網羅的に整理されたものとなっている。

コミュニケの前文では、SDGsのゴール3(保健・福祉)の実現や、保健緊急事態の予防・備え・対応、そのための国際保健アーキテクチャーの構築に尽力するとの誓約がなされているほか、最も脆弱な立場に置かれた人々の健康改善のために、健康の経済・社会・環境的決定要因にアプローチすること、包括的なセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR)の促進についての誓約も行なった。そのうえで、第1部(国際保健アーキテクチャーとパンデミック予防・備え・対応)では、パンデミック条約の策定に向けた協力や、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)やGAVIアライアンスなどの増資プロセスへの貢献や2030年までのエイズ・結核・マラリアの終息などの目標の再確認、医薬品製造能力強化に関するアフリカ連合の目標達成に向けた支援、パンデミック時に必要な巨額資金を調達する「サージ・ファイナンス」の仕組み作りなどを表明。高齢化や非感染性疾患(NCDs)などを扱う第2部でも、「女性・子ども・若者の健康のためのグローバル金融ファシリティ」(GFF)への支援や女性の健康、水・衛生への取り組み、労働安全衛生などの取り組みの強化などについて言及。さらに気候変動や環境問題と保健などを扱う第3部では、抗生物質耐性(AMR)と、動物と人間の保健を一体で把握する「ワン・ヘルス」、気候変動と保健などについて相当の段落を割いて言及している。国際保健の課題の殆どをリストアップした形となっており、結果として、23ページの長大なコミュニケとなっている。

「書かれていないこと」に着目した市民社会声明

これについて、G7プロセスへのステークホルダーの参画の仕組みとして制度化されている7つの「エンゲージメント・グループ」の一つである「C7」(市民7:Civil 7)は、保健大臣会合の最終日である10月11日に、コミュニケを市民の立場から評価する声明「国際市民社会はG7による国際保健への野心的な行動を呼びかける」(International Civil Society Calls for Ambitious Action for Global Health by the G7)を発表した。C7はこの声明で、G7コミュニケがアフリカやラテンアメリカ・カリブ海諸国でのUHCの促進のために医薬品の製造能力の強化を支援すると記載したことを歓迎し、また、SRHRについて明記したことについても謝意を表明した。また、ワン・ヘルスやAMRについては、G7コミュニケの包括的な内容を評価しつつも、「もっと積極的にやるべきでは」と苦言を呈している。一方、声明で最初に指摘しているのは、保健に取り組む主体としての市民社会や疾病の影響を受けたコミュニティ、鍵となる人口集団(Key Population)についての適切な認識が示されていないということである。

たしかに、コミュニケには、健康の社会的決定要因について述べた第6段落で、最も脆弱で恵まれない状況を経験しているグループ、という表現は出てくる。しかし、G7にとって、このグループはサービス提供の「対象」でしかなく、主権者として各種プロセスへの参画を図るといった記述はない。C7声明は同様に、コミュニケには保健サービスへのアクセスが基本的人権であるという認識が欠けていることを強く指摘している。声明では、保健が「人権」であればこそ、保健の政策や実施から、あらゆる排除や差別、犯罪化といった不適切なアプローチをなくすことができるが、G7コミュニケが「保健=権利」という視点を失ったまま今後も推移してしまうと、差別や排除の対象となっている人々の保健へのアクセス確保の優先順位も下がってしまう。

医薬品への公平なアクセスのための制度提案には沈黙

C7声明には書かれていないが、G7保健大臣会合コミュニケの大きな問題は、パンデミック条約交渉やCOVID-19パンデミック下で行なわれた世界貿易機関(WTO)での交渉で具体的に提案された、医薬品アクセスの衡平性を実現するための様々な制度、例えば、パンデミック時における知的財産権の一部・一時免除と途上国への積極的な技術移転や、病原体情報へのアクセスと引き換えに、それによって開発された製品やそれによって上がる利益の一部をグローバルに配分する「病原体情報へのアクセスと利益配分」(PABS)について、何ら態度表明を行っていないことである。

実際には、G7保健大臣コミュニケをはじめ、G7の成果文書は、G7構成国を法的に束縛する趣旨のものではない。ただ、そこでなされた誓約を破れば、G7の国際的な信頼性は低下する。G7の経済力は相対的に低下しており、グローバル・サウス諸国から見れば、G7はすでに、相対的な存在となりつつある。G7イタリア保健大臣会合コミュニケは、世界に向けて数多くの誓約を行なったが、G7の世界に対する信頼性が現状レベルに維持されるかどうかは、これらの誓約が適切に果たされるかどうかにかかっているということについて、G7の指導者は認識を新たにする必要がある。