デジタルヘルスなどのスタートアップ展開促進などに高い優先順位
国際保健政策の討議の場の一つとして位置づけられるTICAD
日本が主導するアフリカ開発のための多国間フォーラムである「アフリカ開発会議」(TICAD)は、以前から、アフリカにおける保健分野の取り組みについて討議する国際的な場の一つとなってきた。日本はアフリカにおける「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC)の実現に向けた協力や、保健・医療関係の事業を行う日本企業のアフリカでの展開を促進する「アフリカ健康構想」などを打ち出してきた。前回2022年のTICAD8(第8回アフリカ開発会議)では、途上国のエイズ・結核・マラリア対策に資金を拠出する国際機関であるグローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)の第7次増資について、岸田文雄内閣総理大臣が10.8億ドルの拠出を誓約した。来年(2025年)8月、TICAD9が横浜市で開催されるにあたって、アフリカが置かれた状況の変化や世界情勢、国際保健をめぐる潮流の変化を踏まえ、どのような保健政策が打ち出されるかは、TICAD9をめぐる焦点の一つとなっている。
共同コミュニケでUHC促進うたう
8月24-25日、東京都内において、TICAD9に向けた方針を討議する「TICAD閣僚会合」が開催され、40か国以上の閣僚をはじめ、アフリカ諸国の代表団や国際機関が参加した。TICAD9のテーマは「革新的な解決策の共創をアフリカと共に」(Co-Create INnovative Solutions with Africa)と定められており、同会合では、日本とアフリカの「共創」、若者や女性の特に経済面での参画の促進、社会変革に向けた科学技術イノベーションの促進や導入などが優先課題として設定された。保健課題は、8月24日午後に開催された本会議の第1セッション(社会)において議題の一つとなり、ここでの議論などを踏まえ、8月25日の閉会セッションにおいて、同閣僚会議の成果文書として「共同コミュニケ」(Joint Communique)が採択された。
同コミュニケの第9段落は第1セッションの要約に充てられているが、そのうち半分が保健についての記述となっている。記述は一般的な内容に終始しているが、日本が以前から重視しているUHCを中心に、疾病の予防の促進や、保健システムの強化について記述されており、特にこの中で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機をきっかけに注目を集める「医薬品やワクチンの地域レベルでの生産能力・ヴァリュー・チェーンの強化」が言及されていることは重要である。日本はJICAおよび民間金融機関による、アフリカ輸出入銀行を通じた、ワクチン・医薬品製造に関する融資を政策として打ち出しているが、これを含め、どのような具体的な取り組みに結び付けていけるかが問われるところである。
個別の課題や国際機関の支援については記述されず
日本およびアフリカの市民社会は、TICAD閣僚会合に向けて7月に行われた日本外務省との対話において、TICADに向けた日本の保健政策について、より踏み込んで、2025年のグローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)の第8次増資において、日本政府が前回並み以上の拠出を行うことを求めてきた。これは、今回の第8次増資に寄って確保される資金が活用される「第8次事業サイクル」の対象期間が2027-29年になっており、2030年を期限とするSDGs目標の一つである「(世界規模の公衆衛生上の脅威としての)エイズ・結核・マラリアの終息」(ターゲット3.3)やUHC(ターゲット3.8)の達成にとって死活的に重要であるためである。しかし、今回の「共同コミュニケ」においては、エイズ・結核・マラリアの終息をはじめとする保健上の個別課題や特定の国際機関への支援などは言及されなかった。
また、25日午前中に開催された第3セッション(経済)では、TICAD9のテーマである「革新的な解決策の共創」の側面で、日本およびアフリカのデジタル・ヘルスを含むスタートアップ企業の展開の促進などが議論された。ただ、問題は、これらの企業の展開が、アフリカにおける保健課題の解決や国際保健政策の促進、目標の達成と具体的な形で結び付けられていないことである。アフリカは日本のスタートアップ企業の実験場ではない。アフリカにおける日本の保健医療に関わる企業の展開は、アフリカの保健課題の解決や国際保健政策の推進と紐づけられてこそ、アフリカにとって意義のあるものとなる。また、「ビジネスと人権」や環境課題など、負の側面をもたらす可能性についても目を向け、「被害をもたらさない」(do-no-harm)原則についても再確認される必要がある。
債務救済や気候変動資金としてのSDRの展開に積極的な記述
一方、採択された「共同コミュニケ」では、COVID-19緊急事態以降、債務危機に関する流動性確保や気候変動対策・エネルギー転換などの巨額な資金需要に関連して、アフリカ諸国が求めていた国際通貨基金(IMF)の「特別引出権」(SDR)の加盟国への配分および途上国への再配分に関して、これをアフリカ開発銀行を通じて実施する等の記述が明示された。このことは、保健を含むSDGs達成や気候変動対策資金の拡大、債務救済を求めて取り組んできたアフリカや国際的な市民社会のキャンペーンとの関係で重要である。日本の財務省国際局は他のG7諸国に比べ、この課題について積極的な立場をとり、G20財務トラックなどで、この課題をある程度リードしてきた経緯がある。アフリカ連合やアフリカ諸国は2023年に開催したアフリカ気候サミットで、気候変動対策のためのSDRの追加配分を求めている。来年のTICAD9でこれらを実現する政治的モメンタムを作り出せるかも、今後の課題である。
「テーマ別イベント」でも建設的な議論
今回のTICAD閣僚会議では、これまで「サイド・イベント」として行われてきた、国際機関や関係団体、市民社会などのイベントが、公式の「テーマ別イベント」として位置づけられ、保健については、GAVIワクチンアライアンスが24日午前に「アフリカにおける保健の衡平性のための新たなパートナーシップ」(New Partnership for Health Equity in Africa)、日本国際交流センターとセーブザチルドレンジャパンが26日午前に「アフリカにおけるUHC達成のための国際保健資金」(Global Health Financing for Achieving UHC in Africa)が開催された。後者は、UHCの達成に向けて現在打ち出されている保健系国際機関の連携・調和化の促進のためのイニシアティブである「ルサカ・アジェンダ」(Lusaka Agenda)や、アフリカ諸国における保健に向けた国内資金動員の強化などを焦点としたものであり、国際機関や市民社会、民間セクターなども含めた質の高い議論が行われた。
一方、日本とアフリカの市民社会は23日午後、同じくテーマ別イベントの一つとして、「複合的危機を乗り越え、希望の2030年へ」と題して、アフリカと日本のSDGs達成やポストSDGsの新たな開発イニシアティブ形成に向けたビジョンをめぐる企画を開催、現場で取り組むアフリカ・日本の市民社会に加え、外務省の今西靖治参事官(地球規模課題担当)やベナン共和国のシェグン・バカリ外相、「人間の安全保障」の深化に取り組む星野俊也元国連大使等が登壇。危機の時代に通用する多国間主義の新たな形を模索する中でのケーススタディとして、これまでの保健分野の取り組みを取り上げる中で、グローバルファンドのダイアン・スチュアート・ドナー連携部長が、グローバルファンドにおいて様々なセクターを包摂するパートナーシップをどう築いてきたかについての解説もなされた。