=バイデン米大統領呼びかけコロナサミット、知的財産権免除や技術移転については踏み込み不足=
9月22日のニューヨーク時間午前10時(日本時間午後11時)から、ジョー・バイデン米国大統領が呼び掛けた「世界COVID-19サミット:パンデミックを終わらせ、より良い復興を=」(Global COVID-19 Summit: Ending the Pandemic and Building Back Better)がオンラインで4時間にわたって開催された。
世界はCOVID-19の収束への展望が見えないまま9月下旬の第76回国連総会時期に突入した。今国連総会では保健分野のハイレベル会合などの開催予定もなく、2年目に突入してますます深刻となっているCOVID-19に正面から向き合う機会を失うのではないかと懸念されていたが、このサミットの開催により、何とか面目を保った形だ。このサミットについては、数ヵ月前から、開催されるとの噂が流れていたが、真偽は定かではなく、公式に開催が公表されたのは5日前の9月17日だった。ただ、米国政府は開催に向けて、COVID-19対策の包括的な目標を記した「世界COVID-19サミットのためのターゲット」という文書を各国政府や国際機関に配布して各国に打診を行っており、9月17日にはいくつかの市民社会団体にも参加の打診がなされていた。
同サミットでは、低所得国・中所得国へのワクチンの供給を中心テーマにしつつも、酸素を含めた治療や検査などの世界的な拡大の取り組みや、今後のパンデミック対策・対応に向けたグローバルな体制構築などにも触れる包括的なものとなった。また、コロナ対策製品に関する知的財産権の免除や、ワクチン等の技術移転や各地での生産拡大などについて、途上国のみならず米国・欧州など先進国からも重要性を認識するとの発言がなされるなど、包括的、多角的な内容を伴ったものにはなった(米大統領府(ホワイトハウス)による成果まとめはこちら)。しかし、これらの課題について決定的なコミットメントはなく、多くの市民社会団体は発表した声明等で失望の意を表明している。
米国を筆頭に、ワクチン・アパルトヘイトを埋める追加支援を発表
このサミットは米国の強いリーダーシップに基づいて開催されたもので、米国からばバイデン大統領、ハリス副大統領、ブリンケン国務長官、サマンサ・パワー国際開発庁(USAID)長官が登場し、それぞれ演説を行った。
バイデン大統領は、いまだCOVID-19の収束が見えない状況に対して「大胆な行動」と、政府や民間セクター、市民社会、民間財団等の指導者たちがそれぞれの役割を十二分に果たすことの重要性を説いた上で、低所得国・中所得国に向けたワクチン供給について、新たに米ファイザー・独ビオンテック製のワクチンを5億回分、低所得国・中所得国に供給すると宣言。米国はこれにより、合計11億本のワクチンを供給することを誓約したことになる。また、ワクチンの流通と供給の強化のために3.5億ドルを新たに拠出するほか、COVID-19製品の開発と供給のための多国間枠組みであるACTアクセラレーター(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)のワクチン・パートナーシップであるCOVAXでワクチンの供給を担っているGAVIアライアンスに対して3.8億ドルを追加拠出することを表明した。
また、バイデン大統領は、「今、命を救う必要がある」として、酸素を含む治療や検査についても一定規模の資金拠出を表明した。酸素については追加で5000万ドルを拠出するほか、その他の治療や診断、保健システム等に合計14億ドルを拠出することを表明した。(バイデン大統領のスピーチ全文はこちら)
一方、パワーUSAID長官は、本サミットで米国が示した「ターゲット」を引いて、2022年9月までに、低所得国・低位中所得国(Lower Middle Income Countries)を含め人口の70%の接種を完了させるという目標にコミットした。
知的財産権の免除や技術移転・生産の拡大については決め手なし
一方、先進国による余剰ワクチン寄付や、ACTアクセラレーターを含む既存の多国間・二国間による製造・供給だけでは、COVID-19に関する公衆衛生上のニーズに対する不足分も、先進国と途上国の医薬品アクセスの格差も埋めることはできない、ということは、これまで再三にわたって指摘されてきた。これを解決するために必要とされているのが、知的財産権の一部・一時免除をはじめとする措置により、先進国から途上国へのワクチン等の技術移転を促進し、中南米やアフリカ、東南アジアといった地域ごとに生産拠点を作って生産を拡大するという方法である。これは、今後の「パンデミック時代」におけるパンデミック対策・対応の枠組み構築にも大きく寄与する。このうち、知財権の免除については、特にサミットに参加した南アフリカ共和国のラマポーザ大統領やインドのモディ首相、WHOのテドロス事務局長らから強い要望が寄せられた。また、ニュージーランドのアーダーン首相、カナダのトルドー首相も知財権免除の必要性について言及したほか、WTOのオコンジョ=イウェアラ事務局長も、ワクチン政策は公正な多国間貿易政策があって初めて機能する、と主張し、知財権を含む貿易政策とワクチンの製造・供給の課題を結び付けた。また、現在ワクチンの供給国が10カ国しかないことに触れ、ワクチン製造の「非中央集権化」が必要と述べて、技術移転の重要性を強調した。
これに対して、サミットを主導した米国や、知財権免除についてブロックを続けている欧州の姿勢は必ずしも積極的ではなかった。米国は5月5日にWTOでの知財権一時・一部免除提案への支持を表明したが、今回のサミットで、この支持表明について言及・確認したのは、最後のセッションで登壇したブリンケン国務長官のみであった。また、欧州連合のフォン=デア=ライエン欧州委員会委員長は、ワクチン供給に関する欧州連合・米国パートナーシップの存在を背景に、南ア、セネガル等におけるワクチンに関する技術移転ハブへの支援などを含め、技術移転への積極的支援を行うと表明した。しかし、具体的な数値目標や期限を示しての発言ではなく、どの程度の実効力を持つかは不明なままとなった。
国際保健安全保障の枠組みについて
本サミットの第3セッションでは、COVID-19を踏まえた新たな国際保健安全保障の仕組みの構築についての提起が、カマラ・ハリス副大統領からなされた。国際保健安全保障については、昨年5月のWHO総会で設けられた「パンデミック対策・対応独立パネル」(IPPPR、共同議長=ヘレン・クラーク元ニュージーランド首相、エレン・ジョンソン=サーリーフ元リベリア大統領)の報告書「COVID-19:最後のパンデミックに」が本年5月に発表され(概要の日本語版はこちら)、その後、G20が設置した「国際公共財としてのパンデミックへの備えと対応のための資金調達に関するG20ハイレベル独立パネル」(HLIP、共同議長=ラリー・サマーズ元米国財務長官、ターマン・シャンムガラトナム・元シンガポール財務相、オコンジョ=イウェアラ元ナイジェリア財務相)の報告書「我がパンデミック時代の地球規模の合意」が6月に発表されており(概要の日本語版はこちら)、欧州を軸とする「パンデミック条約」制定に向けた動きを含め、議論が過熱しつつあるところである。
これについて、ハリス副大統領は、感染症のサーベイランスやワクチン開発、供給、緊急事態への対応メカニズムに拠出することを念頭に、世銀に新たな金融仲介基金(Financial Intermediary Fund)を設置し、これに米国として2.5億ドルをまず拠出すると表明。将来的にこれを100億ドル規模の基金にしたいと表明した。また、パンデミック対応の司令塔として「グローバル・ヘルス脅威評議会」(Global Health Threat Council)を設置すべきと主張した。
上記のIPPPR報告書(概要日本語版)とHLIP報告書(概要日本語版)は、相互補完するものとの触れ込みではあるものの、対立する内容も含まれる。IPPPR報告書は国連やWHOを中心とするパンデミック対策メカニズムを前提に、司令塔として国連に「グローバルヘルス脅威評議会」を設置し、そのもとに国際パンデミック資金ファシリティ(Global Pandemic Financing Facility)を置くことを提唱するが、HLIP報告書はトップを元財務大臣で固めていることを反映して、IMF・世銀など国際金融機関の役割をより重視し、資金枠組みは世銀に「金融仲介基金」(FIF)として設置し、その管理は、G20財務相・保健相会議をベースとした「グローバルヘルス脅威理事会」(Global Health Threat Board)を設置し、そこが行うとしている。今回のハリス副大統領の発言は、パンデミック対策のための新規の金融仲介基金を設置するとの内容からして、かなりHLIP報告書に依った内容と推測される。実際、HLIPの共同議長の一人であるサマーズ元財務長官はバイデン政権に大きな影響力を持っている。
本来、今後の国際保健安全保障の確立に向けた多国間の仕組みづくりは、これから各国や各セクターが議論して決めるべきことであり、米国が独断的なリーダーシップによって先取りすべきことではない。実際、ハリス副大統領の進行の下で登壇した、HLIP共同議長のターマン・シャンガムラトナム元シンガポール財務相(現シンガポール上級相)がパンデミック対策におけるIMF・世銀やG20財務相・保健相会議の役割を強調したのに対し、その後登壇したIPPPR共同議長のサーリーフ元リベリア大統領は、強い口調でWHOの強化と指導力の発揮、国連に設置することが提言されている「グローバルヘルス脅威評議会」の司令塔機能の重要性を強調した。この課題については、今後、既存の国際機関や多国間資金拠出機関も巻き込んだ大きな議論を喚起することになると考えられる。
「人々」の視点
このように本サミットは様々な駆け引きの場となったが、ブリンケン国務長官の進行により持たれた第4セッションでは、ケニア全国看護師協会から若い看護師ジッポラー・イレギ氏が登壇、フロントラインに立つ医療従事者の重要性と、COVID-19からその命と健康を守るための個人防護具(PPE)の重要性について発言。また最後に、COVID-19経験者を代表して、「パン・アフリカCOVID-19サバイバー・プラットフォーム」を設立した南アフリカ共和国のルワジ・ムラバ氏が登壇、多くのサバイバーたちが悩まされているコロナ後遺症(ロング・コビッド)の課題を提起、とにかく資金とCOVID-19の収束のための努力が必要、と結んだ。最後にアフリカで最前線に立つ保健医療従事者とCOVID-19経験者が登壇することで、「人々」からの発言を保障したことにより、このサミットはかろうじて、COVID-19の収束と新たな世界に向けた道筋を示すという対面を保つことには成功したといえるだろう。