(続報)SDGサミット政治宣言ドラフトの沈黙期間を破ったのは英語圏先進国と日本

SDGs達成のための国際開発金融の改革と
債務問題への取り組みの是非が最大の焦点

SDGサミット成果文書交渉の共同議長による書簡

2016年に開始され、2030年を期限に「持続可能な世界」をめざす世界の目標「持続可能な開発目標」(SDGs)が中間年を迎える今年(2023年)の9月18-19日、ニューヨークの国連本部にて首脳級の「SDGサミット」が開催される。このサミットの成果文書となる「政治宣言」に関する交渉は、アイルランド、カタールを共同議長に行われてきた。これら成果文書については、最後の段階で数日の「沈黙期間」が設定され、これが破られなければ承認となるが、破られた場合は再び交渉が始まることとなる。SDGサミットの「政治宣言」最終ドラフトは7月19-21日が沈黙期間に設定されたが、最終日の21日、この沈黙期間が幾つかの国によって破られたことについては、先月の本コーナーの記事「SDGs中間年に採択される『「政治宣言』最終草案の『沈黙期間』破られる」で伝えた。その後、国際開発に関する専門記事サイト「Devex」の記事など、幾つかの情報ソースから、沈黙期間を破った国とその理由が明らかになった。

沈黙期間を破ったのは日本と英語圏先進国

これらの情報ソースによると、沈黙期間を破ったのは米国、英国、日本、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、英語圏先進国であった。Devexの記事(8月3日付)「米国と同盟国が主要な開発宣言をブロック」)では、このうち米国が行った異議申し立てについて一定詳細な説明を加えている。これによると、米国は世銀、IMFや国際開発金融機関(MDBs)の改革に関する記述や、SDGs達成のために国連が打ち出している多額の資金による「SDG刺激プラン」(SDG Stimulus Plan)に関する記述などについて異議を申し立てたという。米国の主張は、これらは国連総会でなく、世銀、IMFなど国際金融機関の枠組みで議論されるべきであるというものである。それ以外の幾つかの情報ソースによると、米国はこれを含め、最終ドラフトの11箇所に異議申し立てを行った。また、米国、日本などの異議申し立ての中には、IMFの「特別引出権」(SDR)の分配制度に関する記述や、1992年のリオ環境開発サミットの宣言に示された8つの原則の一つである「共通だが差異ある責任」(CBDR)に関する記述なども含まれている。

7月19日の「沈黙期間」設定に当たって、交渉の共同議長であるアイルランドとカタールの代表は書簡で次のように述べている。「数カ月にわたる交渉の結果、私たちは、野心的でバランスの取れた、未来志向で行動主義的であり、『2030アジェンダ』(筆者注:国連加盟国が2015年に採択した、SDGsを含む包括的な政策文書)の実施を促進できると信じられる文書にたどり着いた。私たちはこの文書によって、すべての人がコンセンサスに基づく合意に到達しうると信じる。私たちはこの段階において、すべての代表団に対して、最大の柔軟性を持ってこのテキストを支持するよう求める」。すでに再交渉に向けた共同議長と関係各国の協議が始まっているが、残された期間はあと3週間強しかなく、SDGサミットまでに合意にたどり着けるかは不明である。

凡庸な政治宣言:唯一革新的なのは途上国の債務救済策と国際金融機関改革による開発資金確保を掲げた第38段落

「沈黙期間」設定に際しての共同議長の声明とは裏腹に、今回の政治宣言ドラフトは、全体としては凡庸なものである。SDGsの制定された2015年から、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)やその後の世界的な経済状況の変化、気候変動や生物多様性喪失、地政学的対立などの複合的危機の深化、さらに、無秩序に導入される科学技術イノベーションのもたらしうる深刻な危機など、世界の大きな変化を踏まえた上で、2030年までに持続可能な世界を達成するうえで必要な指針を示すようなものにはなっていない。このドラフトの革新性は、ひとえに、深刻化する途上国の債務問題や財政的危機を打開し、この状況から2030年のSDGs達成を目指すための開発資金や国際金融機関改革に向けた道を示した後半部分、特に第38段落にある。(この点について、本コーナーの7月29日の記事の分析を訂正する)。だからこそ、米国や英国、日本などは「沈黙期間」を破って、このテキストへの抵抗を示したわけだが、もし、この段落に何らかの妥協が加えられてしまえば、この宣言には、SDGsへの取り組みを再加速し達成への軌道に乗せるうえでの意味はほぼなくなってしまうであろうと考えられる。

第38段落は、a) から t) までの20の小段落、さらに小段落 t) のもとにi. から xiv. までの14の小段落を抱え、全体で3ページ近くある長大なものである。この段落で米国、英国、日本などが問題にしたとされるのは、まず、38-t-ivで言及されている国連事務総長の「SDG刺激プラン」(SDGs Stimulus Plan)、 38-t-viiにあるIMFの「特別引き出し権」(SDR)制度の改革、38-t-viiiおよびixの国際金融機関改革、そしてx. の多国間貿易システムである。

まず、「SDG刺激プラン」は、この2月にグテーレス国連事務総長が発表した「国連事務総長による『アジェンダ2030』実現のためのSDGs刺激策」に基づくもので、COVID-19や気候変動、地政学的危機、さらにインフレ抑制のために先進国によって行われた利上げなどの金融政策によって急激に悪化した途上国の債務状況や財政状況の悪化に対して、(1)債務救済策と中長期的な債務関連の各種制度の改革、(2)国際金融機関改革および強化、ODAの増額などによる開発資金の飛躍的な拡大、(3)特別引き出し権(SDR)の配分などをはじめとする、必要とする国に対する緊急資金の拡大、を柱に、途上国の財政危機を救い、並行してSDGsの達成を目指す政策パッケージである。政治宣言ドラフト38-t-ivでは、これについて歓迎し、適時に前進させるとしている。

次に、38-t-viiでは、IMFのSDR(特別引き出し権)の、必要とする国への早急な再配分に加えて、現行制度ではIMFへの拠出割合に応じて配分されるSDRについて、最も必要とする国に便宜が図られるような配分制度改革を行うことを求める、としている。また、38-t-viiiおよびixでも、国際金融機関改革により、国際金融機関のガバナンスへの途上国の参画を拡大して、より包摂的な機関とし、途上国がSDGs達成に必要な必要な開発資金を得られるようにすることを求めている。これらはいずれも、上記の事務総長「刺激プラン」の内容に沿ったものとなっている。米国などはこの「刺激プラン」が国際金融機関に対する国連(ひいてはグローバル・サウス諸国)の主導権の拡大を狙ったものであるとして嫌気した可能性がある。

一方、第38段落以外に問題になったとされるのが、第11段落である。この段落は2行しかなく、加盟国がすでに承認している1992年のリオ環境開発宣言の8つの原則を再確認するものであるが、この中で先進国と途上国に異なった責任を課す、主に気候変動対策上の原則である「共通だが差異ある責任」(CBDR)が特出しで明記されていることが、先進国によって嫌気された可能性がある。しかし、すでに国際的な合意を得た宣言の再確認を問題にするなら、ジェンダーやSRHRなどについても同様のことが起こりかねず、ドミノ的に開発アジェンダの大幅な後退を招いてしまう危険性がある。

「持続可能な世界」に向け、失敗が許されないSDGサミット

多くの途上国は、リーマンショック以降の途上国への投資ブームによって先進国、新興国、民間からの多様な債務を抱え込み、これが資源ブームの後退、COVID-19のインパクト、さらにはインフレ抑制のための先進国の利上げによる金利上昇などをうけて、その財政状況は極めて緊迫した状況にあり、SDGsの達成のための開発資金の確保など全くおぼつかない状況にある。SDGs達成に向けた後半戦に差し掛かった今、必要なのは、少なくとも、国連事務総長の「SDGs刺激プラン」をはじめとする、途上国の債務負担を軽減し、必要な開発資金を確保することによって、世界全体でのSDGs達成に必要な条件を急速に整えることである。SDGサミットはそのための最大の舞台であり、宣言の不採択や内容の後退は許されない。問われているのはSDGs達成のための世界の意思である。