資金不足克服のための国連改革で打ち出された「WHOとUNAIDSの統合」

組織の大リストラ計画を発表したUNAIDSはWHO統合に否定的

パンデミック条約は順当に採択

5月19日から27日までジュネーブで開催されている世界保健機関(WHO)の「世界保健総会」(WHA)で5月20日、パンデミック条約が採択された。2021年11月以降3年以上にわたる多国間交渉の結果、同条約が、WHO脱退を宣言した米国を除くすべての加盟国の合意によって採択されたことは、逆風下にある多国間主義の「勝利」として記録されるべきことで、総会会場は喜びに沸き返った。同条約の次の課題は、条約本文では詰められなかった「病原体へのアクセスと利益配分」(PABS)の制度の詳細について合意を形成していくことである。

国連、UNAIDSとWHOを統合する案を検討

UNAIDS設立を主導した故ジョナサン・マン博士

一方、WHOを悩ませているのは、米国の脱退による大幅な資金不足である。WHOのみならず、国連機関全体が米国の援助停止・多国間主義からの退却により、大幅な資金不足に陥り、現存する機関の維持すら困難になっている。国連はこの3月、グテーレス事務総長の下に「国連80イニシアティブ・タスクフォース」(UN80)を設置し、各機関の統合や人員削減、機関の移転について検討を開始した。国際保健政策に関する専門メディア「ヘルス・ポリシー・ウォッチ」は、UN80による検討案に関する文書を公開した。そこには、人道援助に関する各種機関の統合や、開発関連の機関のアフリカへの移転などとともに、保健・医療に関する機構改革についても、いくつかのアイデアが提示されている。一つは、UNウィメンと国連人口基金(UNFPA)の統合で、当該文書では、(この統合により)「ジェンダー平等と、生殖に関する健康と権利を前進させる力強い機関を形成する」と書かれている。これらと並列して登場したのが、国連合同エイズ計画(UNAIDS)をWHO(もしくはUNDP)と統合する案で、この文書には、UNAIDSは「深刻な財政的圧力にさらされている上、2030年に向けて『日没段階』(sunset clause)に入る」機関とされ、これをより大きな機関であるWHOか国連開発計画(UNDP)と統合すべき、と記述されている。さらに、「UNAIDSとWHOの戦略的統合は、より統合的で効果的な地球規模の保健のための機関を生み出すだろう」と書かれている。

組織再編に踏み出すUNAIDS

「UN80」で「日没段階」などと名指しされたUNAIDSは、実際に米国の資金を失って窮状にあり、5月10日、スタッフを現在の608名から280名に削減し、国事務所も現在の76から35に減らすなど大幅な組織再編計画を発表した。一方で、UNAIDSはWHOとの統合案については、現状でこれを厳しく拒絶している。実際、UNAIDSが設立された1996年当時、HIV/AIDSは、保健・医療の対象としての一疾病というのみならず、社会・経済・文化全体に大きな影響を与える巨大な健康問題となっており、保健・医療の専門機関であるWHOのみで対処できるものではなかった。そのため、人道・開発・教育・経済などに関わる国連機関が「合同」でHIV/AIDSに取り組むための司令塔として設立されたのがUNAIDSであった。ヘルス・ポリシー・ウォッチの取材に対して、UNAIDSの報道官であるシャーロット・セクター氏は「HIV/AIDSが続く限り、UNAIDSの任務は残る」と発言している。

UNAIDSは危機の再燃に立ち向かえるか

米国の資金停止は今後、HIV/AIDS対策に極めて深刻な影響をもたらしかねない。UNAIDSは、米国の「大統領エイズ救済緊急計画」(PEPFAR)で実施されてきた予防プログラムが世界中で停止していることによって、新規HIV感染が2300件増加していると推定している。また、治療や「曝露前予防内服」(PrEP)についても、これまではPEPFARが年間5億ドルを費やしてインド等からジェネリックの抗レトロウイルス薬を購入してきたが、資金停止が続けば購入数が激減し、治療薬の価格が高騰することは確実である。さらに、多くのHIV陽性者が治療を受けている途上国の多くでは、エイズ治療薬の備蓄が減少してきている。治療が断絶すれば、これまで服用してきた薬への耐性ウイルスが生じる。既存の薬が効かない耐性HIVが蔓延すれば、HIVは先進国にとっても深刻な脅威となる。

大きな課題は、UNAIDSの人員や国事務所が半減することによって、HIV/AIDSの感染動向の把握が困難になり得ることである。UNAIDSはこれまで、米国の疾病管理・予防センター(CDC)と連携して、各国で、特に感染にさらされているコミュニティにおける感染動向調査などを綿密に行ってきた。現在、トランプ政権は、CDCのHIV予防部門について、「重複がある」などとして、廃止を検討している。また、WHOも、組織再編の中でデータ部門の削減を検討しており、感染症の感染動向把握能力は現在よりも相当、低減する可能性が高い。感染動向把握能力が低くなれば、各国の現場で何が起こっているかを適時把握することが困難になり、データに基づいた戦略の形成も困難になる。UNAIDSのウィニー・ビャニマ事務局長は、それでも「決意とパートナーシップによって、2030年までに公衆衛生上の脅威としてのエイズを終息させることができる」と述べている。UNAIDSのプログラム調整理事会は2025年末にあらたなグローバル戦略を決定し、2026年に開催される「エイズに関する国連ハイレベル会合」であらたな政治宣言を採択することになっている。