ACTアクセラレーターの後継?WHOが打ち出したパンデミック対応医薬品のグローバル・プラットフォーム設立構想

パンデミック条約交渉やG20・G7との関連性はいかに

ACTアクセラレーターの教訓を踏まえて

MCMプラットフォーム設置に向けたプロセス(WHOペーパー)

パンデミック条約の策定に向けて「第4回多国間交渉主体(INB)会議」が2月27日から開始されるのを前に、2月23日と24日の二日間、南アフリカ共和国・ジョハネスバーグのサントン地区で、ある会議が開催された。「今後のパンデミックに対する衡平で持続可能な医学的手段に関するプラットフォームに関するコンセンサス形成:上級実務会議」(Building Consensus for an Equitable and Sustainable Medical Countermeasures Platform for the Next Pandemic: Senior-Level Technical Meeting)というのが、その会議の名称である。この会議は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する医薬品の開発と供給を担った国際機関等の連合体である「ACTアクセラレーター」(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)の共同議長である南アフリカ共和国とノルウェーの呼びかけで開催され、G20議長国インド、G7議長国日本、ACTアクセラレーターの評価を行ってきた「ACT-Aトラッキング・モニタリング作業部会」共同議長の米国、欧州委員会、アフリカ連合委員会とアフリカCDC、およびACTアクセラレーターの評価リファレンス・グループを構成するブラジル、カナダ、ドイツ、ナイジェリア、スウェーデンおよびACTアクセラレーターの市民社会・コミュニティ・プラットフォームの共催で開催されたものである。

参加者から分かるように、この会議は、10月以降「移行期」に入っているACTアクセラレーターの総括を踏まえて、同枠組みの後継となる、より包括的な、パンデミックに対応する医薬品等の医学的手段のプラットフォームを形成することを目的に、主要国やステークホルダー間での合意を形成することであり、出発点は「ACTアクセラレーター」にある。一方で、パンデミックに対応する医学的手段については、G7プロセスにおいて英国が打ち出した、パンデミック発生(WHOの「国際的な公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)宣言」)から100日以内に診断・治療・ワクチンを開発・実用化するという「100日ミッション」などがあるほか、インドはWHOと連携してG20の保健の主要議題の一つとして「安全で効果的、質が高く安価に入手可能な医学的手段へのアクセスと活用にフォーカスした創薬・製薬セクターの協力強化」を打ち出している

ACTアクセラレーター自体は、COVID-19という緊急事態に形成された枠組みとして一定の役割を果たしたと評価される一方、資金不足・供給不足やグローバル・サウス、市民社会の参画の弱さ、参加した諸機関・諸団体の連携の弱さなど、多くの問題も指摘されており、そのまま継承するわけにはいかない。さらには、パンデミック条約の「ゼロ・ドラフト」では、WHOの下に「予測可能な地球規模サプライチェーン・ロジスティックス・ネットワーク」の設置が謳われており、世界のほぼすべての国が参加出来る正統な枠組みという意味での「パンデミック条約」およびそれによって設置される枠組みとの重複などは避けなければならない。こうした課題などもあって、一見、急に呼びかけられた感のある、この「上級実務会議」には、一定の注目が集まることとなった。

WHOが打ち出したプラットフォーム構想とジョハネスバーグ会議の関係は?

WHOはACTアクセラレーターの移行期にあたって、これを継承する、より包括的で計画された枠組みとしての、パンデミックに対する医学的手段への衡平なアクセスのための新たなプラットフォームの青写真を2月2日に発表している。「パンデミックに対する医学的手段への衡平なアクセスのための新プラットフォームの形成:デザインと諮問プロセス」と題する文書がそれである。WHOはこの文書で、「パンデミックと主要な感染症に対する医学的手段の迅速な開発と公正なアクセスを調整するための、多様な疾病・多様なツールに対応したエンド・トゥ・エンド(開発から供給までを統括する)プラットフォーム」の形成について、WHOとして諮問プロセスを開始することを表明し、この1月から作業を開始し、9月にはプラットフォームを発足させるとのビジョンを示している。この「上級実務会議」は、このプラットフォームの形成に向けて、ACTアクセラレーターの主要なプレイヤーであった国々や関係者の基本的な合意を取り付けるためのものと考えられる。

この会議のコンセプト・ノートは、上記の目的を掲げたうえで、ACTアクセラレーターの総括の中から出てきた課題を一定包括的に掲げている。しかし、パンデミック条約の「ゼロ・ドラフト」の「衡平性」(Equity)に関する記述と異なり、知的財産権をはじめとする課題には直接触れておらず、「市場の失敗」といった間接的な表現にとどまっている。また、途上国の医療資源の脆弱性といった課題が、衡平なアクセスを確立するうえでの、より重要な課題として扱われている。そのうえで、パンデミックが到来していない「平和な時期」(peacetime)に、様々な事項を事前合意しておくことの重要性が強調されている。また、ACTアクセラレーターの総括を踏まえて、アフリカCDC等をはじめとする地域機関や様々なステークホルダーの参画の確保の重要性が強調されている。一方で、この枠組みでは、特に2021年に、インドのデルタ株の感染爆発によって、ACTアクセラレーターのワクチン供給が途絶する中で、特に中所得国におけるワクチン供給の主役となり、また、ACTアクセラレーターの枠組みの中で、CEPIのワクチン開発のパイプラインの一定割合を占めるに至った中国や、欧米以外でワクチン開発に一定成功したロシア、キューバなどは含まれていない。

市民社会が指摘:透明性の欠如とパンデミック条約のマヌーバーの危険性

WHOのリーダーシップの文脈で打ち出されたものとはいえ、この会議が急に浮上してきたことについて、市民社会や、グローバル・サウスに近い立場でこの課題に取り組んできた独立系メディアなどは、一定の警戒感を持っている。医薬品アクセスと知的財産権の課題に取り組んできた第3世界ネットワークは、WHOが打ち出す「パンデミック対応の医学的手段に関するプラットフォーム」の形成のペーパーに、今回の会議について全く記述されていないことから、このプロセスの透明性に疑問を呈している。また、加盟国全てが参加できる枠組みで「国際保健規則」(IHR)の改定パンデミック条約の策定に向けた討議を行っているさなかに、これらをバイパスする形で経済規模の大きな新興国と先進国を中心とする枠組みでACTアクセラレーターの後継となる機構が作られ、これが結果として、パンデミック条約の「衡平性」にかかる議論をマヌーバーしてしまうのではないかと警戒する。また、この会議に参加する市民社会の一部からは、「このプロセスがパンデミック条約交渉をバイパスする機能を持ってはならない。新たなプラットフォームができるとしても、それはパンデミック条約の枠組みの中にしっかりと位置付けられなければならない」という意見が表明されている。