米国トランプ次期政権の開発援助・国際保健政策の方向性

「プロジェクト2025」が示す方向性と非主流派政策を掲げるケネディ次期保健福祉長官

懸念渦巻くトランプ政権の援助・保健政策

トランプ政権が進む道を占う「プロジェクト2025」

11月5日の米国大統領選挙で、共和党の候補ドナルド・トランプ元大統領が当選した。トランプ元大統領は、「アメリカを再び偉大に」(Make America Great Again: MAGA)のスローガンのもと、米国の支配層の中で、伝統的に共和党を支持していた部分のみならず、労働者階級や有色人種にも支持を広げ、米国の産業構造の変化の中で打ち捨てられてきた伝統的な製造業に従事する白人労働者層や、民主党の先進的なジェンダー政策等に反発する保守的な価値観を持つ様々な男性層等を大きく取り込んで当選した。また、民主党から分岐して独立候補として出馬していた、反ワクチンなど非伝統的な公衆衛生政策を掲げる環境派の弁護士ロバート・ケネディ・ジュニア氏を自陣営に取り込んだ。

これらの経緯もあり、また、以前からあった極右極端主義勢力との通底関係などもある中で、トランプ次期政権は、共和党が以前から有していた、多国間主義への懐疑や単独行動主義的な傾向、およびジェンダー平等や気候変動対策等への不信と懐疑といった傾向をを極端に強めている。これは国際保健の文脈においても通底しており、トランプ次期政権は現在、少なくとも体面上は、米国の巨大な創薬系製薬企業の利益を擁護してきた伝統的な共和党の政策から大きく逸脱した政策路線を標榜している。こうしたことから、トランプ政権が開発援助や国際協力、グローバルヘルス政策において、どの様な人事を行い、1月20日の政権発足後、どの様な政策をとるのか、多くの人々が注目している。

「プロジェクト2025」が示す方向性:旧来の共和党の政策をより徹底

第2期トランプ政権の政策の青写真は様々な部門でいまだ明確に示されていないが、米国の保守派シンクタンクである「ヘリテージ財団」がリードして策定された「プロジェクト2025」は、第2期トランプ政権の綱領的な位置づけを持つ文書と目されており、これを見ると、トランプ政権がとりうる方向性の一端を把握することができる。

「プロジェクト2025」の国際協力の部分は「国際開発のための機構」(Agency for International Development)と題され、第1期トランプ政権下で米国国際開発庁(USAID)の最高執行責任者(COO)を務めたマックス・プリモラック氏(Max Primorac)が執筆している。内容的には、旧来の歴代共和党政権が打ち出してきた一連の政策体系をまとめ、より極端化したもので、「第2時トランプ政権」としての新奇な要素が書き込まれているわけではない。

プリモラック氏は、国際開発に当たる機関のミッションとして、以下の点を挙げる。

  • 米国の国家安全保障上の利益とつながり、米国の輸出品の市場を広げ、イノベーションを促進し、米国のビジネスに貢献する領域を構築し、米国の利益に反することの少ない安定し強靭かつ民主的な社会づくりを促進する。
  • 「家族・生命・宗教的自由」を尊重する。

そのうえで、バイデン政権下の米国国際開発庁(USAID)が官僚的な仕組みを発達させ、より多くの資金を無駄に活用して、自己保存的で政治化された国連機関や国際NGO、および利益志向型の契約事業者に膨大な資金を投入してきたと非難し、トランプ政権の目的は、これらの方向を反転させることであると主張する。そのうえで、具体的な「鍵となる事項」として、おおよそ、以下のような事項を挙げる。

◎中国による国際開発上の挑戦に対抗する:中国が米国の利益に対抗して開発援助における戦線を拡大していると指摘し、様々な領域において、中国に対抗する形で援助戦略を形成・実施する。

◎気候変動:バイデン政権下での気候変動に関する援助を、「極端で過激な気候政策」と非難し、気候変動対策が食料安全保障を危機に追い込んだと非難し、パリ協定にかかる部門などを閉鎖し、そこに投入していた資金を引き上げる。

◎多様性・公平性・包摂性(DE&I):バイデン政権下での多様性・公平性・包摂性への取り組みは極端に政治的であったとし、これらから撤退する。

◎ジェンダー平等:バイデン政権下でのセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR)やジェンダー平等の取り組みを否定し、「家族」の重要性を強調し、「ジェンダー平等・女性のエンパワーメント」といった枠組みやそれに関わるプログラムを廃止し、「女性・子ども・家族」を軸に再構成する。この領域で活動する大手NGOへの資金も止める。

◎国際的な宗教の自由:米国の国際協力の中心に「国際的な宗教の自由」を掲げ、宗教系組織を米国国際開発庁(USAID)の資金拠出の主要な受取先として位置づける。

◎調達の整備と連携先のローカライゼーション:国連機関や国際NGO、および営利ベースの契約事業者を資金投入先から外し、宗教系組織を含む現地組織を主要な資金受取先として位置づける。

これらの政策は基本、(1)中国と対抗し、米国の国際的利益を貫徹する、(2)米国の経済的利益に資する国際秩序を形成する、(3)気候変動対策への資金投入をやめ、伝統的なエネルギー政策に回帰する、(4)ジェンダー平等や多様性・公正性・包摂性等を促進する政策から離脱し、いわゆる「家族の価値」に回帰し、「女性・子ども・家族」への投資を重点化する、(5)国連機関や国際NGO、営利コントラクターへの資金を引き揚げ、宗教系団体を軸に各地に資金拠出を行う、といった形に整理できる。これらはいずれも、必ずしも新しいものというわけではなく、これまでの共和党の政策をより徹底させたものということができる。

ロバート・ケネディ・ジュニア次期保健福祉長官は非主流派政策を遂行するか?

一方、トランプ次期政権はロバート・ケネディ・ジュニア氏を保健福祉長官に指名した。同氏はもともと民主党に所属していたが、感染症対策においては反ワクチン陰謀論・謀略論に与する異端的な立場をとってきた。また、ワクチン以外についても、特に感染症対策に関しては、非正統的な陰謀論・謀略論を支持する立場にある。一方で、ケネディ氏は、化学物質による汚染に反対してきた。ただし、その主張の中には、化学物質汚染と子どもの性別違和などを根拠なく結びつけるといった、性的マイノリティに対する差別を助長するような主張も含まれている。また、ケネディ氏は、肥満や非感染性疾患をもたらしてきた巨大フード産業への規制強化を主張しており、また、オピオイド鎮静剤問題をはじめ、米国に巨大な健康被害をしばしばもたらした、製薬企業と行政・規制当局の癒着、いわゆる「リボルビング・ドア」(産業界と規制当局の人事のもたれあい)にも反対する立場をとってきた。これらはいずれも、旧来の共和党の主張とはかなり異なるものである。ケネディ氏の保健福祉長官への任命は、産業界から市民社会まで、多くの懸念と警戒心を呼んでいる。ケネディ氏は保健福祉長官として、自らの主張をどのように行政政策に反映するのか、また、上記の「プロジェクト2025」などトランプ政権の綱領的立場と自らの立場をどの様に調整するのかについては、必ずしも具体的な内容を示していない。

実際のところ、米国がこれまでのグローバルな創薬系製薬企業や産業界への極端な優遇政策を捨てれば、これらの企業は米国以外の先進国や、能力の高い新興国等に移転していくことも考えられる。そうなれば、この領域における米国の圧倒的な優位性は相当後退するものと考えられる。トランプ政権が掲げている政策はいずれも、少なくとも文面だけをみれば、米国の力をそぎ、その優位性を喪失させる内容を含んでおり、欧米から新興国へのリバランスという、現在の長期的な地政学的転換の方向性を著しく加速化させる可能性もある。トランプ政権が、現在掲げている政策を名目上展開しつつ、妥協して事実上、伝統的な共和党の政策に回帰するのか、それとも、掲げている立場を妥協せず遂行するのか、注目されるところである。