トランプ政権の援助停止が桎梏に:危機克服には増資の成功が不可欠
秋の増資会議は南ア・英国がホスト

グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)は3年ごとに、途上国のエイズ・結核・マラリアおよび保健システム強化に拠出する費用を確保する「増資」を行なっており、2025年は第8次の増資の年に当たる。2月18-19日、増資のための準備会議が南アフリカ共和国のジョハネスバーグで対面およびオンラインで開催されたが、この二日目の19日、同基金は、増資の目標金額、その根拠およびその金額で実施する目標等を示した「投資計画」(Investment Case 日本語要約版はこちら)を発表した。また、会議初日には、各国の拠出額を総括する、増資プロセスの締めくくりの会議となる「増資会合」(誓約会合 pledging conferenceともいう)について、南アフリカ共和国と英国が共催することが発表された。
グローバルファンドは、「投資計画」発表前の1月22日、スイスのダボスで開催された恒例の「世界経済フォーラム」(ダボス会議)で、民間企業や民間財団、資産家等に向け、今回の増資期間において合計20億ドルを目標に、投資機会を提供することを発表した。これまで民間企業や民間財団など、民間のパートナーはグローバルファンドに合計52億ドルの拠出を行い、これらは触媒的資金として、対策全体を大きく拡大する効果を上げている。
増資の成否は「三大感染症の終息」実現に向けた正念場
「投資計画」で示された必要金額は、2022年の第7次増資と同様の180億ドルであった。第8次増資で集まった資金は2027-29年の「第8次グラント・サイクル」で実施される事業に使われることになる。同基金は、目標金額である180億ドルが集まった場合、その資金によって、合計2300万人の命を救い、また、4億件の新規感染を回避することによって、2029年までに、三大感染症による死亡率を2023年比で64%、罹患率を54%低下させるとしている。これにより、「2030年までに(地球規模の主要な国際保健上の脅威としての)三大感染症を終わらせる」という「持続可能な開発目標」(SDGs)の目標(ターゲット3.3)に向けた「地球規模計画」(グローバル・プラン)が示す罹患率の目標には及ばないものの、かなりの程度、目標に近づくことができるようになる。同基金は「投資計画」において、「三大感染症の終息」という目標の実現は可能であり、今回の増資の成否がその「正念場」になる、と述べている。実際、今回の増資資金が活用される「第8次グラント・サイクル」は、2030年以前の最後のグラント・サイクルであり、ここで終息に向けて具体的な道筋をつけるためには、今回の増資を成功させることが絶対に必要となる。
米トランプ政権の援助停止が桎梏に
今回の増資に影を落としているのが、米国のトランプ新政権による援助停止である。トランプ政権は米国国際開発庁(USAID)を解体し、さらに各援助案件の「再評価」において8割以上の案件を廃止(terminate)した。その全貌はいまだに明らかになっていないが、大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)や大統領マラリアイニシアティブ(PMI)の案件の多くが廃止になったものと考えられる。米国の保健政策シンクタンク「カイザー家族財団」の調査によると、米国はHIV・結核・マラリア対策の国際資金の63%、24%、28%を拠出してきた。これらの相当部分が廃止または停止となっている。グローバルファンドの「投資計画」では、「三大感染症の終息」に向けて2027-29年に必要な資金総額は1406億ドル、このうち各国の拠出が697億ドル、グローバルファンドが180億ドル、他の国際資金が236億ドル、不足額が294億ドルと算出されているが、これは、トランプ政権の援助停止決定の前に、米国が上記「国際資金」の相当額を出すという前提で算出されたものである。米国がこれを出さないとすれば、上記の国際資金236億ドルの大部分は、「不足額」の方に移ってしまうことになる。
一方、米国はグローバルファンドの前回(第7次)増資(2022年)において必要金額の3分の1である60億ドルの拠出を誓約したが、2023-24年の拠出額は合計18億ドル強にとどまっており、米国は本来、残りの41億ドル強を2025年中に支払う必要がある。
米国の援助停止の巨大なインパクト
米国に加え、英国もODAを国民総所得(GNI)の0.5%から0.3%に削減することを表明したほか、フランス、ドイツなど欧州の主要ドナーも、安全保障上の観点からODAを減額し、防衛費に転用するといった方向性を打ち出している。こうした傾向は国際保健への援助に大きな負のインパクトを与えることになりかねない。国連合同エイズ計画(UNAIDS)は、米国の援助が止まり続ければ、2029年までに、これまでの予測に加えて630万人がAIDS関連死をむかえるほか、同様に追加的に、340万人がエイズ孤児となり、成人870万人、子ども35万人がHIVに新規感染する、と予測する。
また、英米に拠点を置く非営利の開発シンクタンクである「グローバル開発センター」(CGD: Center for Global Development)は、米国の保健援助への依存度が高く、米国の援助停止が継続した場合に、その穴を埋めることが極めて困難と考えられる低所得国・中所得国26か国をリストアップしている。多くはアフリカ諸国であるが、トップはアフガニスタンであり、それ以外に中南米からハイチ、アジア・中東からイエメン、シリア、ラオスが入っている。これらの国々の中には、ウガンダのように、141万人以上のHIV陽性者が米国の資金でエイズ治療薬にアクセスしていたような国も存在する。また、米国は当該国の政府を媒介せず、自国のNGOやコンサルタントに資金を拠出して各国での展開を行う事例が多く、この場合、各国政府や他のドナーが代替手段を講じることが非常に難しい。
グローバルファンドの増資成功は不可欠
こうした状況に鑑みると、現在の状況は、2030年に達成すべき目標を実現するための正念場、というのみならず、これまで実現してきた成果自体が危機にさらされているということができる。対応に失敗すれば、多くの人々が命を失い、感染症を克服するためにこれまでに築き上げてきた調達・流通システムが崩壊し、既存の医薬品に耐性をもつ病原体が大量に生じ、世界全体が三大感染症の再流行によって中長期的に大きなダメージを負う、ということも生じかねない。グローバルファンドは、世界の保健への資金拠出において、米国のニ国間援助に次ぐ第2位の規模を誇っている。感染症対策の後退に歯止めをかけ、悲劇的な結果を防ぐためには、まずはとにかく、グローバルファンドの増資を成功させることが不可欠である。さらに、増資の成功に加え、特に脆弱な状況におかれる国々や、各国の中で脆弱な人口層の優先度を上げること、また、各ドナーと各国政府、市民社会などステークホルダーの連携・協力を強化していくことが極めて重要である。