「国連80」が示した国連合同エイズ計画(UNAIDS)2026年末廃止方針、波紋を広げる

UNAIDSなしで21世紀最大のエイズ危機を乗り切れるか?

理由なく示されたUNAIDS廃止方針

UNAIDSのロゴ

米国トランプ政権の対外援助停止や先進各国の援助削減の影響は、設立80年を迎えた国連の運営にも大きなダメージを与え、国連は3月に「国連80イニシアティブ」(UN80 Initiative)を設置し、大規模な組織の縮小・再編の計画を進めつつある。9月18日、同イニシアティブは国連事務総長に対して、「パラダイムをシフトする:提供のための団結」(Shifting Paradigms: United to Deliver)という表題で、国連の各種プログラムの統合と構造改革のための45ページに渡る提案書を提出した。この提案書の20ページに、国連の各種プログラムの合併・統合などについて、「第1フェーズ」の提案がなされているが、その中に、国連開発計画(UNDP)と国連プロジェクト・サービス機関(UNOPS)の統合、国連人口基金(UNFPA)とUNウィメンの統合等と共に、国連合同エイズ計画(UNAIDS)の2026年末までの廃止(sunset)という方針が明記された。説明文は2文、27語と極端に短く、「(UNAIDSの廃止は)2027年において、能力と知見を国連の開発システムの適切な機関に主流化することを伴うものである」とするだけで、「廃止」の積極的な理由は記述されていない。

UNAIDSが30年の歴史で果たしてきた役割

1996年に設置されたUNAIDSは、当時までにHIV/AIDSがもたらした巨大かつ複合的な脅威に対して、保健のみならず、様々な分野からの対策を統合的にできるように、各種の国連機関が合同したプログラム(joint program)として設立された。2001年の「国連エイズ特別総会」は、一つの疾病に対して国連が総会を開催した初めての例となった。その後、途上国での治療アクセスを妨げていた知的財産権の問題を2001年の世界貿易機関(WTO)ドーハ特別宣言などでなんとかクリアし、2006年の国連HIV/AIDSハイレベル会合では、世界全体でのHIV治療への普遍的アクセスを目標に掲げることに成功。国連HIV/AIDSハイレベル会合は5年に一回開かれ、そこで採択される「政治宣言」はその後の世界のHIV対策の方向性を示すものとなった。HIV/AIDSにおいて、定期的な国連ハイレベル会合の開催が成功したことがモデルとなって、その後、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC)や結核、非感染性疾患、パンデミック予防・備え・対応(PPPR)などの課題でも定期的に「ハイレベル会合」が開催されるようになった。2015年の「持続可能な開発目標」(SDGs)においては、「(地球規模の主要な公衆衛生上の課題としての)HIV/AIDSの終息」が目標3の「ターゲット3.3」に設定されるに至った。また、2014年の「90-90-90目標」(HIV陽性者の9割が自らの感染を知り、その9割が治療につながり、その9割でHIVが検出限界値以下に抑制される)の設定を始め、節目節目において、HIV克服のための世界的な対策の方向性を示し、また、各国でにおけるHIVのサーベイランスや、動向に基づく対策の立案、各国政府へのアドボカシー等を行い、さらに、HIV感染に関して特に脆弱性を有する「対策の鍵となる人口集団」(キー・ポピュレーション Key Populations)におけるHIV対策や人権の確立、各国での政策への導入、法的・制度的な人権侵害の撤廃などに役割を果たしてきたのもUNAIDSであった。

UNAIDSが自ら示した縮小方針

UNAIDSの財政は米国に大きく依存してきた。2024年、米国はUNAIDSに、財政の49%に当たる1.11億ドルを提供、そのうち8割は米国国際開発庁(USAID)が拠出した。米国の援助停止は、UNAIDSに大きな打撃を与え、結果として、6月に開催されたUNAIDSのプログラム調整理事会(PCB)では、UNAIDSの段階的縮小プランが決定された。その概要は以下の通りである。

まず、第1フェーズとして、以下のことを行う。

・事務局職員を55%削減する(661人⇒294人)
・国事務所を85から55に減らし、そのうち40か国で規模も縮小
・プログラムの運営をナイロビ、ジョハネスバーグおよびバンコクに移し、ジュネーブの本部は8割縮小する

次に、第2フェーズとして、2027年の6月に開催するプログラム調整理事会において、HIVの状況が2030年の「終息」に向けて改善されているという前提のもとで、2030年に現行の形態でのUNAIDSを閉鎖することを前提に、さらなる組織の統合・縮小を行う。

一方、2021年の国連HIV/AIDSハイレベル会合の「政治宣言」では、5年後の2026年に国連HIV/AIDSハイレベル会合を開催することとなっていた。UNAIDSはこのプロセスをリードし、これまでに「世界エイズ戦略2026-31」を策定して、2026年のハイレベル会合の政治宣言に反映するためのプロセスを進めてきた。UNAIDSとしては、業務縮小の方針を自らの手で定めつつ、エイズの終息に向けた新たな戦略の策定に励んでいたところで、「国連80」が確たる理由も示さずにUNAIDSの2026年末の閉鎖を事務総長に提案したのは看過しがたいところであろう。

市民社会・コミュニティによる反発

HIVに取り組んできた市民社会や脆弱性を持つコミュニティは、「国連80」のUNAIDS閉鎖方針に対して、抗議や再興を求める声明や書簡を発表している。UNAIDSのプログラム調整理事会に議席を占めるNGOやコミュニティの代表団は、声明で次の様に述べる。「UNAIDSを残すことは、単に機関を守るということではない。HIV対策が危機に直面しているときに、大胆なリーダーシップと強力な調整を確実にやり遂げるということだ」。また、アジア太平洋地域のキー・ポピュレーションのコミュニティの連合体である「セブン・アライアンス」も次の様に述べている。「(UNAIDSの早期閉鎖は)誤った時期に行う誤った選択だ。HIV対策は、主要な資金がカットされ、新規感染およびエイズによる死亡のリスクが拡大し、現状で未だに多くの人々を治療・予防へのアクセスがない状態にあるという状況の中で、危機に瀕している。UNAIDSの閉鎖は、2030年までにエイズを終わらせるという2030年目標を裏切る者であり、持続可能な開発目標(SDGs)の進捗を疎外することにもつながる」。

セブン・アライアンスが指摘するように、エイズ対策は最大の危機を迎えている。対策資金の極端な削減により、HIV感染とエイズ死亡は今後、急速に跳ね上がる危険性がある。また、治療アクセスの断絶により、いま、世界で使われているHIV治療薬への耐性ウイルスが発生・蔓延する可能性がある。その一方で、UNAIDS、WHOと米国疾病対策・予防センター(CDC)の連携が途絶したことによりサーベイランス能力は低下し、また、米国の国立衛生研究所(NIH)の研究・開発能力も低下しているため、新薬の開発スピードも遅滞する可能性がある。こうした時に、すでに縮小と効率性の拡大の方針を打ち出しているUNAIDSについて、理由を示さずに閉鎖方針を打ち出すのであれば、国連はHIVの脅威を軽視していると考えられても仕方のないところであろう。