イタリアとブラジル、G7・G20それぞれの保健政策を打ち出す

パンデミック予防・備え・対応(PPPR)や国際保健アーキテクチャーで共通の方向性を打ち出せるか

G7とG20の関係の変化

イタリアG7サミットのロゴ。

2000年以降、G7サミットは、各時点における国際保健の政策トレンドの整理と形成、また、主要政策とそれ以外の取捨選択といったところにおいて、良くも悪くも、役割を発揮してきた。一方、2008年のリーマンショックに始まる世界金融危機を乗り切るために首脳会議に格上げされたG20は、危機が収斂した10年代後半以降、開発や国際保健にも一定の役割を果たすようになり、2019年の大阪G20サミットにおいて保健大臣と財務大臣の合同会議の枠が定式化されて以降は、特に保健財政の観点において大きな役割を果たすようになった。

特に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック以降は、2022年の「パンデミック基金」の設立や、2023年のパンデミック時に必要な巨額支出(サージ・ファイナンス)を担保する制度の検討など、グローバルなルール形成は、主としてG20を舞台に行われ、G7はG20に向けた先進国グループの、いわば「政策ブートキャンプ」といった印象が強くなっている。その理由としては、もちろん、巨大な経済規模と技術力を持つ中国やインド、また、地域大国としてのインドネシアやサウジアラビア、ブラジル、南ア等の政治的・経済的規定力が以前に比して相当大きくなってきたことが挙げられる。しかし、それに加えて、通常、G20が9-11月に開催されるのに対して、G7は5-7月に開催されるため、どうしても「前座」としての位置づけになりがちであること、もともと財務大臣・中央銀行総裁会議として始まったG20の財務トラックは独自のまとまりと位置づけがあり、何をなすにも重要な「資金」の問題について、G20が優先される傾向にあることも要因と言えるだろう。

2024年のG7サミット(首脳会合)はイタリア南東部のプーリア州にあるボルゴ・イグナシアBorgo Egnaziaで6月13-15日に開催される。一方、保健大臣会合は首脳会合より後の10月9-11日にマルケ州のアンコーナにて開催されることになっている。一方、ブラジルのG20サミット(首脳会合)は、11月18-19日にリオ・デ=ジャネイロで開催、保健大臣会合はその数週間前の10月31日に同じくリオで開催、保健大臣・財務大臣会合も同様に10月31日にリオで開催されることとなっている。

グローバル・サウス主導が明確なブラジルG20の議題設定

ブラジルG20のロゴマーク。

ブラジルのG20の保健のアジェンダは、かなりの程度明らかになっている。ブラジルは2023年にボルソナーロ極右政権からルーラ左派政権に代わり、グローバルサウスの連帯に基盤を置く伝統的な外交政策に転換した。ブラジルがG20に提案する基本政策も、この転換を色濃く反映したものとなっている。「公正な世界と持続可能な惑星の構築」(Building a Just World and a Sustainable Planet)をスローガンに、「社会的包摂と不平等・飢餓・貧困との闘い」「社会・経済・環境の観点からのエネルギー転換と持続可能な開発」「現行の地政学を反映した世界のガバナンス機構の改革」の3つが討議の柱となっており、ブラジルはG20を踏まえて「飢餓・貧困と闘う世界同盟」(Global Alliance against Hunger and Poverty)を設立する方向性を打ち出している。保健政策については、

  1. 地域での医薬品やワクチンの製造と戦略的な保健医療製品の供給を中心とするパンデミック予防・備えと対応
  2. テレヘルス(オンライン診療)の拡大をはじめとするデジタル・ヘルスと国家レベルの保健システムでのデータ分析
  3. 保健イノベーションへのアクセスの平等
  4. 気候変動の保健へのインパクトに対応するための技術に関する途上国のアクセスの促進を軸とした気候変動と保健

という形で、グローバルサウスの技術移転・技術共有を軸としたアジェンダが打ち出されている。また、保健大臣・財務大臣合同会合を導く財務・保健合同タスクフォースの主要議題は明らかにはなっていないが、ブラジル財務省や中央銀行は、特にG20の財務トラックにおいて、公正な国際課税に向けた新しいアプローチにより、国家間の不平等の問題に取り組みたいとの意向を示しているという。

2023年のインドG20は失速:ブラジルは成果を出せるか?

2023年のインドG20も、保健については野心的な議題を掲げていた。保健大臣会合のトラックでは、COVID-19の際に設置されたACTアクセラレーター(COVID-19関連製品アクセス促進枠組み)の後継機関としての「世界パンデミック関連製品プラットフォーム」(Global MCM Platform)の設置や、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成のためのデジタル・ヘルス」などが掲げられ、財務トラックでも、パンデミック時の巨額支出(サージファイナンス)を担保する制度が検討された。しかし、同時並行で進められていたパンデミック条約策定や国際保健規則改定の多国間交渉への影響への懸念から、これらは必ずしも成果に結びつくことなく、ブラジルに先送りされた。ブラジルG20は、国際保健規則・パンデミック条約交渉が一応の決着をみる2024年5月以降に開催されることもあり、これらの成否を踏まえて、G20が具体的に意義のある成果を打ち出せるかどうかが問われることになる。

独自のアフリカ政策に引きずられるイタリアG7

一方、イタリアG7サミットについても、主要な保健アジェンダがセットされている。イタリア政府はサミットでアフリカの課題への取り組みに意欲を示し、「マッテイ・プラン」(Mattei Plan)を掲げて1月28-29日に「イタリア・アフリカ・サミット」を開催した。この「マッテイ・プラン」は、1950年代にイタリア石油公社を率いて北アフリカとの関係強化を主張した実業家・政治家のエンリコ・マッテイ(Enrico Mattei)を記念して命名されたもので、教育と職業訓練、農業、保健、水、エネルギーの5つの柱を軸としているが、その軸はイタリアをアフリカからのエネルギー供給の玄関として位置づけるエネルギー政策に置かれている。アフリカ連合委員会のファキ委員長は、このサミットで示された政策がイタリア主導で作られ、アフリカ側からの十分な参画がなかったことに不満を示している。イタリアG7の保健政策は、この「マッテイ・プラン」との関係で、アフリカが主要なテーマとなっている。その主要テーマは以下の通りである。

  1. 国際保健アーキテクチャーとパンデミック予防・備え・対応:このテーマについては、パンデミック基金のインパクトの最大化や、アフリカ諸国におけるワクチンや医薬品の製造能力や配分の拡大が主要なテーマとなる。
  2. 健康的で行動的な高齢化対策:予防を持続可能な保健の中心軸として位置づけつつ、保健財政や、AI等を中心とする革新的技術の活用なども課題とする。
  3. ワン・ヘルス:特に2024年9月に国連で行われる「抗生物質耐性(AMR)に関するハイレベル会合」をにらみ、AMRを中心に討議する。

今回メローニ政権が打ち出したアフリカ政策は、50年代に北アフリカとの関係強化をイタリアのエネルギー政策の軸に据えようとしたエンリコ・マッテイの名が冠せられているように、自国中心主義・先進国主導から脱却できない右派政権の限界を如実に示している。イタリアG7は、こうした政策に引きずられる以上、中途半端なものにならざるを得ないように思われる。イタリアがG7で打ち出す方向性が、グローバル・サウス主導を強く打ち出すブラジルG20とどのように響きあうのか、興味深いところである。