研究開発とサーベイランスの協力を軸に「パンデミックへの備えのためのG7協定」策定を目指すドイツ

2023年のサミット議長国・日本は「研究開発」偏重への軌道修正を図れるのか

研究開発で主導権確保を狙うG7「100日計画」

パンデミック対策・対応(PPR)のためのグローバルなシステムの形成について、世界保健機関(WHO)の枠組みではパンデミック条約交渉が進められており、G20財務トラックは早々と世銀によるパンデミック対策・対応のための金融仲介基金の設立という「成果」を生んだ。一方、G7が進めている取り組みは目立たず、必ずしも光が当たっているとは言い難い。実際、コロナ関連製品の知的財産権の一部・一時免除に強硬に反対し、グローバルな医薬品の公正なアクセスに背を向けた英国とドイツが、この2年間のG7の議長国であり、G7が世界のパンデミック対策・対応のシステム作りに主導権をとっているとは言い難い状況にある。

では、G7は何をしているのか。今年のドイツG7サミットでドイツが打ち出したのは、グローバルなネットワークに基づく協力的な感染症サーベイランス体制の確立と、研究開発(R&D)を含む、パンデミック等保健への脅威に対する予測可能で迅速な対応メカニズムの確立を軸とする「パンデミックへの備えのためのG7協定」(G7 Pact for Pandemic Readiness)の形成である。この協定については、5月20日にコンセプト・ノートが発表され、5月22日の保健大臣会合の宣言と、それに引き続く6月27-28日のG7首脳コミュニケで、この協定の策定が合意されるに至った。

この「G7協定」は、2021年のG7サミットで英国が打ち出した「100日ミッション」(a 100 Days Mission)の延長上にある。「もし、世界がパンデミックに対して準備ができていたら」というシナリオを想定すると、中国・武漢で保健緊急事態が始まってから20日以内に病原体が特定され、これをもとに診断・治療・ワクチンが100日以内に迅速に開発され、それが世界的に大量に製造・使用されることで、パンデミックの被害を最小限に押さえることができる、という結論に達する。この想定を現実にする、というのが、この「100日ミッション」である。英国は2021年6月11-13日に開催したG7コーンウォール・サミットの中日、12日にこの「100日ミッション」の詳細なペーパーを発表し、その後もこのイニシアティブをフォローアップして、2022年3月には、R&Dや医薬品の製造に関わるCEPI(感染症対策イノベーション連合:ワクチンの開発に資金を投資する国際機関)などの国際機関や国際誓約団体連合会(IFPMA)など業界団体6団体とともに「100日計画を実施するための共同声明」を発表し、それぞれの機関が何をすべきかを取りまとめている。

ドイツが今回打ち出した「G7協定」は、特に世界的なサーベイランス体制の構築と、迅速な対応メカニズムを焦点とするものである。実際、G7諸国は100日計画をベースにパンデミック関係のR&Dのための資金拠出の仕組みを整えつつある。米国はもとから「生物医学先進研究開発局」(BARDA)からの巨額の公的資金の拠出でCOVID-19へのメッセンジャーRNAワクチンを開発した。日本は「ワクチン敗戦」を総括して「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を策定し、「先進的研究開発戦略センター」(SCARDA)をこの3月に発足させた。G7ではないが、韓国は、より世界戦略としての色が強い「Kグローバルワクチンハブ構想」を策定し、世界的なワクチン開発・製造・供給大国を目指すと宣言している。ドイツが打ち出した「G7協定」は、この「100日計画」をベースにしているだけあり、いち早く病原体を発見し、ワクチンや医薬品を作るためのG7諸国間の協力体制の構築を目指している。ドイツはG7保健トラックにおいて、まず「協力的サーベイランス」と「予測可能な対応」について討議する会合を持ち、そのうえで、3回目の会合の成果物として「実践的協力のための一般的ロードマップ」を策定することを予定している。

公正なアクセスと社会的なアプローチは置き去りに:23年の議長国・日本は軌道修正を図れるか

「100日計画」と「G7協定」は、製品開発については野心的だが、その後のグローバルな公正なアクセスの実現などについては、充分な考察がなされておらず、極めて不完全なものとなっている。実際、英国政府の「100日計画」ペーパーは全体84ページのうち、「大規模で公正なアクセス」(Scale and Equitable Access)については4ページの記述しかなく、内容的にも「(新薬開発に向けて)効果が不明な投資をするという財政的リスクを負わされる高所得国は、そのリスクを負わない中所得国・低所得国に対して、開発された製品を早く獲得する」といった、一方的で倫理的水準の低い記述が並んでおり、そこで提案されているのは、中所得国にもリスクをとらせて「より早く列に並ぶことができるようにする」といった思い付きに過ぎない。アクセスへの資金についても、世銀や国際金融機関などの資金に依存した、極めて不十分な記述しかされていない。

もう一つの課題は、「パンデミックへの備え」がほぼ新製品の開発と供給に一本化されており、例えばCOVID-19のインパクトが極大化したことの社会的な側面への対応の必要性が無視されていることである。COVID-19の教訓は、高い研究開発能力をもち、また、有効な保健システムを備えているはずの先進国においても巨大な被害が生じたことである。COVID-19に対して複数のメッセンジャーRNAワクチンや抗ウイルス薬を生み出すことに成功した米国は、これを国内の貧困層に展開することに失敗し、現在までに100万人以上の死者を出している。その背景には、公的医療システムの不備、医療費の高負担、人口の70%に至る過体重率と非感染性疾患の蔓延、その背景にある貧困層の食の選択肢の少なさなど、いわゆる「肥満と非感染性疾患のシンデミック」の問題がある。こうした課題に効果的にアプローチすることなしに、製品の開発だけでパンデミック対策が成功することはあり得ない。

英国の「100日計画」とドイツの「G7協定」を引き継いで2023年にG7議長国となるのは日本である。「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」を推進してきた日本が問われているのは、サーベイランスやR&Dを偏重し、先進国による技術独占の維持を狙う、G7のこれまでのイニシアティブに対して、地球規模の公正なアクセスの実現に向けた軌道修正を図っていくことができるのかどうかということである。