HIV治療・予防の「ゲームチェンジャー」となりうる「長期効果型技術」は途上国に導入されるか?

製薬企業に医薬品特許プール(MPP)へのライセンシングを求める市民社会

日進月歩のHIV治療・予防薬開発:根治療法の開発は進まず

長期効果型技術をテーマとしたAFROCABのワークショップ(2023年)

HIV/AIDSの根治療法の開発の進捗は遅いが、継続して服用し続けるための、効果が高く副作用の少ない抗レトロウイルス薬(ARV)の開発は迅速に進んでいる。旧来の核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)、非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)、プロテアーゼ阻害剤に加え、新たなタイプのNRTIであるテノホビル(現在、TDF, TAFの二種類)やインテグラーゼ阻害剤の開発は、HIV治療の効果を高め、副作用を軽減し、同時に進んだ混合薬の開発はARVの服用の困難を軽減し、HIV陽性者の生活の質を大きく改善した。

一方、途上国での新たなARVのアクセスについては、途上国での治療アクセスの費用を直接ねん出するグローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)や米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)に加え、国際航空券税を活用して医薬品を途上国に安価に供給する多国間メカニズムであるUNITAIDが大きな役割を果たしている。UNITAIDが2010年に設置した「医薬品特許プール」(MPP)は、新薬の特許を持つ製薬企業が透明性のある形で自発的ライセンシングを行い、これをジェネリック薬企業にサブライセンシング契約することによって、途上国向けに新薬のジェネリック版を安価に製造できるようにする機関である。グローバルファンド、MPP、PEPFARなど複数の国際機関・二国間援助機関および民間財団の働きによって、ドルテグラビル(塩野義製薬が開発し、ヴィーヴ・ヘルスケア社が販売しているインテグラーゼ阻害剤)が途上国に供給されるようになり、途上国でも一定水準の高いARVへのアクセスが可能となっている。

進展する長期効果型技術:治療・予防のゲームチェンジャーとなる可能性

ARVの開発は近年、新たな方向で、さらなる進展を遂げつつある。それは、長期効果型技術(Long Acting Technology)の開発と、これまでの抗レトロウイルス薬と異なった機序を持つ「モノクローナル抗体」によるHIV治療の可能性の追求である。モノクローナル抗体の方は、臨床試験中であり、先行きに希望のある結果が見えつつあるところである。より進んでいるのが長期効果型技術である。ヴィーヴ・ヘルスケア社が開発した新たなタイプのインテグラーゼ阻害剤である「カボテグラビル」とティボテック社(Tibotec:現在ヤンセンファーマの一部門)が開発したNNRTI「リルピビリン」が道を開いた。これらは半減期が長く、2カ月に一回の注射により、HIVの増殖を効果的に抑制することができる。これに続いて開発されたのがギリアド・サイエンシズ社の「レナカパビル」である。これは「カプチド阻害剤」という新たなタイプのARV薬で、他のタイプのARVと組み合わせることによって、半年に一回の注射でウイルス抑制効果を発揮する。これら長期効果型のARVは、曝露前予防内服(PrEP)においても効果を発揮することが明らかになっている。長期効果型で、予防内服においても毎日服用する必要がないため、特にHIV感染の可能性の高いコミュニティにおいて、HIV感染予防に高い効果を発揮することが期待されている。

低所得国・中所得国でのアクセスは?医薬品特許プール(MPP)を通じた自発的ライセンシングを求める市民社会

これら長期効果型のARVは既に、米国や西欧、日本などの先進国では承認され、治療やPrEPによる予防に活用されている。一方、多くのHIV陽性者を抱え、効果のある治療や予防を必要としている低所得国・中所得国におけるこれらの新薬のアクセスについては、現状で制度的・技術的な壁が立ちはだかっている。

ヴィーヴ・ヘルスケア社は当初、PrEPに使用するカボテグラビルのMPPを通じたライセンシングについて必ずしも積極的でなかったが、交渉の末、2022年、同社は90か国を対象としたPrEP用の長期効果型カボテグラビルについて、MPPに自発的ライセンシングを行うことを決定した。これにより、中所得国・低所得国におけるカボテグラビルの安価な導入に道が開かれた。

一方、国境なき医師団(MSF)によると、ギリアド・サイエンシズ社は低所得国・中所得国におけるレナカパビルのアクセス促進計画を示していない。ギリアド社は過去、HIV薬については医薬品特許プール(MPP)を積極的に活用して、ジェネリック版の途上国での普及に協力してきた。二種類のテノホビル(TDF, TAF)、エムトリシタビン(FTC)、ビクテグラビル(BIC)などである。一方、C型肝炎の治療薬ソホスブビルや新型コロナウイルス感染症の治療薬レムデシビルについては、MPPを活用せず、自社独自の自発的ライセンシングによるプログラムで限定的に低所得国・中所得国へのアクセス拡大を図っている。MPPは、長期効果型の医薬品としてHIV治療・予防双方のゲーム・チェンジャーになりうるレナカパビルについて、MPPを通じた、公衆衛生に基礎を置くライセンシングを行うことが有効であると述べ、今後のギリアド社の決断に期待を表明している。また、国境なき医師団は、ギリアド社に対して「直ちにMPPを通じた自発的ライセンシングを行い、途上国におけるレナカパビルを活用した治療や予防に道を開くべきである」と主張している。

また、アフリカのコミュニティレベルでHIV治療・予防に取り組む活動家たちのネットワークである「アフロキャブ」(Afrocab)2023年4月にケニアの首都ナイロビで開催したワークショップで、この長期効果型の医薬品へのアクセスを主要テーマとして取り上げた。このワークショップでは、アフロキャブとして、グローバルファンドが長期効果型医薬品を取り扱うよう働きかけること、また、ギリアド社に対しても、透明性が高く、公衆衛生の向上と医薬品アクセスを目的とする、MPPを通じたライセンシングを行うよう求めることが方針として示された。