援助停止との相乗効果によるトランプ政権の過酷な反SRHR政策

グローバル・ギャグ・ルールの最大限の適用

グローバル・ギャグ・ルール再施行を指示する大統領令

1984年、メキシコシティで開催された国連人口会議に際して、米国のロナルド・レーガン共和党政権は、人工妊娠中絶手術の実施や、中絶に際して医療スタッフが患者に行うカウンセリングや医療機関の紹介、さらには、中絶に関する規制を緩和し、合法かつ安全な中絶を可能にするように求める活動を行うNGOなどの団体には、米国の資金援助を行わないこと、逆に、米国の資金を得るためには、これらの団体は上記を行わないことを誓約しなければならないという「メキシコシティ政策」の導入を発表した。これは、中絶に関する政策提言活動すら禁止する、ということから、「グローバル・ギャグ・ルール」(GGR。ギャグは「さるぐつわ」の意味。「世界口封じルール」と訳される)と呼ばれることになった。その後、米国は民主党と共和党が政権交代するごとに、民主党政権はこのルールを撤回してセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR)を政策的に主導しつつ積極的に資金を拠出し、共和党政権は成立後すぐさま同ルールを再導入してSRHRへの資金を止める、ということが繰り返されてきた。

2017年に発足したトランプ共和党政権はただちにGGRを導入し、さらにその適用範囲を拡大した。2025年に舞い戻った第2次トランプ政権は1月24日、大統領令でGGRを再布告しつつ、対外援助の殆どを停止し、米国国際開発庁(USAID)を閉鎖・破壊し、今後の対外援助については「米国をより強くし、安全にし、繁栄させるかどうか」という3点に沿ってレビューするという方針をとった。また、「多様性・公平性・包摂性」(DEI)政策や、彼らのいう「極端なジェンダーイデオロギー」政策を破棄し、これらに政府資金を投入することを禁止した。これは過去のどの共和党政権のGGR導入よりも格段に過酷なもので、極端なインパクトを伴うものとなっている。

米国内で展開される苛烈な反SRHR・反中絶政策

米国内ではこれまで、米国在住者の生命や健康を守るため、連邦政府の補助金を受ける医療機関に対して、中絶を含む、命を守るための緊急の医学的治療を提供することを義務付ける連邦法である「緊急医学的治療・出産法」(EMTALA: Emergency Medical Treatment and Labor Act)により、共和党政権においても、また、共和党の州であっても、命を守るための中絶を含む治療を行うことが病院に義務付けられていた。ところが、SRHRを推進する米国の団体「リプロダクティブ・ライツ・センター」(Center for Reproductive Rights)によると、トランプ政権は、中絶を禁止する州法を持つ州について、連邦法ではなく州法を優先する方針を示している。このため、特に中絶を禁止する法律を持つ州では、緊急時でも命を守るための中絶が拒否される可能性が出てきている。

これ以外にも、トランプ政権は国内でSRHRを抑圧する政策をとっている。例えば、避妊や不妊治療、HIVや性感染症の検査・予防・治療、乳がん・子宮頸がんの検査やワクチンなどを提供する連邦レベルのプログラム「タイトル・テン」(Title X)の資金を凍結した。その結果、これにより運営されていたクリニックの閉鎖が相次いでいる。また、トランプ政権は政府のウェブサイトからSRHRに関連する情報を削除するなど、政府が提供する情報からSRHRを排除する検閲を開始した。さらにトランプ政権は、中絶の権利に反対する過激派などの襲撃から、SRHRサービスを受ける患者や提供する医療者を守るための連邦法である「クリニックへの自由なアクセス法」(FACE)の執行を事実上停止した上、同法により刑に服していた23名の暴力主義的な中絶反対論者を赦免するに至った。

トランプ政権はさらに、7月4日に成立した減税・歳出法「一つの大きく美しい法」(One Big and Beautiful Bill Act)において、中絶を提供している医療機関に対して、感染症の検査やがん検診、婦人科診察といった中絶以外のサービスについても、連邦の貧困層に向けた医療費支援制度であるメディケイドの利用を禁止するという制限を打ち出した。これについて、リプロダクティブ・ライツ・センターは北東部メイン州で家族計画のクリニックなどを経営するNGO「メイン家族計画」(MFP)を代理してトランプ政権を提訴した。

一部途上国はトランプ政権成立をみこしてSRHRを回避

トランプ政権のGGRの適用拡大政策や反DEI・「極端ジェンダーイデオロギー禁止」政策はSRHRやジェンダー、感染症に関わる国際協力にも大きな影響を及ぼしている。いくつかの国は、トランプ政権の成立を前に、援助資金面で不利な扱いをされることを恐れて中絶関連の事業やSRHRの普及から距離を置いたり、米国の撤退を見越して別財源を確保する取り組みを始めていた。また、DEVEXの報道によると、米国政府の資金で購入され、コンゴ民主共和国やニジェールなどに供給される予定でベルギーの倉庫に数か月間貯蔵されていた避妊具等970万ドル分相当が、「米国の政策方針に沿わない」との趣旨で、各国に配布されることなく、フランスの焼却施設にて焼却されることとなった。リプロダクティブ・ヘルスに取り組む国際NGOで、世界各地でSRHRのクリニックを展開する「MSIリプロダクティブ・チョイス」(旧マリー・ストープス・インターナショナル)はこれらを購入して各国に配給することを提案したが拒否されたという。

勢いづくアフリカの反同性愛主義運動と米国の守護者たち

一方、トランプ政権の反SRHR・反DEI・反「極端ジェンダーイデオロギー」政策の導入で水を得た魚となっているのが、これまでもアフリカで反LGBT・「家族の保護」等を推進してきた米国の極右宗教主義者のグループである。5月9日、ウガンダの首都カンパラの南、国際空港のあるエンテベにおいて、反同性愛などを掲げる同国やガーナ、ケニアなどの保守派議員が集まり「エンテベ列国議員フォーラム」(Entebbe Inter-Parliamentay Forum)が開催され、ウガンダやガーナでの、同性愛者を投獄できる「反同性愛法」の拡大に向けた戦略が討議された。また、その翌週にはケニアの首都ナイロビで「家族の価値に関するパン・アフリカ会議」(Pan-African Conference on family values)が開催された。同会議は「アフリカ・キリスト教専門家フォーラム」(Africa Christian Professionals Forum)が主催した。これら、反同性愛を掲げるアフリカの保守派の宗教グループは、以前から米国の極右宗教主義者グループによる資金的・政治的支援を受けてきたが、トランプ政権の登場によって、これらの動きはさらに加速するものと思われる。実際、ウガンダとケニアの会議には、米国に本拠を置く悪名高い反LGBT・反SRHRネットワークである「ファミリー・ウォッチ・インターナショナル」が共催団体として参加し、議長のシャロン・スレーター氏が双方で演説を行った。同団体は、ウガンダやケニアの保守派議員をアリゾナ州に招へいしてロビー活動などに関する研修を毎年開催している。

トランプ政権は9月以降の2026年度予算による「米国第一」を掲げた援助再開に際して、これら反同性愛・反中絶などを掲げる極右宗教主義団体に巨額の資金を投下するものと想定される。それこそが、トランプ政権の事実上の公約たるヘリテイジ財団の「プロジェクト2025」に明記されていたことなのである。