「国主導」のUHC実現への国際機関の連携・協調からアジェンダの幅を広げる
8月26-30日にコンゴ共和国の首都ブラザビルで、世界保健機関(WHO)アフリカ地域委員会の会議が開催される。これに向けて、アフリカ諸国政府や国際機関、市民社会などは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に向けた国際機関等の連携・調和化促進を目的に昨年策定された「ルサカ・アジェンダ」(Lusaka Agenda)の実施に向けた方針作りのための協議を重ねている。また、市民社会は、「ルサカ・アジェンダ」の実施に関して包括的な提言ペーパーの策定を、ブラザビルでの会議に向けて進めている。
アフリカで進展する「ルサカ・アジェンダ」の枠組み
「ルサカ・アジェンダ」は、国際保健の向上のために、「ミレニアム開発目標」(MDGs、2001-2015年)および「持続可能な開発目標」(SDGs、2016-30年)の時代に設立された、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)やGAVIワクチンアライアンスなどの「国際保健イニシアティブ」(GHIs)が取り組みの無駄や重複をなくし、お互い協力・連携して、UHCの実現に向けて取り組んでいくための方策を討議することを目的に、英国のウェルカム・トラストが事務局となって設置した多国間・他セクターの協議枠組み「国際保健イニシアティブの未来」(FGHI:Future of Global Health Initiatives)が、その成果文書として2023年12月にまとめたものである。この対象となったGHIは、グローバルファンド、GAVIのほかに、「女性・子ども・青少年のためのグローバル・ファイナンシング・ファシリティ」(GFF)、および、医薬品の研究開発や公平なアクセスを促進するための多国間メカニズムであるユニットエイト(UNITAID)、「感染症対策イノベーション連合」(CEPI:ワクチン開発のための資金拠出機関)、および「革新的新規診断技術基金」(FIND:検査・診断に関する技術革新に資金を拠出する機関)の6つである。
同アジェンダの鍵となるのが、「国際保健イニシアティブの生態系の長期的な改善のための鍵となる5つのシフト」(Five key shifts for the long-term evolution of the GHI ecosystem)である。これは、UHC達成に向けて、以下の5つの変革に各GHIが取り組むべき都の指針を示したものである。
1.保健のためのシステム強化によるプライマリー・ヘルスケア(PHC)に貢献すること
2.各国の国内資金を活用した持続可能な保健サービスの構築に向けた触媒的役割を果たすこと
3.保健のアウトカムの公平性を実現するために共同のアプローチを強化すること
4.戦略面・実施面での協力を強化すること
5.国際保健における「市場や政策の失敗」の問題に対処するため、研究開発や地域での医薬品製造に関するアプローチを調整すること
FGHIのプロセスは、この「ルサカ・アジェンダ」策定で終了したが、その後、これを引き継ぐ時限的な枠組みとして、同アジェンダを進展させる非公式の臨時ワーキング・グループが、ガーナ、カナダの各政府およびアフリカの大手保健NGOであるAMREF(アフリカ医療・研究財団)を共同議長に設置され、国連財団(United Nations Foundation)がサポートする形でプロセスが続いている。
この「ルサカ・アジェンダ」をアフリカで進めていくためのロードマップを形成するために、6月12-13日にエチオピアの首都アディスアベバで「ルサカ・アジェンダ実現のためのアフリカの指導力と共通の要求の進展に関する技術的コンサルテーション」という会議が開催された。この会議を主催したのは、アフリカCDC、ウェルカムトラスト、グローバルファンド、GAVI、およびグローバルファンド理事会の二つのアフリカ議席(南部・東部および西部・中部)の調整のために設置された「グローバルファンド・アフリカ理事区ビューロー」(African COnstitutional Bureau for the Global Fund)である。この会議の目的は、8月末に開催されるWHOアフリカ地域委員会に向けて、「ルサカ・アジェンダ」の実現のためのアフリカにおけるロードマップを策定することであった。この会議に出席したアフリカの市民社会は、市民社会の声をこのロードマップに反映するために、集中的に会議を開催して提言書を作成しているところである。
「ルサカ・アジェンダ実現にコミュニティの力を」市民社会の主張
「ルサカ・アジェンダを荷ほどきする:ルサカ・アジェンダ成功のための市民社会の優先順位」(Unpacking the Lusaka Agenda: Civil Society Priorities for making the Lusaka Agenda Successful)と題された提言書の作成を進めているのは、アフリカの市民社会とGHIとの関わりを調整してきたNGOである「ワキ・ヘルス」(WACI Health、ケニア)と、保健と人権・SRHRのための調査や研修を行う「アフヤ・ナ・ハキ」(Ahuya na Haki、ウガンダ)、AMREFなどアフリカのNGO、および英国の「ストップエイズ」(STOPAIDS)、米国でグローバルファンドのサポートを行う「エイズ・結核・マラリアとの地球規模の闘い」(The Global Fight against AIDS, TB and Malaria)、UHC達成のための多国間調整機関であるUHC2030の市民社会枠組みである「市民社会参画メカニズム」(CSEM)などである。
「ルサカ・アジェンダ」はもともと、各国単位でUHCを実現するための、国際保健イニシアティブの協調と連携を強化することを目的とし、「国主導」「政府主導」を強調してきたため、特に、各国で社会的・制度的な差別や偏見にさらされてきた脆弱なコミュニティのエンパワーメントなどについては、十分に焦点とされていなかった。また、特にHIV/AIDSとの関係で、コミュニティによる保健への取り組みを重視してきたグローバルファンドや、これに関わる市民社会は、国主導のUHC達成を強調するFGHIのアプローチに対して、強い違和感を表明した。これらの声はある程度「ルサカ・アジェンダ」に反映されることとなった。アフリカの市民社会は、アフリカ連合やアフリカ各国政府が「ルサカ・アジェンダ」に親和的なこともあり、建設的なアプローチをとることによって、市民社会の声を「ルサカ・アジェンダ」実施に向けたロードマップ作りに反映しようと努力している。7月30-31日には、これらのグループが中心となって、市民社会の提言書を作成するためのオンライン・ワークショップ「ルサカ・アジェンダのための市民社会の優先順位」が開催された。
市民社会の提言書「ルサカ・アジェンダを荷ほどきする」の起草にあたり、アフリカの市民社会は、上記の「5つのシフト」それぞれについて、市民社会の役割を定義し、また、政府や国際機関など各セクターに対する要望をまとめている。そのビジョンは、コミュニティレベル、特に脆弱性を抱えるコミュニティにおける保健への取り組みの強化に優先順位を置くこと、国家戦略の形成、実施、モニタリングのすべてにおいて、市民社会をはじめとする社会参画(social Participation)を強化することなどである。
当初、国主導のUHCに向けた保健系国際機関の強調と連携の強化に主眼を置いていたFGHIは、「ルサカ・アジェンダ」策定後、様々なアクターが討議に参加する中で、より包括的な内容を含むものとなりつつある。8月末のWHOアフリカ地域委員会の会議で、アフリカにおける「ルサカ・アジェンダ」の実現に向けた工程表がどのような形のものとなるのか、また、保健の当事者たるコミュニティや市民社会の参画がより強化されるのかが注目される。