パンデミック条約交渉の第2ラウンド始まる

難しい「仕切り直し」:非国家主体の参画の拡大も道半ば

世界保健総会後最初のINBの資料を掲示するWHOウェブサイト

5月26日から6月1日にかけてジュネーブで開催された世界保健総会では、「パンデミック条約」は加盟国間で合意に達せず、2024年中に開催される世界保健総会の特別セッション、もしくは2025年5月の世界保健総会を期限に交渉を継続することとなった。これについて、今後の交渉の枠組みや行程を決めるために、「政府間交渉主体」(INB)の第10回会合が7月16-17日に開催された。加盟国は世界保健総会で、協調の精神を発揮して「国際保健規則」(IHR)の改定だけは実現したが、いくつかの報道によれば、こうした協調の精神は今回のINB会合では必ずしも継続しておらず、INBへの市民社会など非国家主体(Non-State Actors)や専門家の参加などについては、かなりの意見対立も見られたという。

フランスが共同議長、オーストラリアが副議長に

INB交渉のリーダーシップは、WHOの地理的区分に基づいて選出された6か国からなる「ビューロー」が担っている。これまでは、オランダ(欧州)と南ア(アフリカ)が議長、日本(西太平洋)、タイ(南東アジア)、エジプト(東地中海)、ブラジル(米州)が副議長を務める形でビューローが構成されてきたが、今回、欧州から、フランスがオランダに代わって議長に選出されたほか、西太平洋については、オーストラリアが日本に代わって副議長の一角に入った。フランスはアン=クレール・アンプル国際保健担当大使(Anne-Claire Amprou)が議長役を担当することとなった。

また、交渉スケジュールについては、まだ合意に達していない20以上の条項に関して、9月9日~20日の12日間にわたって開かれる第11回INBにおいて、最大の課題である「病原体情報へのアクセスと利益配分(PABS)」(第12章)をはじめ、第1章の一部や、第4、5、9、10、11、13、14章について検討することとなり、また、11月に予定されている第12回INBにおいては、前文、第1章、3、19、20、21、24、26、31、32、33、34章について検討することになっている。一方、これらの公式会合の間に、様々な形での専門家会合や非公式会合を入れ、加盟国の間の隔たりを減らしていく方向性が示唆されている。また、本年中に開催される世界保健総会特別セッションで合意に達しなかった場合には、12月、2025年2月および4月にINB公式会合を開催する方向となっている。

市民社会団体、専門家、産業界の参画は進まず

パンデミック条約交渉は、加盟国の出資額に比例して決定権が与えられる世銀・IMFや、恣意的に参加国が決められている自由貿易協定等の交渉などと比較して、加盟国が全て対等な立場で参加し、会合の全体会もインターネット中継・録画が公開され、加盟国の推薦等により、市民社会や業界団体等の「関連するステークホルダー」(relevant stakeholder)の交渉への一部参加も認められるなど、かなり開かれた透明性の高いプロセスである。しかし、文言交渉の主要部分を占める「起草グループ」(Drafting Group)の会合については、加盟国のみで行われ、国でない主体(Non-State Actors: NSA)は参加できない。これについて、非国家主体の積極的・包括的な参加により、透明性を高める必要がある、という観点から、市民社会団体や産業界の利益団体などが再三にわたって参加の拡大の要望を出してきた。

第10回INBでは、これについても加盟国間での討議が行われたが、「透明性を拡大すべき」という、多くの加盟国の抽象的な願望の一方で、個別の懸念も多く表明された。報道によると、今回の討議の結果としては、、公式会合の開催される日の朝に、「関連するステークホルダー」向けに30-60分のブリーフィング・セッションを開催することが決定された。一方で、複数の国から、起草グループ・セッションの透明性の向上が要望されたこともあり、特に、専門家の会議参加については、ビューローが各国に期限を決めて提案を募ることととなった。

報道によると、非国家主体による起草グループ会合への参加については、実際、希望する非国家主体が発言権のないオブザーバーとして参加することを認める、という案も出され、一定の支持を得た。一方、中国、ロシア、ナイジェリアは、WHOで2016年に合意された「非国家主体の参画枠組み」(Framework of Engagement with Non-State Actors: FENSA)に従って、限定的な参画のみ認めるべきとの立場をとった。また、インドなども、特に先進国の産業界の参加とロビー活動について警戒する立場から、参画拡大に積極的な姿勢を示さなかった。専門家の参画についても、各専門家の背景にある団体や勢力等の影響力の拡大やロビー活動の活発化などによるバイアスを懸念する主張が多く出され、非国家主体の参画については、大幅な拡大は見られなかった。これらについて、疾病の当事者に近い立場から透明性の拡大を求める市民社会団体も、「国際製薬団体連合会」(IFPMA)など先進国の創薬系製薬企業の利益を代表する団体も、それぞれ異なった立場から失望を表明する形となっている。