国際保健政策の変革に向けた
ハイレベル会合の付加価値とは?
昨年来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを踏まえての国際保健政策の全体的な変革のプロセスが進んでいるが、その中で、全ての加盟国が参加して、いわゆる「国際社会の意思」を示す機会となるのが、9月の国連総会時に開催されるハイレベル会合(Highl Level Meeting: HLM)である。過去数年、保健関係のHLMは開催されていなかったが、2023年は、もともと予定されていたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)のHLMと結核のHLMに加え、パンデミック予防・備え・対応(PPPR)に関するHLMも開催されることが決定された。
会議に向けて協議を進行する共同ファシリテーターは、PPPRがモロッコとイスラエル、UHCがタイとガイアナ、結核がポーランドとウズベキスタンが務める。開催日程は、PPPRが9月20日、UHCが21日、結核が22日となる。ちなみに、結核やUHCに関する長期目標を位置づけている「持続可能な開発目標」(SDGs)に関する4年に1回のサミットも本年、9月19-20日に仮置きされており、国際保健の関係者にとっては、すでに様々なプロセスがあるところ、9月には、ほぼ同時に3つのHLMへの対応を迫られることになる。
HLMの意義:保健課題への取り組みへの世界規模の合意形成
HLMは、2000年に始まる「ミレニアム開発目標」(MDGs)の時代から、特定の保健課題について数年ごとに開催されている。2001年の国連エイズ特別総会は、世界のHIV/AIDS対策の基本的方針を決定する重要な意義を持った。その後ほぼ5年に一回、HIV/AIDSに関するHLMが開催され、毎回、国際的なHIV対策の合意形成の機会となっている。また、結核や非感染性疾患(NTDs)に関するHLMが定期的に開催されている他、2019年に初めてUHCに関するHLMが開催された。このHLMで重要なのは、成果物として採択される「政治宣言」(Political Declaration)にどのような内容が盛り込まれるか、ということである。例えば2019年のUHCに関する政治宣言では、UHCの達成に向けて各国の行うべき政策的展開や実施、資金拠出などについて、一定、野心的な内容が採択され、UHCの達成に向けた調整機関である「UHC2030」は、この宣言で示された目標に向けて各国がどの程度取り組んでいるかを評価する「UHC誓約進捗状況調査」(SoUHCC Survey)を、市民社会の積極的な参画の下に行っている。
HLMに向けたプロセスの中で大きなものは、3つの会合に向けて市民社会を含むステークホルダーの意見を聴取する「マルチ・ステークホルダー・ヒアリング」で、5月8~9日にニューヨークで開催される。市民社会は、UHC2030やストップ結核パートナーシップなど、それぞれの課題に関する多セクター調整機関と連携しながら、市民社会として主張すべきことを提言していくこととなる。しかし、3つのHLMに関するヒアリングを上記二日間で同時にやるということになっており、このヒアリングがどのような形で行われるかは明らかになっていない。
意義が明確となっていないPPPRハイレベル会合
UHCと結核のHLMについては、前回のHLM(結核2018年、UHC2019年)で採択された政治宣言(結核の前回の政治宣言はこちら)以降の進捗状況を評価し、COVID-19の影響、気候危機や地政学的対立など「ポリクライシス」状況における取り組みの意義やあり方などを踏まえて、それぞれの「ゼロ・ドラフト」が作成され、それをベースに、加盟国や市民社会、その他のステークホルダーが最終案作成に向けて協議を積み重ねていくこととなる。
一方、今回が初めての開催となるPPPR HLMについては、WHOの枠で、ジュネーブをベースに、パンデミック条約や国際保健規則(IHR)に向けた多国間交渉、G20が主導して設置された「パンデミック基金」の運営プロセス、ACTアクセラレーターの後継組織と目される「グローバル医学的対応手段プラットフォーム」(Global MCMs Platform)の設置に向けた取り組みが進んでいるところ、ニューヨークでHLMに向けた新たなプロセスを付加することにどのような意味があるのか、疑問が呈されている。HLMプロセスは加盟国やステークホルダーなどに関しては、ジュネーブで展開されているプロセスに比べて幅広く行われること、また、ロシアのウクライナ侵略等によってパンデミック対策に向けた関心が低下しているところ、政治的関心の確保という意味で重要とされる。一方、イスラエルとモロッコという、特にグローバル・サウスの多くの国々との間で問題を抱えている二国が共同ファシリテーターということで、複雑な交渉をまとめられるのかという懸念も存在する。
他地域に先んじてアジア太平洋の市民社会が戦略会議開催:3つのHLMに向けた声明を採択
では、世界や地域レベルで保健政策に取り組む市民社会は、これについてどう取り組んでいけばよいのか。アジア太平洋の文脈でこれらを整理し、市民社会のポジションをまとめ、戦略を形成するための会合が、APCASO(旧・アジア太平洋地域エイズ・サービス組織評議会)、フランス外務省、ストップ結核パートナーシップ(本部)の共催で、3月28日~30日の3日間にわたり、インドネシアの首都ジャカルタの「インドネシア・フランス協会」(Institut Francais Indonesia: IFI)で開催された。会議には、APCASOのネットワークのベースとなっているアジア太平洋のエイズ・結核に取り組む市民社会のみならず、PPPRのうち、特に医薬品アクセスの拡大に取り組む「ピープルズ・ワクチン連合」(PVA)アジアや、UHC2030の市民社会の参画枠組みである「市民社会参画メカニズム」(CSEM)のメンバー、加えてストップ結核パートナーシップのルチカ・ディティウ事務局長も参加した。また、共催者としてフランス外務省、さらに、アジア太平洋地域の中でこれらの課題に積極的に取り組んでいるインドネシア保健省、タイ公衆衛生省、パキスタン政府などのハイレベルな参加も見られた。
会議初日の28日には「情報共有」をベースに、3つの課題に関する政府や国際機関、市民社会の専門家などが参加してのセッションが行われた。これを踏まえ、29日には、特にアジア太平洋地域の市民社会の参加者が意見を出すためのワークショップが開催され、そこで出された意見を踏まえて、「強くしなやかで持続可能、統合され、充分な資源を確保した保健のためのシステム:3つのハイレベル会合、一つの地域、そして我々のビジョン」と題された声明が策定された(声明の文面はこちら)。30日には、フランス、インドネシア、タイの政府代表の参加の下でハイレベルセッションが開催され、この声明を踏まえて、政府、国際機関、市民社会がどう連携して、HLMのより良い成果を勝ち得ていくかが討議された。
声明では、3つのHLMに関して、市民社会や、最も脆弱な状況にあるコミュニティなどの意義ある参画を含めた、「人々中心のアプローチ」により進められなければならないこと、また、衡平性、公正性、ジェンダー変革的アプローチ、権利ベースアプローチ、アカウンタビリティといった、市民社会としての原則が確認された。そのうえで、PPPR、UHC、結核のそれぞれについて、市民社会として要求していくべき課題が以下のように列挙された。
(1)PPPR:各国におけるPPPRのための枠組みや対応システム強化、パンデミックに関わる技術や医薬品などへの平等なアクセス、サーベイランスへのコミュニティの参画、社会的保護制度とパンデミック対策の連携、危機時における脆弱な人々の保護メカニズムの設置など。
(2)UHC:保健のためのコミュニティ・システムの強化、効果的で革新的な資金確保、メンタル・ヘルス・サービスの位置づけ強化、衡平性の強化、参画型で包摂的なガバナンスの確立など。
(3)結核:結核に関わる社会的決定要因に対応する結核対策のパラダイム転換、コミュニティが主導するアドボカシーや人権への取組への資金確保、結核とUHCの取り組みの連携強化、結核プログラムに関する人的資源確保と能力強化のための資金確保、結核の予防・治療・ケアに関する衡平で持続可能なアクセスの確保
また、3つの課題全体に共通する課題として、保健システムの統合性の強化、社会的決定要因へのアプローチ強化、全社会的アプローチの必要性が謳われた。
この会合は、3つのHLMに向けて地域レベルの市民社会と専門家、政府などが結集して行った初めての会合であり、採択された宣言は、市民社会として、3つのHLMに向けたポジションを定めた最初の宣言となる。今後、市民社会の取り組みは、この宣言が示した方向性に一定準拠した形で行われていくことになると思われる。