1章 アフリカの食料安全保障問題

執筆:斉藤龍一郎・松村愛・吉田昌夫

2008年1月に発行した『アフリカの食料安全保障を考える』<をウェブ化しました。

アフリカの食料安全保障とミレニアム開発目標

この豊かな世界の中で、アフリカでは飢餓が生じており、また世界の主要な食料援助先となっている。食料援助は緊急時に限らず、恒久的に行なわれている国や地域さえある。例えば2005年から06年にかけて、西アフリカのニジェール共和国北部のMaradi, Tahoua, Tillaberi, そしてZinderで、食料危機が生じた。これは2004年に雨が少なかったこと、砂漠化の進行、食料価格の高騰、そして慢性的貧困などが原因とされている。同国で活動する「国境なき医師団」(MSF)によると、ニジェールでの食料不足は食料生産の問題と言うよりは、むしろ配分の問題だそうである。食料不足、食料問題が取り上げられる際に、解決手段として食料増産が考えられることが多いが、この例から、配分、流通、貿易、グローバル化など全体としての食料安全保障を考える必要があることがわかる。

2000年9月ニューヨークで、189の加盟国代表が参加した国連ミレニアム・サミットが開催された。このサミットで、21世紀の国際社会の目標として国連ミレニアム宣言が採択された。ミレニアム宣言は、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバナンス(良い統治)、アフリカ地域の特別なニーズなどを課題として掲げ、21世紀の国連の役割に関する明確な方向性を提示した。そして、この国連ミレニアム宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合し、一つの共通の枠組みとしてまとめられたものがミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)である。MDGsには、8つの目標と18のターゲットが定められ、各項目に対して具体的な数値目標が掲げられている。私たちの課題からすれば、第1の目標の飢餓の半減が大きな関心事である。これに関して国際社会がどのように取り組んでいるのかに注目しなくてはならない。

世界の四分の三にも相当する貧しい人々が農村部で暮らし、農業にその生活を頼っている。また農業は、より貧しい国が経済成長への道を切り開く鍵であることから、農業振興と農村開発は、MDGsが強く求める経済的、社会的指標達成へ繋がると考えられる。MDGsの8つの目標のうち、最も農業に関わりが深い目標が「飢餓人口の半減」である。食料の生産性を向上させることは、農民がより多くの食料を作ることを可能とし、結果として人々の栄養状態が改善する可能性を高め、平等な競争条件の市場の下であれば所得の向上へともつながり得る。

2000年に掲げられたMDGsの目標期限まであと8年と迫ってきている。ミレニアム開発目標2006年報告書によると、極度の貧困に苦しむ人々の数は、1990年から2002年までの間に、27.9%から、19.4%へと減少していることが伺える。もし、この傾向が持続すれば、MDGsの貧困削減目標は全体として、世界のほとんどの地域で達成されるだろうと予想されている。しかしながら、サハラ砂漠以南のアフリカ地域では、1990年から2002年にかけてわずか0.4%しか減少しておらず、横ばいの状態にある。全体として2000年の時点から6%下がっているが、このままでは2015年までに目標を達成できない状況である。ミレニアム開発目標2005年度報告書によると、世界最大の人口を抱えているインドと中国においては持続的な成長と、経済の加速が見られたことにより、アジアでの貧困層は減少している。しかしながら、サハラ砂漠以南のアフリカ地域においては、雇用機会に恵まれない人々が増加し、農業が低迷したことに加え、HIV/AIDSが働き盛りの多くの人々の命を奪ってきており、その結果、貧困層が増大している。飢餓人口の半減に関しても、子どもの飢えに関していえば、世界的には減少傾向であるが、サハラ砂漠以南のアフリカ地域では、期限までの目標達成は不可能だろうとまで言われている。

食料安全保障の歴史

「Food Security in Sub-Saharan Africa」(ITDG, 2001)によると、最も良く引用されている食料安全保障の定義は、世界銀行により提唱された次の定義である。「食料安全保障はすべての人が、いかなる時でも、活動的で健康な生活を営むために十分な食料にアクセスすることができること。」

1972-74年に生じたアフリカのサヘル地域およびアフリカの角での食料危機をきっかけに、世界で食料安全保障への関心が高まった。食料安全保障の概念は、開発に大きな影響を及ぼすようになり、1970年代に議論が盛んになってきた。1974年には世界食料会議が開催され、食料安全保障問題の重要性を確認すると共に、世界における食料増産や貿易また投資に焦点を当てる取り組みが始まった。この世界食料会議は、食料安全保障を「生産と価格の変動に左右されることなく食料消費が着実に拡大していくことに対応し、いかなる時でも基本的食料を十分に世界的に供給することのできること」と定義している。

1990年に世界銀行の出した「世界開発報告」(World Development Report)により、貧困問題が開発の最重要課題として再度確認され、MDGsへと繋がっていく。この転換はアフリカにおける飢餓の質の変化に関わってきている。それ以前は干ばつという自然災害により飢餓が引き起こされる事が多かったのであるが、当時は、干ばつよりも武力紛争による被害が多く出るようになっていたのである。1996年11月にローマでFAO主催の世界食料サミットが行なわれた。このサミットで関心が集まったテーマは、生物多様性、遺伝子組み換え作物、経済のグローバル化、貿易の自由化、政治的変化の重要性などである。2001年以来、アフリカ日本協議会(AJF)の食料安全保障研究会が開催してきた公開セミナーも、こうしたテーマを取り上げてきている。

ひるがえれば、1984-85年におけるスーダンのダルフール地方やエチオピア北部地域での飢餓をきっかけに、あらためて飢えの問題が注目を集めるようになってきた。1987年、FAOは、食料安全保障支援サービスの対象を拡大し、国家計画のレビュー実施も対象可能になった。そしてFAO自体も国レベルの食料安全保障に関する研究を行うようになった。さらに、この時期には食料安全保障に関する学術研究も盛んになり、成果が発表され始めている。例えば、ジャン・ドレーズとアマルティア・センによる「Hunger and Public Action」(1989)は、人々の食料に対する長期にわたるエンタイトルメントを保障・保護する区分について述べている。アマルティア・センは、食料へのアクセス問題を議論の中心に持ち込んだことで高く評価されているのであるが、1970年代後半に、センの思想は「エンタイトルメント」(entitlement, 権原)概念による飢餓や貧困の分析へと深まり、1943年当時のベンガル飢饉やインドと比べて貧困削減に成功していた韓国、スリランカの経験を実証的に論じるなど、理論と歴史とを明示的に結びつけて論じている。エンタイトルメントとは、すべての人間が社会の成員として財サービスへアクセスすることにつながる交換、購入、生産、贈与をなしうる権限を指している。人々は互いのエンタイトルメントを交換し合うことによって、自らの厚生を高めていくことができるのである。「貧困と飢饉」(セン, 1981)でも述べられているように、エンタイトルメントは人権を保障する物的基盤を指す概念であるが、ある人々の権力行使によって、他の人々がエンタイトルメントを失い貧困や飢饉が起こることがある。よって、ある人間にとってのエンタイトルメントをめぐる情況は、その人間の基本活動を決めることになるということができる。

セン以前にも、Berg(1973)、Joy(1973)、Levinson(1974)、Kielmanet他(1977)などが、栄養プランニングの中で、またフィールドワークの中で、食料へのアクセス問題を考察してきた。しかし、センの考察は、それ以降エンタイトルメントに触れずに食料安全保障を論じることができなくなるほどの大きな影響を与えた。

実践において、食料安全保障は第一に食料アクセスの問題として考えられてきた。食料アクセスの確保は、直接食料生産者に働きかけるか、もしくは、間接的に市場価格を消費者のために下げることにより達成されるとされてきた。1983年、FAOは食料アクセスに焦点を合わせた分析を行い、食料安全保障を需要と供給の間のバランスに基づいて、以下のように定義した。「(食料安全保障とは)すべての人々が何時でも彼らが必要とする基本的な食料へ物理的、経済的にアクセスすることを保障することである」(FAO、1983)。その後、この定義は、地方と国家のレベルの集団に加え、個人と家庭のレベルを含むように改訂されてきた。

また、食料安全保障の概念の広がりにも変化が見られる。伝統的な概念では、食料が、何にも先んじてまず第一に必要とされるものと考えられてきた。しかし近年では、特に短期間の食料摂取は、人々の求める目的の一つに過ぎないと考えられている。前述のダルフール食料危機の際、人々は将来的な飢えをしのぐために一時的な飢えを選び、次の耕作期に蒔くための種子を保存しておいたという行為が見られた。このように一時的ではなく、継続的な利用可能性を念頭に置いた食料安全保障が考えられるようになってきている。

1986年に、世界銀行が出した報告書では、食料安全保障に関する上記の定義から出発して、長期に及ぶ構造的な貧困と低所得の問題に関連した慢性的な食料確保の不安定さと、自然災害、経済的破たん、あるいは武力紛争によって引き起こされた食料への要求増加といった一時的な食料確保の不安定さを区別している。これはセンの理論を補完するものだと言える。

食料安全保障とは

食料安全保障は、前に述べたようにすべての人々がいつでも必要な食料へ、物理的、社会・経済的にアクセスができる状態を意味している。FAOは、食料の入手可能性、供給とアクセスの安定性、安全で健康的な食料の利用などの面に焦点を当てている。入手可能性とは、必要量の食料を、国内生産、輸入、備蓄、援助などにより入手することである。アフリカにおける食料問題は、単に食料増産によるだけでは解決されない。たとえ国内生産が十分であったとしても、貧困の水準や世帯の購買力を考慮に入れた食料分配システム、また、流通や市場インフラなどのアクセス面で問題がある。安定した食料アクセスは気象条件、価格変動、人的災害、政治的・経済的要因に大きく依拠している。それぞれの領域やレベルで、社会・経済環境を整える必要がある。マクロ経済や市場の環境、農業部門への投資、教育や政策環境などに関しては、国家レベルでの取り組みが求められる。一国内では、社会制度、世帯特性、家計システムに応じた改善を行なうことが必要であるし、また、それは可能なのである。例えば、女性の農業における役割に関する問題は、これにあたる。飢餓発生時における食料援助や農産物貿易などに関しては、様々な国家や専門機関とパートナーシップを結び、国際的レベルで食料安全保障問題に取り組んでいく必要がある。

アフリカにおける農業と食生活の実体

一口にアフリカの食料安全保障、あるいは、アフリカの農業とは言っても、実に多様であり、全てを「アフリカ」として一般化することは危険なのである。国により農業への依存度自体が異なっている。「Food Security in Sub-Saharan Africa」によると、1995年に農業生産がGDPの半分またはそれ以上を占めていた国はブルンジ、エチオピア、タンザニアそしてウガンダであった。これに対してボツワナ、コンゴ、レソトでは、農業生産は10%以下の割合しか占めていない。また歴史や気候条件の違いにより、国や地域によって営農形態や食生活も異なっている。平野克己によると、概して東南部諸国においてはトウモロコシを主食とし、サハラ砂漠周辺のサヘル諸国ではソルガムやミレット(ヒエ類)が食されている。西アフリカの多雨地帯とインド洋諸国では米食が行われており、小麦生産は南アフリカ、ジンバブウェ、エチオピア、スーダン、ケニアの5ヵ国におおむね限られている。西部アフリカ・ギニア湾岸地域、中部アフリカ諸国やタンザニアではイモ食が広くみられる。世界のイモ類(根菜類)生産の主体はジャガイモであるが、アフリカにおいてはキャッサバが主となっており、ヤムイモも西アフリカでは重要である。

アフリカにおける食料安全保障の確立に向けて

食料安全保障の問題を考える際、まず食料増産が挙げられることが多いことを指摘した。確かに飢えている人口が多い中で、飢えをなくしていくために食料生産を増やすとの考えがまず浮かぶことは当然である。しかしながら、世界食糧計画(WFP)によると、今日、世界には全ての人が健康で生産的な生活を送るために必要な栄養分を摂取するのに十分な食料があるにもかかわらず、食料危機が毎年発生している。つまり、食料を増産するだけでは問題は解決しないと言えるだろう。また、無計画な食料増産は「豊作貧乏」を招く危険性もある。同種の農作物が同時期に市場に集中することで過剰供給が生じると、農産物が値下がりする。その結果、農作物を大量に売っても生産費をまかない、その上で生活を支えるに足りるほどの利益が得られないといったことが生じやすい。

保存、流通も大きな問題である。キャッサバの世界最大の生産国はナイジェリアとブラジルである。キャッサバのでんぷんはタピオカの原料などとして使われており、国内消費の少ないタイが国際貿易市場への主な輸出国になっている。ナイジェリアでは、生産量の7割が国内で消費される一方で、生産量の3割近くが流通過程で損傷し破棄されていると言われている。既に生産されている食料を有効利用できる手段を考える必要があることを覚えておかなければならない。保存が悪いために損傷してしまうとのことならば、保存技術での協力が必要である。市場まで運ぶための車が無い、道が整備されていない、運ぶ距離が遠すぎてその間にだめになってしまうなどの問題であれば、それらの流通の問題を解決することで、生産された食料を無駄なく利用することが可能となる。また、国内消費の余剰分を輸出することで外貨収入源の拡大にもつながるかもしれない。

このように、食料増産にとどまらない視点から食料安全保障にアプローチすることは、きわめて重要な作業なのである。


【参考文献】
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平野克己「アフリカの食糧生産」『農業および園芸』第77巻第1号、2002年
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Devereux, Stephen & Maxwell, Simon Food Security in Sub-Saharan Africa ITDG Publishing, 2001
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飢餓
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砂漠化
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不平等な食料の配分
Hunger Free World/世界の飢餓と私のhttps://www.hungerfree.net/hunger/

流通
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FAO KIDS/エイズ http://www.fao.or.jp/kids/jp/aids.html
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http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1853395234/ryospage03-22

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http://www.fao.or.jp/about/details/purpose.html

農業生産
世界銀行(英語) http://data.worldbank.org/indicator/NV.AGR.TOTL.ZS/countries?page=3

営農体系研究
第4章

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