『アフリカNOW』86号(2009年11月30日発行)掲載
アフリカ理解プロジェクト 編
2009年7月20日 第1刷発行
横組/本文31ページ、縦組/本文33ページ
定価 :1,500円+税/ ISBN:978-4-9904657-0-4
評者:田口 凉子
たぐち りょうこ:東京成徳大学高等学校卒業後、米国カリフォルニア州にあるアメリカ創価大学へ進学。国際関係学専攻で、紛争解決と人権問題を研究。大学2年終了後、エルサルバドルにて歴史学と人権問題の研究のため1ヶ月間インターンシップを、大学3年次にチリに4ヶ月間留学をする。現在、同大学でエルサルバドル内戦についての卒業論文作成中。
私にとって一日の始まりは、一杯のコーヒーからです。おいしいコーヒーは、私に新たな一日への目覚めと活力を与えてくれます。
大学に入り、中南米に旅行、留学する機会がありました。そこで、コーヒーの魅力にはまってしまったのです。中米では、グアテマラやエルサルバドル、南米ではコロンビアやブラジルなど、それぞれの国が気候と土地柄を活かして、特有の味と香り豊かなコーヒーを育てています。私は、訪れた国で、必ず一つその国でしか手に入らないコーヒーを買いながら旅をしてきました。そして、時が経ってそれを飲んだとき、その国で作った思い出や出会った人、触れた文化をまざまざと思い出すことができます。私にとってコーヒーはそれだけ魅力的で、不思議な力を備えた魔法の飲み物なのです。
『原木のある森?コーヒーのはじまりの物語』はまさに、そのコーヒーの魅力と原点を、アートと共に誰にでもわかりやすく紹介。本書は、横組と縦組の2つのパートで構成され、いずれからも読み進めることができるようにつくられています。
縦組のパートには、エチオピアの新進アーティスト、ゼリフン・セヨン(Zerifun Seyoum)さんの絵による絵本「ものがたり エチオピアコーヒー伝説」が掲載されています。ゼリフンさんの絵は、新鮮でのびやかな印象を読者に与え、アフリカ最古の国エチオピアに昔から伝わるコーヒー発見の物語を、誇りに思う気持ちが伝わってくるようです。エチオピアのコーヒーの歴史はとても古く、日本と比べればエチオピアはコーヒー文化の大先進国なのです。エチオピアに伝わるコーヒー伝説は、ある一人の少年カルディと一匹のヤギの物語から始まります。この物語は、一見すると偶然の出来事のようですが、私にはその出来事が必然であるとしか思えません。小さなコーヒー豆との出会いが、後に世界中の人々の心をいやし、それ故にコーヒーが愛されているのですから。
横組のパートでは、さまざまなコーヒーの楽しみ方が紹介されています。エチオピア式のコーヒーセレモニーは、私にとってはまったく馴染みがなかったのですが、とても興味深いものでした。素焼きコーヒーポットやコーヒーカップ、砂糖入れ、茶菓子入れや香入れなど、独特の形とデザインをしていて、見ているととてもわくわくしてきます。それらのモノと共に、しっかりと決められた手順と作法でコーヒーを入れていくのです。どこの家庭でも同じように、女性が家族や友人、来客にふるまうもので、このエチオピアの伝統的なコーヒーの飲み方は、今でも日常の中に生きているとのこと。日本の茶道のように昔から伝わるエチオピア式コーヒーセレモニーは、エチオピアの人々にとって自慢であり、誇りであるのかもしれません。
また、コーヒーの魅力にはまってしまった人にとって、飲み方だけでなくコーヒーの多様な楽しみ方も、とても興味があることではないでしょうか。本書では、伝統的なものからモダンなものまで、コーヒーのレシピがていねいに紹介されていて、読んで想像してみるだけでもわくわくしてきます。たとえば、昼過ぎに太陽の日を浴びながら飲むローズコーヒーは、なんてロマンチックなんでしょう。
コーヒーの楽しみ方だけが紹介されているわけではないところが、本書のもう一つの魅力でもあります。「コーヒーのあるところ、平和と繁栄あり」。私は、この本で紹介されているエチオピアのこの格言が大好きです。平和というと、戦争のない世界や皆が物質的に豊かな環境だけを想像しやすいかもしれませんが、それだけでは、平和であるとは言えないでしょう。人の心に豊かさといやしを与え、エネルギーを湧き立たせる。そんな力を持ったコーヒーの成せる技は、人間の内側に平和と繁栄を築くのです。本当の意味での、私たちにとっての平和を。だからこそ、コーヒーと平和は切っても切れないもののように思えるのです。
同時に、この本の中では、エチオピアなどのアフリカ諸国が抱える深刻な経済問題についても取りあげられています。植民地時代から続くモノカルチャー経済は、単一産品に依存することで一国の経済を支えるという極めて不安定な状況を生み出すため、発展途上国の状態からなかなかから抜け出すことができません。エチオピアではコーヒーが主要な外貨獲得源であり、気候や市場価格の変動は、生産者にかなりの打撃を与えてしまいます。本書では、このような状況の打開策として、フェアトレードやレインフォレストアライアンスなどの取り組みが紹介されています。
コーヒー発見の伝説から、秘伝のレシピ、そして現在アフリカ諸国が抱える課題までも網羅した『原木のある森』。とても読みやすく、同時に編者の強いメッセージが込められている本でもあります。「これからの世界を生きる若い人たちに、アフリカや途上国が抱える問題を、地球全体の問題として目を向け、解決に向けて考え、行動してもらいたい」。本書に書かれているこのメッセージに、私は共感し、次代を担う若い人々がアフリカ諸国や他の発展途上国が抱える問題を、自らの課題と捉えて、真剣に解決へ向けて協力していく必要があると感じました。