日本政府の砂漠化防止条約に対する方針を聞く

国連代表部柴田孝男氏へのインタビュー

『アフリカNOW』 No.21(1996年発行)掲載

国際会議の場に行くと、必ず海外のNGOに、「日本はブラックホールだ」と言われてしまう。日本のNGOは見かけないし、日本政府の外交団は近づきがたいのだそうだ。とは言うものの、砂漠化防止条約のプロセスに対して拠出された日本政府の金額は最大。今後のアフリカ支援での役割はますます重要になる。昨年8月ケニア、ナイロビで開かれた砂漠化防止条約政府間交渉会議の折り日本政府外交団長、国際連合日本政府代表部参事官柴田孝男氏に日本政府の方針などを聞いてみた。
(インタビュー:尾関葉子。文責:編集部)


尾関:日本政府の砂漠化防止条約に対する日本政府の方針をお聞かせください。
柴田氏:砂漠化防止条約とは何か。砂漠化とは今始まったわけではない。砂漠化を防止するのにそもそも条約がいるのかという風に最初は思っていた。しかしリオで砂漠化防止条約を作ることに決まった時点で、日本政府としては、同じ作るなら意味あるものにする為にそれを支援していこうとしています。
しかし、いざとなるとこれは、まず、アフリカ開発についての考え方、アフリカ開発から砂漠化防止条約を考えることから始めなければならない。条約に関しては、日本は積極的に支援している。資金や交渉がスムースにいくように協力もしている。
そもそも、砂漠化の問題は環境の問題というよりは、すぐれて開発の問題……もっと人間くさい問題です。自然現象としての砂漠化を防止するのはなかなか難しい。結局は、人間が土地を管理しているのだから、人間のやっていることが問題になってくる。その人間のやっていることを何とかするという意味で、砂漠化防止条約は意味があるのです。最初は、自然現象を防ぐことはできないと言う議論もあった。しかし、私たちが言っているのはまさに開発の話。社会とか自分の生活様式とか、社会開発、経済開発とかの関わり合いで砂漠化のことを捉えるべきでしょう。条約は新しい開発のやり方を考えていこうと言うもので、考えてみれば国際社会でよくこんな条約ができたものだと、非常にユニークな条約だと思う。他の条約は環境が破壊されてきたということで(温暖化防止、生物多様性など)地球全体のことを扱っている。しかし、砂漠化の問題は地域の問題であるが同時にグローバルなことで、そもそも矛盾を抱えている。でも、確かに、地域問題であるけれども、地球の問題として国際社会が一緒になって対応しようとした。そういうものを条約にした。開発について新たに取り組もうという意味でユニークな条約だと思っています。
尾関:これまでの7回のセッションの中で一番苦労されたことをお聞かせ下さい。
柴田氏:5回目のパリで条約を採択したときの交渉は最大の山場であったですね。条約を見てもらえばわかるが、援助する側とされる側との関わり合いが一番大きな問題になりました。条約、砂漠化の影響を被っている途上国が条約内容をそのまま実施したらgood governanceの問題になる。それを条約上でコミットしたという点が新しい。同時に先進国側の基本的な態度は今も変わらない。今までずっとやってきて何故ダメだったのか? まず、そういうところから考えて、条文を考えていかなければならない。今までこれだけ長い援助が行われて、何故うまくいかなかったのか? 新しいことではなくて自分の足下を見てもっと考え直そうじゃないかという態度だった。途上国は先進国がやる問題でしょうと言う。先進国(ドナー側)はすでにお金は出していると言う。両者を条文の中で何とか折り合いをつけて導いていくというのが条約の一番難しいところだった。パリで3,4日徹夜して資金問題を交渉した部分に一番現れていますよ。私も少人数の資金問題グループのOECD代表として、アメリカとかEU、オーストラリア、カナダなどと参加した。こちらは5人ほどしかでていない。残りはアフリカとか途上国の代表。まさしく三日三晩、ほとんど寝ずに金曜日に終わるはずが土曜の朝までかかって仕上げました。
しかし、条約について個人的なことを言うと、もう少し先進国が途上国のことを考えてあげた方が良かったかと感じています。あくまで、個人としての考えであって、日本政府の立場ではないですが。例えば、資金の問題でClimate changeとか、bio-diversityの様に、新しい環境問題としてとらえると新しい資金が必要となる。しかし、砂漠化の場合、それはいらないというところから交渉を始めています。個人的にはこの点について、新しい資金はいらないにしても(条約の中で)資金の提供についてもう少しポジティブにうたってもよかったのではないかと感じています。
実際、条約を作って何が変わるか? 本当に自分たちの気持ちを新たに、援助のあり方とか、途上国側の政策とかを変えていかなければ、実際上はほぼ変わらないと同じことになる。条約があってもなくてもです。砂漠化防止のプロジェクトは日本の二国間援助の中でもたくさんやっている。たとえば、農水省がニジェールでやっていたり、二国間でナイジェリアの植林とかをやっている。そういうプロジェクトが、条約ができたおかげで効果ある援助になっていって、被援助国と援助国との協力を強化して、よりスムースなものにしていくということが出てこないと、この条約の効果は何もなくなってしまう。実際現場で何が行われるか、条約が本当に意味あるものかどうか、すべてはこれからの話です。我々はいわば交渉役として外交交渉しているわけですから、条約の意味は現場で何かが動かないとどうしようもない。

尾関:どの辺に展望をお持ちですか。
柴田氏:展望というのはすごくペシミスティックにいうと、TICAD(注:東京アフリカ開発会議)でも”自分たちでやらなければならない”ということが強調された。条約を受けて自分たちがプライオリティを変えていって、条約が自分たちの国内政策として反映していく。それがドナーの援助に結びついていく。こういうプロセスがないとダメだと思う。展望と言われるとアフリカはまさしくどう変われるかということになる。彼らが変わっていくことを我々がどう支援していくのかという話だと言う気がしますね。
尾関:実際に条約ができたプロセスやアクションプランを外から見ていると、もたついているなという印象を受けます。あれだけの人数の人がいるからある程度時間がかかるのは仕方ないかと思うのですが、その点は出席されていてどうお感じですか?
柴田氏:実際の現場は、二国間のドナーがいて、FAOとか国際機関も入ってきてと、複雑にはなるでしょう。しかし、National Action Planをつくって実際にうまく回転している国もある。ドイツがやっているし、ナミビアもいいらしい。
被援助国にしてみれば、砂漠化防止だけじゃなくて、いろいろなことをやりたい。プライオリティもいくつもある。だから、ドナー側の働きかけが必要なんです。条約を実行するぞという意思表示が必要になってくるわけです。条約ですから、手続きもめんどくさい。そこを避けていてはだめなんで、参加意識をもつのがプロジェクトを成功に導く一番のことです。条約の中で、そこのところを条約の新たな取り組みとしてやろうとしている。個人的には日本もこういうことを考えてやっていって頂きたいと思っている。それにはNGOがもっとどんどん意見を言わなければいかんのですよ。
尾関:今後の具体的な支援についてお伺いしたいのですが。
柴田氏:具体的な支援策というのは、たとえば今の資金の話はプロジェクト支援の話でしたが、砂漠化防止のために日本の二国間援助でどうするかというのでなくて、この条約作成のプロセスのために、日本は70万ドル拠出すると今回表明した。これはおそらく最大の援助だと思います。
尾関:これまでの拠出金とあわせると1億円になりますね。
柴田氏:120万ドルで日本円にしたら1億円になりますね。考えてみたら大きな援助でしょ。それは何に使われるかというと事務局がいろいろなセミナーやワークショップを開いたりする、セネガルで開催し今度は南アフリカでも開かれるようですが、今度は現場でできた条約をどうしていくかという、まずはNational Awarenessみたいなことを、小地域(Sub-regional)の協力をえてやるための資金支援に使われます。NGOの会議参加にも使われています。
質問:私達も砂漠化防止のためのシンポジウムなどを開いて、砂漠化防止について伝えようとしている。実際にアフリカで砂漠化のことを伝えようとしているのはNGOの場合が多い。実際に柴田さんが7回の会合に参加なさってアフリカや欧米のNGOと接した率直なご感想をお聞かせ下さい。
柴田氏:この砂漠化防止条約について言えば、たとえばCSDなどに比べて、特殊なNGOだけがこの問題に関心をもっていて、全体としてはあまり関心はないのではないかと思えますね。他の条約のプロセスに比べて、砂漠化に関してはアテンションが少ないというのが率直な感想です。たとえば、bio-diversityなどにはたくさんNGOが出てくるでしょう。気候変動などにもたくさんいる。そういう意味で砂漠化防止条約は若干かわいそうだちう印象を持ちます。砂漠化の問題が地域の問題で気候や生物多様性のように地球環境問題だと感じにくいのでそうなるのかもしれないが、砂漠化防止の問題は地道な開発の問題であるから、環境のNGOというより開発のNGOの方にもっと真剣にこの問題について考えてほしいですよ。パキスタンのNGOに会った時にも同じようなことを言ったのですが。実際砂漠化の問題は、ある程度は環境問題であるけれども、本当は開発問題です。そういう観点からもっと関心をもつべきだと思います。それは日本のNGOにも言えることでしょう。

尾関:おっしゃる通り、会議のプロセスにNGO側のアテンションが少ないようです。開発のNGOはあまり会議には参加しないし、アドボカシー型のNGOは砂漠化条約にはあまり関心を示していないようです。
柴田氏:(こういう会議で)実際に現場で働いているNGOに活躍してほしい。日本でも実際にアフリカに出てやっているNGOがあればもっと関心をもってもらいたい。
尾関:実際に議長などを務めていらして、日本のNGOが少ないというのはやはり肩身が狭い思いでしょうか?
柴田氏:他の諸国はNGOのことになると必死になる。しかし、他の会議を見ていても日本のNGOは少ない。今回の会議でも私のやっているセッションではNGOの非常に建設的な意見があった。CST(注:科学技術委員会)について彼らの言っていることはもっともだし、外交団の中でもいい意見はすぐに受け入れられる。だから、非常に建設的ないい意見だったと思う。ああいう意見を我々も求めているのです。我々ができない柔軟な発想がほしい。柔軟な発想が非常にいい意見を作り出すようなNGOのインプットがもっとほしいですよ。

尾関:最後に、柴田さんが考える政府とNGOの関係についてはどうあるべきだと考えますか。
柴田氏:私は東京にいないから実際に東京でどう考えているかわからないが、国連にいるともう少しNGOのアイディアがほしい。例えば、私は今は砂漠化をやっていますが、以前は小島嶼国世界会議をやっていた。そのときに国際マングローブ協会というのがあって、代表の方がたまたまニューヨークに住んでいる方だったので、政府の代表団の一員として世界会議にアドバイザーとして出席していただいたことがあります。非常に助かった。私は東京の事情はいろいろあるだろうが、NGOを非常に建設的なその問題のコアを考えるという視点で捉えるべきだと思う。NGOも政府非難のためにやるのではない。問題の本質から考えて日本のやっていることがだめだったら批判してもいいが、批判するための批判はやめてほしい。小島嶼国世界会議の時に、その先生はマングローブをどう保存するかという具体的な話についてのアドバイスをしてくれた。合同計画を作成するときに非常に役に立った。そういう連携が実際会議に出ている私としてはほしいですね。
尾関:どうもありがとうございました。


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