『アフリカNOW』 No.12(1995年発行)掲載
執筆:アジア経済研究所 望月克哉
民政移管挫折「2周年」
6月12日、無効とされた一昨年の大統領選挙から「2周年」にあたるこの日をアバチャ軍事政権は全土に厳戒態勢を敷いて迎えたが、選挙当時の大統領候補アビオラによる大デモンストレーションが行われた昨年とは異なり、平穏のうちに過ぎていったようである。FEDECOや「民主主義のためのキャンペーン(CD)」や「全国民主化連合(NADECO)」による政府批判は続いているものの、アビオラ本人の逮捕により抗議運動は核を失ったかに見える。民政移管の最後の段階で挫折したナイジェリアに明るい展望は開けるのだろうか。
世界ユース、「ゴール」ならず
アバチャ政権としては人気回復に加え経済面での沈滞ムードをふきとばす材料が必要であった。その起爆剤として期待されていたのが、3月に開催を予定していた17才以下のサッカー、第8回世界選手権なのである。
アメリカのプロ・バスケットボールで活躍するオラジュワンなど、欧米プロ・スポーツ界への選手輩出では名高いナイジェリアにあっても、サッカーは別格。前回のワールド・カップでも準優勝チームのブルガリアを破るなど、ナショナル・チームのめざましい戦いぶりはいまだ記憶に新しい。
ユース選手権はこうしたスター・プレイヤーの予備軍の活躍の舞台であり、若い世代ばかりでなく、国民全体の意気を高揚させる上からもまたとない機会であった。緊縮財政の中で、競技場ほか施設整備には例外的に資金が配分されており、ナイジェリア・サッカー協会(NFA)を中心に国を挙げての準備が進んでいた。
ところが開催も間近にせまった今年2月、国際サッカー連盟(FIFA)はナイジェリアでの選手権開催は保健・衛生上での見地から認められないとの裁定を下した。アフリカ・サッカー連盟(CAF)などの猛反発により、一度は再検討扱いとなったものの、結局、開催期日を過ぎた3月半ばの段階で正式に中止となった。ナイジェリアの人々の落胆ぶりは同情に余りある。もっとも、やり場のなさという点では政府も国民と同様である。多大の見返りが期待された投資が水泡に帰した上に、面目まで失ったからである。
ユース選手権の中止決定をめぐってはさまざまな憶測が飛び交った。当初は諸施設ほか交通手段を含めたインフラの不備を指摘する声が大きかったが、しだいに運営母体に議論の矛先が向かい、ついには政府批判に行き着いた。選手権開催の権利剥奪は国際世論の反映であり、「よい政治」を行っていない軍事政権に対する国際社会の制裁、つまり民主化の遅滞がもたらした当然の帰結と見る向きもある。まさに後知恵ではあるが、後日こうした見方を裏付けるクーデター未遂事件の存在が明らかにされたのだった。
クーデター再び?
政府筋の発表によれば、この事件が発生したのは3月1日であった。当初、政府はこれをひた隠しにしていたが、ようやく10日になってクーデター未遂事件があったことを公式に認めた。公表の遅れは、首謀者を出した陸軍内部の調査に時間を要したためと説明されているが、実際のところは政治的な背後関係をたどるのに手間取ったためと見られている。その証拠として同13日には、軍事政権批判を展開してきた元国家元首オバサンジョが拘禁され、その後も逮捕者は日を追って増えた。6月5日に開廷された軍事法廷には民間人5名を含む22名が出廷したが、7月半ばの段階でその数は50名を越えている。当局はオバサンジョのほかに北部の有力政治家ヤルアドゥアも連座の疑いで拘束している。
国民の期待を集めるワールド・ユースの裏側で政府転覆を狙う分子が動いていたこともショックではあったが、代替開催地となったカタールで無血クーデターが成功するというのは何とも皮肉な符号である。しかも首尾よく政府を転覆したカタール新政権は国際的な承認を受け、他方クーデターを未遂でおさめたナイジェリアの軍事政権は国際的な批判に晒されることとなった。
高まる国際世論
他国の軍事政権同様、アバチャ政権に対する国際社会の見方は厳しい。イギリス、アメリカほか主要ドナー諸国が事実上の制裁措置として人道的支援を除く分野での援助を停止しているが、国際機関を含めてより具体的な事項につき申し入れを始めている。一昨年来、政府批判を続けてきたノーベル文学賞受賞者、ショインカの出国をめぐるフランス政府の介入はいまだ記憶に新しいところだが、3月のオバサンジョの拘禁以来、この数は著しく増している。オバサンジョは民政移管を完遂した軍人国家元首として、あるいは南アの民主化をめぐる「賢人グループ」の一員として国際的に知名度が高い。またカーター元大統領、故福田元首相などとともに「OBサミット」のメンバーとしても知られ、5月に開催された同会合後にはオバサンジョ救済アピールが発せられている。これに続く形で、軍事法廷が審理を始めた6月以降、イギリス、アメリカ、国連ほかによるクーデター関与容疑者への嘆願アピールが続々と発せられている。
もっとも国際社会の圧力はこの事件にのみ集中しているわけではなく、従来アムネスティ・インターナショナルをはじめとする人権擁護団体はナイジェリア政府の人権抑圧に対する非難を繰り返してきた。とりわけ政治犯の取扱いや死刑執行数は具体的な項目としてたびたび取り沙汰されてきたところである。しかしながら国際的な非難にもかかわらず、この7月には武装強盗への見せしめとして大量処刑が行われるなど、政府側は頑なに強硬な態度を崩していない。
地下活動から表舞台へ
現在、最も懸念されるのは反政府活動が昂じてテロ行為に走る勢力が現れかねないことである。実際、5月末にはナイジェリア中部の都市で爆弾騒ぎがあった。市内のスタジアムで「家族支援プログラム」と銘打った生活改善運動のキャンペーンの最中に起こった事件で、参加者の中に犠牲者がでた。政府は同プログラムを全国で展開し、女性を中心に国民の支持を獲得しようともくろんでいる。機先をそがれた形の軍事政権はすぐさま行動を起こし、翌日には有力政治家をはじめ50名余を逮捕、威信回復に躍起となっている。6月末に政治活動が解禁されたことにより、政治に批判的な勢力も政治の表舞台に登場してくるだろう。これがガス抜きになるのか。さらなる過激化を招くのか、なお予断を許さない。