Shooting the present and Editing the future: Participatory video practice with an indigenous association
『アフリカNOW』No.95(2012年7月発行)
分藤大翼
ぶんどう だいすけ:1972年生まれ。信州大学全学教育機構・准教授。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了。専門は映像人類学、アフリカ地域研究。1996年よりカメルーンの熱帯雨林地域に暮らす狩猟採集民バカの調査研究を行い、2002年より記録映画の制作を開始。主な共著は『見る、撮る、魅せるアジア・アフリカ!?映像人類学の新地平』(新宿書房、2006年)、『森棲みの社会誌』(京都大学学術出版会、2010年)。記録映画の最新作はバカの食事をテーマとした”jo joko”。
※ 本稿では、日本語における「ばか」という言葉の使用法に考慮して、一つの民族集団の名称である「バカ」を「バカ族」と表記しています。
はじめに
「肉と米が食べたい」と言うので向かった焼肉屋は混み合っていて、しばらく待たなければならなかった。待ち時間を過ごすために入った近くの喫茶店でパソコンを開け、一本の短い映像作品を見てもらった。見終わったところで、彼は「Tres bien(とても良い)」と言い、続けて「あらゆる問題がまとめられているので集会で使いたい。これを上映したうえで議論するんだ。ぜひコピーが欲しい」と言った。
彼はOKANI(Association OKANIオカニ)という先住民組織の代表で、愛知県立大学主催のイベントに招聘されて来日していた(1)。彼の出身地はカメルーン共和国東部州の熱帯雨林地域。出身民族はピグミー系狩猟採集民の一グループであるバカ(Baka)である。バカ族の多くは、今日では幹線道路沿いで定住的な生活をしており農耕も行っているが、60年ほど前までは、森の中を移動しながら狩猟採集生活を営んでいた。現在でも数週間から数ヵ月にわたって集落を離れ、森の奥で狩猟採集生活をする人たちもいる。
長年にわたって森と共に生きてきた彼らは、近年の伐採や採掘といった自然破壊の進行と、狩猟の規制といった自然保護の進行によって従来の生活が営めなくなってきている。そのような状況を受けて、組織を立ち上げ、バカ族の権利を守る活動に従事する人たちが現れている。その代表的なグループが2005年に結成されたOKANIである。
筆者は1996年よりバカ族を対象とした人類学的な調査研究を行っており、2002年からは調査集落において記録映画の制作を行っている。この間、人々が抱えるさまざまな問題についても知ることとなり、「自分がバカ族のためにできること」を考えるようになった。そして、バカ族の先住民組織のことを知り、先住民組織のスタッフを対象に映像制作のワークショップ(体験型講座)を実施すれば、活動の普及・発展に貢献できるのではないかと考えるようになった。
Participatory Video(参加型映像制作)と呼ばれる取り組みは、人々が映像を制作することを通じて現状を見つめ直し、その状況への積極的な働きかけを促すことを目的としている。このような活動は1960年代半ばのビデオの誕生とともに始まり(2)、1990年代のデジタルビデオの登場によって、近年では世界各地で実践されている。OKANIもまた、2009年よりInsightShareという組織と参加型の映像制作を実践している(3)。
筆者は2011年3月にカメルーンに渡航し、ロミエ(Lomie)という街を拠点としているASBAK(Association des Bakaアスバック)(4)というバカ族の組織において参加型の映像制作を行った。そして「バカ族によるバカ族のための映像作品」を制作した。本稿では、このワークショップの過程を記述し、先住民運動において映像メディアが果たしうる役割について検討する。
映像制作ワークショップ
ワークショップの参加者として、ASBAKから3名(以下ではA、B、Cと記す)とCADDAP (Centre d’Action pour le Developpement Durable des Autochtones Pygmeesカダップ)という、やはりバカ族の権利を保護することを目的とした組織から2名(以下ではX、Yと記す)を招いた。加えて、ワークショップの講師としてカメルーンの映画作家1名と助手1名(以下では講師D、講師Eと記す)に協力を依頼した。主に講師Dが進行を担当し(5)、筆者は状況の観察と記録を行った。以下では時間の流れに沿ってワークショップの内容を記述してゆく(表1)。
(1) 3月21日
始めに、バカ族を対象として制作された2本の映像作品を視聴し、それらの良い点や悪い点について話し合うことによって、自分たちの作品のイメージ作りを行った(6)。次に、バカ社会の問題点をあげて作品の要素を検討した。話し合いの中で多くの問題点があげられたことを受けて、バカ社会の窮状を訴える手紙を書くことを講師Dが提案した。講師Dは多くの問題があることを手紙の形で表現できれば、その手紙が映像作品のシナリオになると説明した。
座学が長くなり疲労感が出てきたということもあり、手紙は明日までの宿題として、撮影の実習を行うことにした。A、B、Cは撮影の技法を楽しげに習得していた。
(2) 3月22日
宿題であった手紙は書き上げられていなかった。この日の朝、CADDAPの2名が到着したこともあり、前日にあげられたバカ社会の問題点を復習し、改めて全員が手紙を書くことにした。これには講師Dも加わった。そして、書き上がった手紙を全員が朗読した。6名の手紙を検討したところ、6名が共通して関心を持っている事柄と個別に関心を持っている事柄が明らかになった。
次に6名の手紙を一通の手紙にまとめる作業を行った。不明な点を議論し、表現を検討した。このシナリオの制作には結局5時間ほどの時間が費やされたが、この作業には出来上がったシナリオ以上の価値があったと、筆者は考えている。なぜなら、この間の議論はASBAKのバカ族の男性たち、CADDAPのマカ族とジメ族の女性たち、そして講師となった首都在住の映画作家という、これまでに顔を合わせることのなかった人々が真摯にバカ社会の問題点について話し合う機会となっていたからである。
シナリオが完成したところで、バカ族の集落における撮影の準備に取りかかった。撮影を行う集落は、話し合いの上でCの出身集落とした。そして、集落を訪れ撮影の趣旨を説明して協力を呼びかけた。この説明がすべてバカ語で行われたことによって、バカ語ができない者には、今回のような制作は極めて困難だということが明らかになった。
(3) 3月23日
前日に訪れた集落において朝から撮影を行った。この撮影はすべてASBAKとCADDAPのメンバーが行った。前日の説明のおかげか、集落の人々はとても協力的だった。その後、町に戻って撮影した映像をパソコンに取り込む作業を行った。映像編集ソフトを使って作品に使えそうなシーンを選んでファイル化する作業には、講師Eの指導のもとCADDAPの2名のみが従事した。ASBAKの3名は、作業の進行をそばで見ているだけだった。編集作業に入ったところで各人のパソコン操作の習熟度が露わになった。この後、粗編集を行ないシナリオに対して不足している映像が明確になったところで、追加の撮影を行った。
(4) 3月24日
パソコンを使って映像編集の実習を行った。しかし、編集作業は参加者にとってたいへん難しかったようで、Xは途中で作業を放棄した。この実習では、編集作業の概略を知ってもらうことしかできなかったため、作品の編集は、ほぼすべて講師Eが深夜にかけて1人で行うことになった。
編集作業と平行して、フランス語のシナリオをバカ語に翻訳する作業が行われた。バカ語にしづらい表現が多く作業は難航したが、数時間を経て完成した(7)。台本を持って近くのラジオ局に行きスタジオで録音を行った。これで映像作品に必要なすべての素材がそろった。
(5) 3月25日
最終日の朝を迎えて、ついに5分ほどのフランス語版とバカ語版の作品が完成した(8)。完成作品の上映・討論には、カメルーンの大学院生が1名参加してくれた。CADDAPの2名は都合により不参加となった。
視聴後、感想を順に話すことにした。Aからは「良い」ということ以外は明確な感想が聞かれなかった。Bはバカ語版があるためバカの人々にとって分かりやすいものになっていることを高く評価した。また、作品全体がバカ族によって書かれた手紙のようになっているため、メッセージがよく伝わると思うと述べた。そして、人々の問題意識を喚起する上で役に立つだろうと締めくくった。Cはワークショップによって、初めてカメラの扱いや撮り方が分かった、自分でもできるということが分かったと述べ、このワークショップで得たことをこれから生かしてゆきたいと話した。
大学院生は、まず映像が安定しており見やすかった点をほめた上で、次にシナリオの内容については、バカ族とバントゥー系の近隣の民族が対立的に描かれていることを不適切ではないかと指摘し、相互理解が可能な間柄として描く必要性を指摘した。講師Dは、その指摘を受けて、映像制作が共同作業であったようにバカ族とバントゥー系も同じ共同体に生きる者として協調することが必要ではないかと述べた。そして、ワークショップを通じて作品が完成したことで、この作品をもとに新たな作品を制作することができるはずだと述べた。
この討論をもってワークショップの全工程は終了した。作品は、修正したものをDVDに収録し、後日ASBAKとCADDAPに贈った。
問題点
(1) 費用
事前の話し合いで、こちらは無償で映像制作の技能を教授すると伝えてあった。そのため、参加にかかる費用については、各組織が負担してくれるものと思っていた。しかし、ASBAKにせよCADDAPにせよ、持ち込まれた企画において支出するつもりはまったくないという感じだった。結局、こちらがすべての費用を負担することにしたが、この認識の齟齬には今後十分な注意が必要だろう。
(2) 映像制作の習得
今回のワークショップを通じて、撮影技能の習得は容易であるのに対して、編集技能の習得は極めて困難であることがよく分かった。結局、今回は講師が編集を行ったため、制作された作品は、先住民組織の人々が制作した作品だとは言い切れない結果となってしまった。しかし、編集作業の難しさを踏まえれば、今後も技能のある者が参加者と共に試作品を検討し、問題点を明らかにして、編集を行うという方法が有効だと思われる。そして、その上でも先住民組織の人々が、編集を含め一通りの作業を行った経験は役に立つに違いない。
(3) 期間
今回は5日間の日程でワークショップを実施したが、この期間は最短にして最長だったと思う。これ以上短ければ、初心者を対象としたワークショップにおいて作品を完成させることはできなかっただろうし、長ければ、費用や参加者の意欲が持たなかっただろう。
今回制作した作品は、シナリオについてはさらなる議論を呼ぶという点においても優れた成果となっている。しかし、映像についてはシナリオに対する適切さや効果を検討すれば、大いに改良の余地が残されている。作品の質を向上させるためには、技能のある者が協力し、時間をかけて手直しをする必要があるだろう。
今後の課題
今後の課題は、今回のワークショップの事後評価、追跡調査である。この調査は先住民組織の活動全般を解明する方向にも展開させなければならないだろう。先住民組織の活動をサポートすれば、先住民の権利を守ることができるという前提についても検討が必要である。本ワークショップの意義もまた、その点において根本的に問い直されるかもしれない。
作品は最終的に筆者が帰国後に修正し、日本語版とフランス語版が完成している。今後は作品の上映と討論の実施を通じて、先住民組織の活動を支援してゆきたいと考えている(9)。映像は、ある事柄を人々に見せ、聞かせる力を持っている。普段、人々が目を背けているような事柄、口にできないような事柄も、映像の中では描き出し、語り聞かせることができる。そして、そのことによって視聴者が現実と向き合い、互いに話し合うことを可能にする。例えば、アフリカの地域社会においてHIV/AIDSに関する映画の上映が、問題の開示と解決への取り組みを促す上で有効であったという報告などがあげられる(10)。上映と討論を通じて新たな課題が明らかになれば、新たな映像作品の制作を含めて、事態の改善に向けて共同することができる。
筆者が主催した参加型の映像制作は、いわば対象となる人々への「干渉・介入」である。学術的には、このような応用性の高いアプローチは承認されにくい状況があるが、映像を活用した「干渉・介入」の試みが、「応用映像人類学」的研究として成果をあげ始めている(11)。
そして、はじめに
焼肉屋の順番が気になってパソコンを閉じた筆者に向かってOKANIの代表は話し続けた。「この作品はバカ族が抱える『問題』を描いている。次はその『解決策』を示さなければならない。バカ族自身による解決策を。バカ族について書かれたものはたくさんあるが、ほとんどのバカ族は読むことができない。けれども、映像であれば大勢の人々が視聴して理解できる。そして、みんなで議論することができる。それがなによりも重要なことだ。映像によってバカ族のコミュニティーを変化させることができる。今日、私たちは、そういう段階に入っているのだ」。
アフリカの人々が直面している問題に共に向き合い事態の改善をはかってゆく上で、参加型の映像制作は有効な手段となりうる。筆者は今回の試みを通じて明らかになったことを踏まえて、新たな課題に取り組んでゆくつもりである。
謝辞
本稿のもととなった調査は信州大学の平成22年度若手研究者萌芽研究支援事業の助成を得て実施した。また、本稿は成蹊大学アジア太平洋研究センターが発行している『アジア太平洋研究』No.36(2011年)に掲載された「先住民組織における参加型映像制作の実践-共生の技法としての映像制作」という拙稿をもとに執筆した。
(1) 2011年10月29日から11月2日にかけて開催された「森と草原の地球教室:自然と文化の大交流」。
(2) Shaw, Jackie and Robertson, Clive, Participatory Video: A Practical Approach to Using Video Creatively in Group Development Work, Routledge,1997.
White, Shirley A., Participatory Video: Images that Transform and Empower, Sage Publications, 2003.
(3) ”Baka People: Facing changes in African forests”
http://insightshare.org/watch/video/african-forests
https://www.youtube.com/watch?v=AgerTDO4r6M
(4) ASBAKは1999年に設立され、現在は11のバカ族の集落によって構成されている。組織の目的はバカ族の権利を守ることであり、周辺化されている状況や、同じ地域に居住し主に農耕を営んでいるバントゥー系の民族に従属している関係を改善することなどとしている。そして、そのために自ら農耕に従事することや学校教育を受けることなど、自律に向けてのさまざまな取り組みを援助団体の支援を受けながら進めている。
(5) ワークショップはフランス語で行われた。
(6) 筆者はこれまでにバカ族を対象とした数々の記録映像を視聴してきたが、バカ族の人々と共に視聴し、コメントを聞く機会はとぼしかったため、たいへん有意義なワークショップとなった。
(7) 最終的に訳しきれずフランス語の言葉が残ったのはdroit(権利)とcitoyen(市民)を意味する言葉だった。
(8) 後に筆者が検討したところ、映像と語りが一致していない箇所がいくつかあることが発覚した。筆者はバカ語による朗読とフランス語のシナリオとの対応が分かるように資料番号を付けるなどして作業をサポートしたが、やはりバカ語が理解できない者による編集には限界があった。
(9) 作品はYouTubeの筆者のチャンネルで公開する予定である。
http://www.youtube.com/user/emboamboa/videos
(10) Susan Levine, “Step for the Future: HIV/AIDS, Media Activism and Applied Visual Anthropology in Southern Africa” in Pink, Sarah (ed.), Visual Interventions: Applied Visual Anthropology, Berghahn Books, 2008.
(11) Pink, Sarah (ed.), Visual Interventions: Applied Visual Anthropology, Berghahn Books, 2008.
(表1 映像制作ワークショップの工程)
3月21日
1,既存の映像作品の上映・討論 2, バカ社会の問題点の列挙 3, 撮影実習 備考:ASBAKの3名で開始
3月22日
1,シナリオの作成 2,三脚を使った撮影実習 3, 集落における撮影の趣旨説明 備考:CADDAPの2名が参加。
3月23日
1,集落における撮影 2,撮影した映像の粗編集(パソコンへの映像データの取込) 3, 追加撮影 4, シナリオ朗読の録音
3月24日
1,映像編集の実習 2,仏語のシナリオをバカ語に翻訳 3,シナリオ朗読の録音
3月25日
1,仕上げの編集 2, 完成作品の上映・討論 備考:CADDAPの2名が辞退。カメルーンの人類学者1名が参加。