執筆:高瀬国雄
2008年に発行した『アフリカの食料安全保障を考える』をウェブ化しました。
アフリカ食料不足の主因と、緊急支援の激増
1、
2002年12月27日付、FAOプレスリリースによれば、現在世界の39ヵ国が深刻な食料不足に直面している。その数は、第一回見通しが出された本年5月時点の34ヵ国とくらべて、5ヵ国増加している。39ヵ国の内訳は、アフリカ24ヵ国(62%)が、圧倒的多数を占めている。とくに南部アフリカでは、2年続きの不作から、食料事情が悪化しており、1,400万人が緊急に食料支援を必要としている。また東部アフリカでも深刻な食料不足が発生している。西部アフリカでは、ほとんどの国で平年作であるが、内紛の続くリベリアでは、コメ生産が落ち込んでいるほか、最近社会不安から農民逃避の起きているコートジボワールでは、天候不良も相俟って、コメ生産が前年を20万トン下回る80万トンに止まっている。中部アフリカでは、中央アフリカ共和国および、コンゴ民主共和国で、内戦のために国内避難民が発生している。
2、
最近20年のFAO統計によれば、食料不足の起こる人的原因が、1984年には10%だったものが、1991年には30%、1994年には49%となり、1999年には53%となっている。国連支援システムの開発や、ドナー国の意識の高まりなどにより、自然災害によるものは、早期警報システムの発動による防止など、緊急救済措置がとられることが可能となった。しかし内戦・難民などに起因する食料不足はますますひどくなり、救済措置にも限度が見られる。FAOが1996-2001年の6年間に、サブサハラ・アフリカ19ヵ国を襲った食料不足の原因を総括した表に基づき、それぞれの国の人口を、単純に掛け算してみると、内戦・難民など「人的要因」によるものが44%、「干ばつ」など自然災害によるものが38%、合計82%となっており、この二つが現在アフリカ食料不足の主因といえる。
3、
2002年11月19日、FAOの発表によると、2003年国際連合機関間統合アピールの農業分野担当機関として、FAOは食料危機状態にある17ヵ国に必要な緊急支援の最低額として、8,850万ドルを要請した。そのうち、アフリカは10ヵ国(スーダン、アンゴラ、コンゴ民主共和国、ウガンダ、シエラレオネ、ソマリア、エリトリア、ブルンジ、ギニア、リベリア)と1地域(西アフリカ)で、約5,700万ドル(65%)も占めている。その内容は、種子、農具、肥料および獣医薬品の配布と、基礎的技術援助で、最貧国の人々に、食料自給を取り戻すチャンスを与えるのが目的で、食料援助に継続的依存の気持ちを助長させるものであってはならないとしている。
4、
アフリカの主要食料作物は多彩である。1992年の生産量順に並べると、(1)メイズ「とうもろこし」(41%)、(2) キャッサバ(19%)、(3)ソルガム(15%)、(4)ミレット(10%)、(5)コメ(10%)、(6)小麦(5%)となる。各国の第一位主食作物は多様である。しかし、これらの単位面積あたりの収量は、1997年現在世界途上国平均値の約45%にすぎない。作物別には、(1)キャッサバ(83%)、(2)ミレット(82%)、(3)小麦(57%)、(4)ソルガム(56%)、(5)コメ(40%)、(6)メイズ(32%)の収量比率となっている。
5、なぜ、このように低いのか
アフリカ日本協議会の食料安全保障研究会(半澤和夫、日本大学教授が主査)で、2001年8月から2002年9月まで、7回の公開講座を実施したが、その成果をも含めて、次のような論点が指摘できると思われる。
●アフリカの第一位主食作物であるメイズについて、1966年~90年までに、300種のハイブリッド改良種が産出されたが、それを今日まで適用しているのは、10ヵ国にも満たない。Marvin P. Miracle 著のMaize in Tropical Africa,(1966)によると、ジンバブエの白人農場のメイズは、3-5ton/haであるのに対し、アフリカ人小農場では、1-1.5ton/haに過ぎない。農業技術の進歩は、地元農民の持続的努力なしには成立しない。
●土壌肥沃度と肥料: 南・東部アフリカ湿潤地域では、メイズを1年間生産させると、30kg/haの窒素と、20kg/haのカリウムが消費される。アフリカの施肥量(化学肥料)は10kg/haで、全世界途上国平均の83kg/haより、はるかに低い。
●種子配給、市場、価格制度: 1980年代から始まった世銀・IMFの構造調整により、国営制度から市場経済への移行が進められたが、まだその成果は見えない。少なくとも、これまでの中期的には、メイズの自給国であったマラウイ、ケニアは輸入国へ転落、ザンビアは輸入倍増となっている。
●その他の諸要因: 途上国の農業政策のほとんどが、ドナーに一任であった。すなわち、政治意志の欠如、インフラの不整備、土地所有制度上のインセンティブ不足、小農経営の指導不足、エイズなどの感染症による死亡、労働力不足と継続的雇用のミスマッチ、個々の技術に焦点をあてたものの総合政策を持たなかったことなど、農村開発政策のイロハに大きな問題点があった。
6、「NEPAD行動計画(2002年7月)」の新方向
●2001年10年作成のNEPAD初版では、優先順位が、(1)インフラ、(2)教育、(3)健康、(4)農業であったが、2002年7月に改訂された「NEPAD行動計画」では、優先順位が、(1)農業と市場アクセス、(2)人間開発(教育、健康)、(3)インフラ、(4)環境 となっている。ここに来て、農業の優先順位が一挙にトップとなったのは、たぶん2000年6月のFAO会議、同年6月のカナナスキスG8サミット、同年7月の世銀新戦略などで、その重要性が認識されたからと思われる。これは歓迎すべき改善であった。
●ちなみに、「NEPAD行動計画」において、次のような危機感がやっと認識された。1990-92年には、1.7億人が慢性飢餓人口であったが、1997-99年には、2億人(アフリカ総人口の28%)に急増している。それに伴い、2000年のアフリカは、187億ドル/年の輸入食料の他に、280万トン(世界合計の約4分の1)の食料援助をWFPから受けている。
●アフリカが2015年のミレニアム目標を達成するためには、合計1,715億ドルの投資が必要である。その内訳は、①土地・水資源の拡大2,000万haに370億ドル、②1,500万人の小農への増産技術協力に75億ドル、③インフラと市場建設に900億ドル、その維持管理に370億ドルである。
●この金額は、FAOが必要と考えている農業開発計画の合計(2,400億ドル)の数字と比べると、その72%に相当しているが、それでも1999年ODA農業投資($1.1billion x 14年=154億ドル)の11倍の巨額である。現実のODA額は、NEPADの農業開発計画必要額にはるかに及ばない。
アフリカ食料長期計画の出発点としてのTICADの役割
1、現状とNEPAD行動計画との大きなギャップ
今仮にヨハネスブルグ・サミットの途上国要求額として、「先進国GNPの0.7%が実現し、かつODA全体に占める農業予算が7%でなく、20%に達したと仮定しても、アフリカODAに占める農業予算は、154億ドル×0.7%/0.2%×20%/7%=1,550億ドルとなって、「NEPAD行動計画」の農業開発目標額(1,715億ドル)にも及ばない。もちろん「NEPAD行動計画」でも示しているように、この全額をODAから支出する必要はなく、政府予算、民間投資、貿易収入などを含めて調達すればよいのである。しかし政府予算、民間投資を可能にするようなアフリカ経済・社会への信頼を構築し、安定させることが前提となる。いずれにしても、現状と「NEPAD行動計画」の間のギャップは、一桁違いの大きさであることは確かである。このギャップを埋め、アフリカ食料長期計画を、「2015年ミレニアム目標年」までに達成するには、その出発点としてのTICAD提言の中に、つぎのような基本構想を明確に打ち出しておくことが不可欠である。
2、食料不足の最大原因である「内戦防止」に全力をあげる
これまでに明白になったように、途上国政府は、国内の貧富格差現象や、エイズの蔓延、失業率の高さ、民族対立など、内戦の原因となる政治、経済、社会的改革に全力をあげることが必要で、また、ドナー諸国や国際機関も、国際協力の大前提としての民主的統治能力の育成、場合によっては国連を通じての紛争解決にも積極的に協力することが必要である。
3、アフリカ農業における食料生産の優先性を確立する
数百年にわたる植民地時代の習慣を引きずって、アフリカ農業は、輸出用商品作物(コーヒー、ココア、綿など)に重点がおかれ、食料作物(メイズ、イモ類、ソルガム、ミレット、コメ、小麦、豆など)は軽視されてきた。これはとりもなおさず、アフリカ小農の大部分を担っている女性の貢献を軽視することにもつながる。その結果として、技術水準も低く、1990年代までに「緑の革命」を経験したはずのメイズでさえ、アフリカ人小農生産では、世界単当収量の32%という現状である。それに必要な国家予算も農業には数%しか割り当てられていない。
【参考】
アフリカ日本協議会 食料安全保障研究会/公開講座(2001年8月~2002年9月) http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/fs_meeting.html#7r