新たなリーダーたちは国際保健の「空白の時代」を乗り越えられるか
国際保健セクターは、2000年の国連ミレニアム宣言・ミレニアム開発目標(MDGs)から2016年の「持続可能な開発目標」に引き継がれて20年以上続いた、比較的「恵まれた」時代が終わりつつあり、先行きが見えない「過渡期」へと移行しつつある。過渡期において、新たな時代の構築に向けた方向性を決めていく上で重要なのは<リーダーシップ>である。国際保健セクターを左右する主要な国際機関のリーダーの選出と交代のプロセスが、2026年から27年にかけて少なくとも3つ行われる。
国連は2017年から国連事務総長を2期務めているアントニオ・グテーレス氏(元ポルトガル首相)の次の事務総長の選挙を2025年から26年にかけて実施し、新事務総長は2027年初に就任する。「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現」など保健に関する包括的な目標・ターゲットが含まれる、2030年を期限とする「持続可能な開発目標」(SDGs)を継ぐ新たな目標の策定は、次期国連事務総長にゆだねられる。
2026年には、国際保健に関する多国間の資金拠出機関の中で最大の規模を誇る世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)のピーター・サンズ現事務局長の後任となる新事務局長の選出も行われる。選出は2026年10月の第56回理事会において行われ、選出された新事務局長は2027年初から任務に就くこととなる。
最後に、国際保健全体を差配する世界保健機関(WHO)の事務局長選が2026年4月から開始される。2017年からWHO事務局長を務めるエチオピアのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス氏の後任となる新事務局長は、2027年5月の世界保健総会で選出され、8月から任期を務めることとなる。新たに選出されるこれらの機関の長がどの様なリーダーシップを発揮するかによって、国際保健の新たな時代がより良いものとなるかどうかが決まっていくのである。
国連事務総長選:新事務総長は国連の危機を救い、意味ある「ポストSDGs目標」を策定できるか
2027年から31年までの5年間が第1期目の任期となる国連事務総長の選出プロセスは、2025年11月に国連総会議長と国連安保理議長が加盟国に候補者の推薦を呼びかける書簡を送付したことにより、公式に開始された。4月1日に立候補受付が締め切られた後、4月20日の週に、候補者と加盟国の対話セッションが行われ、これを踏まえた選考がまず安全保障理事会により行われ、安保理から国連総会に勧告がなされ、その後、安保理と国連総会の調整の上、国連総会で国連事務総長の選出に関する決定が承認され、2026年の第4四半期(10-12月)の間に新事務総長が任命されることとなる。
新たな事務総長は第10代目となるが、これまでの事務総長が全員男性であったことから、今回は女性の事務総長選出が期待されている。また、1982年から10年間務めたペレス・デ=クエヤル第5代事務総長(ペルー)以降、アフリカ(ブトロス=ガーリ(エジプト)、コフィ・アナン(ガーナ))、アジア(パン・ギムン(韓国))、欧州(グテーレス(ポルトガル))と続き、米州から事務総長が出ていないことに鑑み、中南米・カリブ海からの候補者の選出の可能性が高いということで、この地域からの立候補が目立つ形となっている。現在、公式に立候補しているのはチリ・メキシコ・ブラジルから推薦されたチリのミシェル・バチェレ元大統領、南アジアのモルディブが推薦したアルゼンチンのビルヒニア・ガンバ・国連事務総長特別代表(子どもと武力紛争担当)、アルゼンチンが推薦したラファエル・グロッシIAEA事務局長、コスタリカが会推薦したレベカ・グリンスパン・マユフィス国連貿易開発会議(UNCTAD)事務局長(元コスタリカ第2副大統領)、アフリカのブルンディが推薦したマッキー・サル・セネガル前大統領の5名である。この5名以外に、出馬が噂されている人物として、バルバドスのミア・モトリー首相、ナイジェリアのアミーナ・モハメッド国連副事務総長、オーストラリアのケヴィン・ラッド元首相、ブルガリアのゲオルギエヴァIMF専務理事などの名前が挙がっている。
新事務総長は就任した途端に米国トランプ政権の緊張関係の下に置かれる。トランプ政権は安保理からは脱退していないものの、当初ガザの復興を目的に米国主導で設立された「平和評議会」(Board of Peace)について、その目的をガザに限定せず、より一般的な機構としつつ、トランプ大統領を終身議長とし、理事をトニー・ブレア英国元首相以外は全員米国人で固めた。また、多くの国連機関から脱退し、国連への資金拠出を拒んでいるため、国連は極度の財政難に置かれている。設立以来最大の危機を迎える国連は、同時に2027年9月の「SDGsサミット」(持続可能な開発ハイレベル政治フォーラム首脳会議)で、2030年以降の世界の開発・環境・社会の目標の策定を本格化させることとなる。
グローバルファンド事務局長選:当事者の尊厳・権利と資金確保・技術革新の両立という隘路を進み続けられるか
世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)の事務局長選は、ちょうど国連事務総長選と同じタイミングで開催される。一期目の任期は2027年から30年末までの4年間で、2026年10月に開催される理事会で選出される。選出プロセスは2026年2月に始まり、立候補受付は4月26日を期限としている。立候補者の登録と管理は世界的な人材コンサルタント企業であるラッセル・レイノルズ・アソシエイト社が行い、2025年12月に組織された事務局長選考委員会が、立候補者を4~5名のショート・リストに絞り込み、そのうえで、10月の理事会での投票で、現在のピーター・サンズ事務局長に代わる新事務局長が選出される。
グローバルファンドの初代事務局長を務めたのは、ロンドン大学熱帯医学校の学長を務めたリチャード・フィーチャム氏(英国)で、初期の組織的成功を導いたが、若干の利益相反などの問題もあり1期で退いた。二代目はフランスのHIV/AIDS対策でリーダーシップをとったミシェル・カザチュキン氏(フランス)で、当時の欧州主導の「援助効果」をベースとしてグローバルファンドの戦略をリードしたが、2008年のリーマンショック、世界金融危機の中、国レベルでの不正な資金流出の監理が不十分であったとの指摘から組織の大改革が始まり、2012年に退任。この改革は臨時に「総支配人」(General Manager)に任命された米・スペインのソブリン銀行(現:サンタンデール銀行)のガブリエル・ハラミージョ氏(コロンビア)によって執行された。この改革は2013年に新たに事務局長に就任したマーク・ダイブル氏(米国)によって完成、2017年に英スタンダード・チャータード銀行の元最高経営責任者(CEO)ピーター・サンズ氏が事務局長に就任、現在まで2期務めた。
サンズ氏の後任の選出のガイド役を務める「事務局長選考委員会」は6名の理事と1名の民間人で構成される。委員長は民間財団代表理事のキエラン・デイリー氏(ゲイツ財団)。副委員長は長年コミュニティ代表団の幹部を務めてきたアルゼンチンのハビエル・べロック氏。他に実施側ブロック(途上国)から西・中央アフリカ理事のムハンマド・パテ・ナイジェリア保健相と南東アジア理事のダンテ・サクソノ・ハルブウォノ氏(インドネシア副保健相)、ドナー側ブロックからタニア・ロジャー・ヴォルウェルク・ドイツ経済協力・開発省副長官と米国国務省世界保健安全保障・外交局副事務局長のママディ・イラ氏、そして民間人として参加するのが「妊婦・新生児・子どもの保健パートナーシップ」(PMNCH)のキャロル・プリサーン事務局長(英国)となっている。同委員会は10月の理事会に向けて候補者を4~5名まで絞り込む役割を果たす。
MDGs・SDGsの時代を通じて三大感染症の終息に向けて大きな成果を出してきたグローバルファンドも、現在、岐路に立っている。新たな医薬品や技術開発の成果を導入しつつ、多くの国々で三大感染症対策を一般の公共保健サービスに統合しグローバルファンドからの「卒業」を促進しなければならず、その一方で、社会的な差別や迫害を受けてきたMSM、セックスワーカー、薬物使用者、移民といったコミュニティの人権と主体性を尊重し、サービスへのアクセスを維持・発展させなければならない。うっかりすると相反しかねないこの課題を、より少ない資金で両立させていくためには、新事務局長の強いリーダーシップが不可欠である。
来年選出されるWHO新事務局長は「空白の時代」から新たな時代への移行を成し遂げられるか
2027年には世界の保健政策全体の舵取り役である世界保健機関(WHO)の事務局長選が行われ、コロナ危機と米国の脱退や、医薬品アクセスをめぐる南北対立の深刻化を剛腕で凌いできたエチオピアのテドロス事務局長の後任が選出される。こちらは、2026年4月から立候補者の推薦受付が始まり、選挙運動が開始される。2027年に入ると、執行理事会で候補者を3名に絞り込み、5月の世界保健総会で投票にて新事務局長を選出、8月に正式に就任することとなる。
WHO事務局長選はまだ立候補者の受付期間が始まっていないにもかかわらず、すでに多くの候補者の名前が、先進国、途上国それぞれから下馬評と共に上がってきている。1946年に発足し、今年で80周年を迎えるWHOはこれまで、多くの事務局長が10~20年という長い任期を務めてきているが、途上国出身の事務局長は第2代のカンダウ事務局長(ブラジル)と現職のエチオピアのテドロス事務局長のみである。しかし、現職が途上国出身であることから、次期事務局長候補には、ジェレミー・ファラーWHO首席サイエンティスト(元ウェルカム・トラスト事務局長・英国)、カール・ラウターバッハ・ドイツ前保健相、アンヌ=クレール・アンプルー・フランス国際保健大使など英・独・仏を中心に先進国の国際保健リーダーが名を連ねる。他には、米国が残留する米州保健機関(PAHO)事務局長で米国呼び戻しに力を発揮しうるとされるブラジルのジャルバス・バルボーザPAHO事務局長、インドネシアの銀行家出身で東京でも勤務経験のあるブディ・グナディ・サディキン・インドネシア保健相、GAVIアライアンスの最高経営責任者を務めるサニア・ニシュタール・パキスタン元保健大臣などがグローバルサウス側の有力な候補者として挙げられている。
WHOも米国の脱退で極端な資金不足に直面しており、また、パンデミック条約交渉にみられるように、医薬品アクセスや製造能力強化をめぐる先進国と途上国の南北対立の激化をどう調停していくかといった困難な課題を抱える。さらには、ポスト・コロナにおける反ワクチン・反科学主義的な潮流や多国間主義への反発と一国主義的傾向をどう克服して、グローバルな保健政策のリーダーシップを再確立していけるかといった難問が立ちはだかる。「古いものは死に絶えつつあるが、新たなものの誕生は見えない。かかる空白の時代には、実に様々な病的な兆候が生まれる」とは、イタリアの思想家アントニオ・グラムシの箴言であるが、この言葉は、SDGsの終焉のとば口にある現代の国際保健の状況を見事に言い当てている。空白の時代を新しい時代へと移行させる力量を、これら新たに選出されるリーダーたちが持ちうるかが問われている。












