「戦略的転換」は機能するか?

途上国のエイズ・結核・マラリア対策や保健システム強化に資金を拠出する国際機関、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)の第8次増資プロセスは、合計129.4億ドルを確保することでいったん終了し、2月の第54回理事会を経て、この資金によって2027-29年の3年間で実施する第8次資金サイクルの案件形成プロセスへと移行している。確保した資金のうち、各国に配分される中核資金は107.8億ドルで、これ以外に、民間財団・企業等からの資金3億ドル余を含む5.6億ドルは、複数国にまたがる案件や緊急案件、革新的な保健製品の普及など「新世代の市場形成」(Next Gen Market Shaping)、人権・ジェンダー障壁へのアプローチ、コミュニティの参画促進など優先課題に資金を拠出する「触媒的投資」(Catalytic Investment)に充てられる。案件形成プロセスは、27年初頭から事業を開始できるように、26年を通じて行われる。
グローバルファンドの案件形成プロセス
グローバルファンドの案件形成プロセスは、おおむね、次のように行われる。
(1)配分資金額の通知
グローバルファンドの案件形成はまず、拠出適格国に対して配分される資金額や方針を示す「配分通知書」の送付から始まる。拠出適格性の判断は各国の1人当たり国民所得と疾病負荷の二つの要素で判断される。世界銀行の所得別国分類で低所得国、もしくは下位中所得国に分類される国は、疾病負荷の如何を問わず拠出適格国となるが、上位中所得国の場合は、疾病負荷が軽い場合は拠出適格国とはならない。拠出適格国への資金配分は、疾病負荷や、他のドナーによる資金の多寡などを考慮しつつ、まず特定の公式で算出し、調整した上、3月初旬までに各国に伝えられる。伝えられる内容はグローバルファンドからの拠出金額に加え、各国が「協調投資」(co-financing)として拠出すべき金額や各国で優先すべき課題、将来的なグローバルファンド資金から自国の国家予算等に移行する道筋や時期的な目途などである。
(2)各国での案件形成プロセス
各国はこの配分通知書の内容を踏まえ、事業案を形成した上、定められた日時までに資金申請書を作成してグローバルファンドに提出する。提出期限は6月8日(早期承認向け)、7月27日、10月5日の3つが設けられている。この資金申請に向けて、各国は、グローバルファンドの案件形成・実施・評価を監督する「国別調整メカニズム」(CCM)を中心に、包摂的な国内対話を行い、なるべく多くの関係者の意見を反映させる必要がある。また、資金申請の内容は、各国の国家保健戦略などに沿ったものである必要がある。また、第8次資金サイクルは案件形成から承認までの時間が短いこともあり、申請書の書式が簡略化されているほか、早期に資金受領機関(Principal Recipient:グローバルファンドからの資金を受け取り、事業を行う中心的な団体。保健省、NGOをはじめ、様々な団体が務めている)を指名することで、審査後の契約交渉を迅速化する「実施準備完了型申請」(Grant-Ready Funding Request)という方法も取れるようになった。
(3)技術審査委員会による審査から契約まで
提出された資金申請書は、グローバルファンドに設置された、案件審査のための独立した専門家の委員会である「技術審査パネル」(TRP)で審査される。TRPは案件の戦略的な焦点、技術的な適切性、課題へのインパクト、および持続可能性に向けた取り組みなどを中心に審査し、事業案件化に向けた次のプロセスへの移行、もしくは申請書の改善を各国に勧告する。事業案件化に向けては、グローバルファンド事務局と資金受領機関が適宜交渉を行い、目標や指標などを決め、グローバルファンドに設けられている「案件承認委員会」(Grant Approval Committee)による案件承認を受けた上、資金受領機関、国別調整メカニズム、さらに理事会の承認を受けた上でグローバルファンド事務局が承認を行って案件が成立する。
126億ドルは「健闘」しかし深刻な資金不足状況は変わらず
グローバルファンドが第8次増資において126.4億ドルの資金を確保したことについては、米国の援助停止や国際開発庁(USAID)の破壊、また他のドナー国の資金削減傾向などに象徴される圧倒的に否定的な状況に照らして、「大きな成果」として称える人が多い。しかし、180億ドルという目標に比較すれば3分の2強、第7次増資(2022年)の実績である157億ドルからすると30億ドル減ということで、資金的に過酷な状況であることは明らかである。これを踏まえ、グローバルファンドは第8次資金サイクルにおいて、拠出対象国の将来的な「自立」に向けた、3つの「戦略的な転換」(Strategic Shift)を図ることになった。以下がその3つである。
- 各国のに配分できる資金額の減少を踏まえ、「資源に乏しく疾病負荷の高い国」に資金を集中させること
- グローバルファンドから各国の自国財源への「移行」に向け、予測可能な形で計画を作ること
- 動員可能な資源を優先順位の高い事項に集中的に振り分けること
3つの「戦略的転換」への懸念の声
しかし、この「転換」については、特に現場で三大感染症に取り組む市民社会・コミュニティ関係者からは、多くの危惧の声が寄せられている。例えば、貧困で疾病負荷が高い国への資金集中は、逆に言えば、所得が一定水準に達し、国全体としては疾病負荷が高くない国の優先順位は低くなることを意味する。これらの国はアジアや東欧、中東、中南米などに多いが、国民所得(GNI)を人口で割った「1人当たり国民所得」が上昇しても、租税システムが不完全であったり、コロナ後の債務の急拡大で巨額の債務支払いに追われる国々では、抜本的な保健投資の増額は難しい。
また、男性とセックスをする男性(MSM)、セックスワーカー、薬物を使用する人々、移民労働者など、社会的・制度的な差別にさらされやすいHIV関係の「対策の鍵となる人口集団」(Key population)や小児・妊婦などマラリアに脆弱な人々、集団的に結核に感染しやすい不安定な立場に置かれた労働者などは、保健に活用できる公的資金が減少すれば、真っ先に放り出されるのが常である。グローバルファンドから各国の保健システムへの「移行」についても、これらの人々の「移行先」が各国の保健システムに用意されているかは疑わしい。
一方、特にマラリアは気候変動や、介蚊・病原体などの殺虫剤や医薬品に対する耐性の拡大によって「再流行」が拡大する地域も出てきているが、こうした「再流行」状況にある国がグローバルファンドの資金を活用できないようになることもあり得る。
もう一点、グローバルファンドは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに対応して、「COVID-19対応メカニズム」(C19RM)を設置した。各国はここ数年はこの資金をHIVや結核・マラリア対策の一部に充当したり、保健システム投資に活用してきたが、これが2026年12月で終了する。この終了が、各国の保健財政の「財政の崖」を作り出し、サービスの持続性が大きく損なわれることが危惧されている。
このように、資金が乏しい状況の中で問われるのは、抽象的な「戦略の転換」といった表現ではなく、「集中」「移行」「効率化」によって、各国で特に三大感染症の脅威にさらされている人々が本当に適切な保健医療サービスにアクセスし続けられるかどうかということである。そのためには、指標の整備、確実な検証、そして保健医療アクセスの保証が明確に行われなければならない。
フランスも日本に次ぎ拠出額を半減=革新的手法の導入は可能か
グローバルファンドが第8次資金サイクルで使える資金が、これ以上増えることはないのか。2月中旬、グローバルファンドへの大拠出国の一つであったフランスの誓約額が明らかになったが、その金額は6.6億ユーロと、前回と比較して6割、10億ユーロの減となり、フランスの市民社会の憤激を呼んでいる。特にこの決定は、フランス国民議会が2月3日に、「HIV対策の財源の維持・強化」を求める決議を採択した直後に行われたものであり、市民社会はこれを「民主主義を軽視した暴挙」であると批判している。フランスのこの決定はしかし、日本が昨年11月、グローバルファンドへの拠出をドルベースで半分以上削減することを公表したことが大きく影響しているとみることもできる。
これらの国々には、第8次資金拠出期間(実際に誓約額を各国が支払う期間で、2026-28年)中に置ける増額を求めていくとともに、より可能性の高い革新的な方法を動員して、可能な方法で資金拠出の追加を求めていく動きが出てきている。その中心的なものが、「債務を保健へ」(Debt to Health)イニシアティブである。これは、先進国が、グローバルファンドの案件実施国に対して持っている債権の一部を、保健への支出にコンバートし、実施国側がその資金の一部をグローバルファンドに入れ、グローバルファンドはその資金を、その国で行われているグローバルファンドの案件に充当する、という仕組みである。これは、これまでドイツとインドネシアやモンゴルなど7カ国との間で実施された他、スペイン、オーストラリアも実施実績がある。フランスや日本などがこれらを実現することは、グローバルファンドへの拠出額の半減に対する「失地回復」の第一歩になるかもしれない。












