米国トランプ政権の援助復活の動きに新たな懸念が出現

反中絶ルールをDEI・ジェンダーにも拡大、全ての援助に適用させる新政策を発表

トランプ政権の保健援助復活

「対外援助における生命の尊重」ポリシーの布告を告げる連邦ウェブサイト

米国トランプ政権は2025年9月の「米国第一国際保健戦略」の策定以降、二国間援助を中心に、これまでとは異なったやり方で国際保健への対外援助を復活させつつある。同年11月21日に南アフリカ共和国で開催された世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)の増資誓約会議では、米国は46億ドルの拠出を誓約。また、2月3日、米国下院は94億ドルの国際保健への拠出を含む2026年度の国家安全保障省・国務省予算法を通過させた。これは、トランプ政権が求めていた20億ドルの予算カットを退けて採択されたもので、トランプ大統領は2月5日にこれに署名を行った。これにより、2026年度において、グローバルファンドに12.5億ドル、HIV/AIDS関連の二国間援助に46億ドル、また、極端な資金難に見舞われていた国連合同エイズ計画(UNAIDS)に4500万ドル(70億円)の資金が拠出されることとなった。また、米国疾病管理・予防センター(CDC)の「国立HIV/AIDS・ウイルス性肝炎・性感染症および結核予防センター」への予算や、国立衛生研究所(NIH)や国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)等への予算も維持もしくは増額されることとなった。

「反中絶」ルールの拡大適用で暗雲

米国の保健援助については、昨年1月のトランプ政権成立後、イーロン・マスク率いる政府効率化省(DOGE:既に解散)による米国国際開発庁(USAID)解体をはじめとする関係省庁への凄まじい破壊攻撃が展開され、米国による援助自体が消滅するのではないかという強い懸念が生じていた。しかし、昨年の9月の新戦略策定以降、米国の保健援助が徐々に復活してきたことで、国際的にも次第に安心感が広がりつつある。しかし、まだ懸念が払しょくされたわけではない。特に、暗雲を投げかけているのが、トランプ政権がこれらの援助の実施において適用しようとしているいくつかの新しい政策である。

昨年1月の大統領令を政策に

トランプ政権はその発足の日である2025年1月20日、同政権のいうところの「ジェンダーイデオロギーの過激主義」(Gende Ideology Extremism)「多様性・公平性・包摂性(DEI)」政策の禁止などを定めた大統領令を次々と布告し、また、ほぼ同時に、人工妊娠中絶の実施やその促進・情報提供などを行う非政府組織(NGO)への資金提供を禁じる共和党政権の伝統的政策である「メキシコシティ政策」(いわゆる「グローバル・ギャグ(「猿ぐつわ」の意味)ルール」)を復活させ、その拡大適用を国務長官に命じた。その後、対外援助の停止から見直しに進み、新しい戦略に基づいた援助が復活するに伴って、グローバル・ギャグ・ルールの拡大適用と「ジェンダーイデオロギー過激主義」「多様性・公平性・包摂性」政策の拒絶を対外援助において徹底するための政策が検討され、2026年1月に、これら一連の政策が発表されるに至ったのである。

この政策は全体として、「対外援助における人間の繁栄の促進」政策(Promoting Human Flourishing in Foreign Assistance: PHFFA Policy)としてパッケージ化され、このパッケージの中に、以下の3つの政策が含まれる形となっている。

  1. 「対外援助における生命の保護」政策(Protecting Life in Foreign Assistance: PLFA Policy)
  2. 「対外援助におけるジェンダーイデオロギーとの闘い」政策(Combating Gender Ideology in Foreign Assistance: CGIFA)
  3. 「対外援助における差別的な公平性イデオロギーとの闘い」政策(Combating Discriminatory Equity Ideology in Foreign Assistance: CDEIFA)

この「PHFFA」政策は、これまでの共和党の伝統政策である「グローバル・ギャグ・ルール」をNGOのみならず、国際機関や外国政府、準国営企業等、米国の援助資金を受給する団体すべてに拡張するとともに、対象を「人工妊娠中絶」のみならず、いわゆる「ジェンダーイデオロギー過激主義」や「多様性・公平性・包摂性」(DEI)政策に拡張するものであり、厳密に適用されれば、これまで科学的にその効果が立証されてきたHIV/AIDS対策、特に予防やケア、HIVに脆弱性を持つ「対策の鍵となる人口集団」(Key Population)の取り組み強化といった対策に極端なダメージをもたらすことになる。

DEI・ジェンダー政策にもグローバル・ギャグ・ルール適用、全ての援助を対象に

詳細を見ていこう。これまでの「グローバル・ギャグ・ルール」を大規模に拡張する形で再編された、上記(1)のPLFA政策では、対象が国際機関、外国政府、準国営企業に拡大され、これらの機関は全て、米国の資金を得るにあたって、中絶を提供せず、その促進や情報提供もしないことを義務付けられる。さらに、これらの団体が別団体に資金を提供して事業を行う場合には、この別団体にも同様の誓約が求められる。また、対象となる資金も、国際的な保健支援のみならず、人道支援や民主主義プログラムなど全ての対外援助が対象となる。一方、中絶に反対する「プロ・ライフ」の考え方に沿って母子保健を行う団体への資金拠出は強化されることになる。

(2)のCGIFA政策では、特にトランスジェンダー女性を中心に、LGBTQ+に関わる取り組みなどが大きく規制されることになる。多くの社会において、トランスジェンダーは社会的・文化的・経済的・政治的に不利な立場に置かれ、HIVについても「キー・ポピュレーション」として重点的な対策が必要とされているが、このルールが厳密に適用されれば、こうした取り組みに米国の資金を使うことはほぼできなくなることが予測される。

(3)はいわゆる「多様性・公平性・包摂性」(DEI)に関連するプログラム全てとなるので、適用範囲はさらに広がる。厳密に適用されれば、米国の金を受給するNGO、国際機関(グローバルファンドやUNAIDSを含む)、米国の援助を受け取る各国の政府が、米国の資金を活用して、こうしたコミュニティを対象とした予防やコミュニティ強化などの取り組みをすることが出来なくなる。これは特にHIV/AIDS予防やコミュニティにおけるケアの強化といった対策にとって極めて大きなダメージとなる。

どの様に適用するかで違いは出るも、将来的にも大きな課題に

米国のカイザー家族財団(KFF)は、これらを包括する「人間の繁栄の促進」(PHFFA)政策が米国の援助に与える影響について、2024年のデータをベースに計算すると、米国の対外支援のうち400億ドル近くが影響を受け、特に国際機関が大きな影響を受けるとしている。また、保健のみならず、人道支援や経済開発に関わる援助も大きな影響を受けると予測している。また、ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)が第一次トランプ政権(2017-20年)に実施したグローバル・ギャグ・ルールの適用の影響について分析した論文は、この政策による具体的な被害が数値化されている。これによると、第1次トランプ政権下での同ルールの適用により、米国の資金援助動向の影響を受けやすい国々においては、妊娠が12%増加、近代的避妊法の使用は13.5%低下、結果として、妊娠中絶の数が40%増加したという。

トランプ政権が、これらの方針をどの程度厳密に適用しようとするか、また、例えばグローバルファンドやUNAIDSなど国際機関の意思決定機関においてこれらの政策に固執するのかといったところは、未だに未知数である。場合によっては、何らかの用語の変更や表現ぶりの変更等などによって政策的な対応を行うことで、現場への波及を防いでいくことも可能かもしれない。また、2000年代のブッシュ政権が打ち出した「米国大統領エイズ救済緊急計画」(PEPFAR)においては、1期目から2期目に移行する中で、より現実主義的かつ科学的に効果のある政策が受けいられていった経緯もある。これらに鑑みると、トランプ政権下においても、起用される人材や時間の経過の中で、より柔軟な適用が実現する可能性もないわけではない。ただ、いずれにせよ、トランプ共和党政権は、これまで「人工妊娠中絶」という課題をめぐって繰り返されてきた、政権交代ごとの政策変更について、「ジェンダー・イデオロギー」「DEI」まで包含した巨大なパッケージに再編してしまった。そうすると、今後、米国で共和党が政権をとるごとに、このような混乱が繰り返されることになりかねない。