ケニアでは高等裁判所が協定の効力を停止
保健援助の二国間協定締結国は14か国に

米国トランプ政権は、9月に定めた「米国第一国際保健戦略」に基づき、これまでと大きく異なったやり方でアフリカ諸国等への保健・医療援助を再開するために、アフリカ各国との二国間協定の締結を急いでいる。ケニアは12月4日、米国との間で5年間、25億米ドルの供与を受けて実施する「保健協力枠組」を調印し、最初の協定発効国となったが、一週間後の12月11日、ケニアの高等裁判所はケニア消費者連盟(COFEK)の提訴を受けて協定の効力を停止した。ケニアが協定に署名した翌日、ルワンダが協定に署名。その後、1月9日までに合計14か国が協定に署名した。その中には、ナイジェリアやエチオピア、コートジボワールなど人口・経済規模の大きな地域主要国も含まれている。米国は今後、フィリピンなどアフリカ以外の国も含めて4-50か国と保健協力の二国間協定を締結し、保健援助を再開する予定にしているが、アフリカ地域の主要な地域・人口大国である南アフリカ共和国やタンザニアなどは、米国側の政治的な意図に基づき協定締結の対象国となっておらず、また、ザンビアやコンゴ民主共和国など鉱物資源の豊富な国については、資源開発に関わる二国間協定の交渉と関連付ける動きなどもあり、他国に比べて交渉の進捗が遅れている。
保健援助は5年間限定、米国からの拠出は毎年減額
米国と各国の二国間の「保健協力枠組」は、感染症や疾病対策、保健人材の育成、保健情報の確保や蓄積などの能力強化、パンデミック対策などを含む概ね5年間の保健協力のための「二国間保健協力覚書」(Bilateral Health Cooperation Memorandum of Understanding)と、各国の保健情報や病原体情報への米国政府のアクセスを確保する「保健データ共有協定」Data Sharing Agreement、 「検体共有協定」Specimen Access Agreement で構成されている。「保健協力覚書」については、例えば12月10日にウガンダと米国で締結された覚書では、HIV・結核・マラリアの疾病負荷の軽減、コミュニティ・ヘルス・エクステンション・ワーカー(Community Health Extention Worker)など最前線の保健医療従事者の強化に加え、感染症のサーベイランスおよび流行への対応強化、保健データシステムの強化、地球規模の保健安全保障とラボラトリー・システムの強化、保健のモニタリングやアカウンタビリティのたえのデータのデジタル化の強化、およびヘルスケア消費財のサプライチェーンシステムの統合化と透明性の拡大、の7点にわたって、5年間の協力を行うことになっており、これについて米国は17億ドル、ウガンダは5.77億ドルを拠出する。米国およびウガンダの各年の拠出額も覚書で定められており、米国は毎年拠出額を縮小、ウガンダは拡大する。なお、これらの事業の実施に当たる主体として、「信仰に基づくヘルスケア提供団体(Faith-based healthare providers)の独自の役割」を支援する、との項目があり、この覚書に基づいて提供された資金の一部を、宗教系団体が受領してプログラムを担うことが明示されている。いずれにせよ、米国の拠出額は、これまで「大統領エイズ救済緊急計画」(PEPFAR)などでウガンダに拠出していた金額よりもかなり少なくなる。このデザインは、これまでに協力枠組に調印したすべての国に共通している。
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの潮流を無視、腐敗は放置?
この保健協力覚書については、専門ニュースサイトやシンクタンクなどから、多くの疑問や問題点が指摘されている。例えば、開発援助に関する米英シンクタンク「世界開発センター」(CGD)は、この覚書における援助領域がHIVなど特定の感染症に偏り、保健システム全体の強化が無視されていること、妊婦や新生児・子どもの保健(Maternal and Child Health: MCH)に関する資金がなくなっていることから、国際保健政策の文脈で問題とされる、特定の個別疾患や課題に特化した支援という傾向がさらに強化されるのではないかと懸念している。実際、この覚書は、毎年米国が各国に拠出する金額について記載しているのみで、達成すべき目標やターゲット、プロセス、さらにはその資金を運用して事業を実施するのは誰なのかといったことが規定されていない。当然、腐敗や資金の目的外使用などが生じる可能性は大きいが、これらをどう防止するかについても明確になっていない。一方、覚書を結ぶアフリカ諸国の経済力や能力には大きな違いがあるが、覚書のデザインはこれらの違いを無視したものとなっている。米国の求めに応じた資金負担が明らかに困難な国もある。また、期間中の経済破綻や政情不安、政権交代などもあり得る中で、どの様に実施を担保するか等についても十分な規定がない。保健協力の覚書は、米国国際開発庁(USAID)の破壊や、いわゆる「DEI(多様性・公平性・包摂性)・極端なジェンダーイデオロギー」を忌避するために米国のNGOなどを活用できないという、著しい制約の下で、政権の求めに応じて国務省の外交官や、廃止されたDOGE(政府効率化省)の幹部などが急ごしらえで作ったもの、という印象を免れ得ない。
本当にやりたいのは病原体情報の確保と米国製薬企業への提供?
この「保健協力枠組」の狙いは、むしろ、覚書に付随する形で締結されている「情報共有協定」「検体共有協定」の方にあるように思われる。「覚書」の期間は5年であるのに対し、「協定」の期間は25年となっている。協定締結国は米国政府の求めに応じて、短期間で保健データや病原体の含まれた検体等に関する情報を共有しなければならないとされている。また、協定には「締約国(=米国と相手国)は、(締結国が参加する)あらゆる多国間協定や取り決めが、本協定の順守を妨げるものではないことを確認する」との条文が含まれている。また、米国はこのように共有された情報を、「米国政府でない米国の主体」10前後に対して提供することができるとの条文もある。この条文は、世界保健機関(WHO)の場で「パンデミック協定」の枠組で進められている「病原体へのアクセスと利益配分」(PABS)付属文書の交渉等を意識したものである。WHOを脱退した米国は、アフリカ諸国と締結する二国間協定により、「パンデミック協定」などに参加していなくても、それぞれの国から病原体情報の共有を受け、この情報を、米国の研究所や製薬企業等に提供して医薬品や診断薬の開発に結び付ける、というわけである。一方、提供された情報によって医薬品が開発されたら、米国は情報提供国に対して、「米国の国内需要」の次に優先して位置づけ、その国が医薬品を購入する上で優遇的な地位を与える、として、いわゆる「利益配分」をちらつかせている。
アフリカ諸国はWHOでの「病原体情報へのアクセスと利益配分」の多国間交渉の場では、団結して先進国に対して強力な交渉力を保っているが、個別の国単位では、HIV治療薬の確保にも事欠く状態で、アメとムチにより容易に切り崩されかねない弱さを抱えている。米国はそこに付け込んで、全てを二国間交渉に持ち込み、対象国の担当省庁の交渉官のみならず、その国の大統領や有力な政治権力者なども巻き込んで、HIV・結核・マラリア等の医薬品の提供をちらつかせるなどして切り崩すことで、多国間交渉をバイパスして、実質上、病原体情報へのアクセスにおいて優先的な地位を得ようと画策しているわけである。
ケニアでは消費者団体の提訴で協定は効力停止に
米国の消費者団体「パブリック・シチズン」は、米国政府が進める二国間の保健協力の問題点を指摘し、交渉に応じるアフリカ諸国の首脳たちに対して警告を発する公開書簡を発表した。アフリカでHIV/AIDSや公衆衛生等に取り組む市民社会団体やそのネットワーク50団体以上がこの書簡に賛同している。また、協定締結第一号となったケニアでは、ケニア消費者連盟と、ケニア西部ブシア選出の上院議員オコイティ・アンドリュー・オムタタ氏(Okoiti Andrew Omtatah)の提訴により、高等裁判所がこの協力枠組みの効力を停止するに至った。提訴理由は、締結された協定が、ケニアの情報保護法(Data Protection Act)、デジタル保健法(Digital Health Act)、保健法(Heatlh Act)その他の法律に違反している、というものである。
トランプ政権は、「米国をより強く、より安全に、より繁栄させる」という極端な自国中心主義の観点から、多国間援助を忌避し、二国間援助についても、対象国を米国の意のままにするという観点から、分断して弱みを握り、米国にのみ都合の良い「ディール」を引き出すという手法で行っている。もちろん、対象国の様々なステークホルダーからの意見聴取や対話などは行っていない。このような方法で作り出される二国間関係や援助は、短期的には米国にとって都合の良い結果を生み出せる可能性もあるが、そもそも、対象国の主体的・内発的な開発の在り方を阻害し、主権・オーナーシップ意識を損ねるため、長期的にはその国の開発にとっても、米国との二国間関係にとっても、マイナスの影響を及ぼすものとなる可能性が高い。












