日本は理由を示さぬまま拠出誓約額を52%削減

途上国におけるエイズ・結核・マラリアの三大感染症対策とそれを支える保健システム強化に資金を提供する国際機関、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)の第8次増資会議が、南アフリカ共和国・ジョハネスバーグで開催されるG20サミットの一日前、11月21日に、同市の中心的なビジネス街であるサントンにあるサントン会議センター(Sandton Convention Center)で開催された。
地政学的危機のさなかで行われる第8次増資の特殊性
グローバルファンドは3年に一回行われる「増資」(replenishment)で資金を集め、その資金を途上国で行われる三大感染症や保健システム強化の事業に配分する。増資の目標額は、三大感染症対策の文脈やその中でグローバルファンドの資金が果たすべき役割を見定めて策定される「投資計画」(Investment Case)に基づいて定められ、資金を拠出するドナー国や民間セクター、民間財団、資金を使う側の途上国や市民社会などが集まって開催される増資準備会議で承認される。その後、各国や民間セクター、民間財団などがそれぞれの拠出金額を決めて誓約を行う。この誓約の集約点となるのが増資誓約会議である。過去数回の増資では、増資準備会議は2月、増資誓約会議は9月の国連総会の前後に開催されていた。
今回の第8次増資は、これまでの数回の増資と比較して異例な環境で行われた。グローバルファンドの最大ドナーであり、同基金の資金の3分の1を拠出してきた米国でこの1月に発足したトランプ共和党政権は、発足後 ただちに対外援助の殆どを停止し、さらに米国国際開発庁(USAID)を破壊してしまった。また、欧州の主要ドナーも軒並み開発援助の削減を発表。グローバルファンドはこうした逆境の中でも、「(地球規模の公衆衛生上の脅威としての)三大感染症を終息させる」という国際目標を達成するためのグローバルファンド資金の最低限の必要額として、前回増資並みの180億ドルを目標額として掲げ、増資に臨んだ。G20の議長国である南アフリカ共和国と英国が、この困難な増資プロセスのホスト国となり、誓約会議は、通常より2か月遅い11月の南アフリカ共和国でのG20の時期に定められた。
「何があっても止まらない」:113.4億ドルを確保
グローバルファンドは第8次増資のスローガンとして「何があっても止まらない」(Stop at nothing)を掲げた。これは、2030年までに三大感染症を終息させるという目標を達成するために、どんな困難にも立ち向かう、という強固な意思を示したものである。三大感染症に取り組む市民社会は、グローバルファンドに関わる総合的な提言活動を行うとともに、その増資を支援する世界規模のネットワークである「グローバルファンド提言者ネットワーク」(GFAN)を中心に、そのアフリカおよびアジア太平洋のネットワークと連携して、増資を支援するキャンペーンを行っている。GFANアフリカのスローガンは「一つの世界、一つの闘い」(One World, One Fight)、GFANアジア太平洋のスローガンは「今こそ、これまで以上に」(More Now than Ever)であった。同日14時30分から18時30分まで、4時間にわたって開催された増資誓約会議では、カナダ、米国、資金を使う側でもあるアフリカ諸国、いくつかの民間財団や民間企業などが拠出誓約を発表し、会議の終幕で議長役の南アのシリル・ラマポーザ大統領が発表した誓約総額は113.4億ドル(約1兆7700億円)となった。
三大感染症対策の現状
先述のように、三大感染症に関する世界の目標は、「持続可能な開発目標」(SDGs)のターゲット3.3に謳われているように、「(世界的な公衆衛生上の重大な脅威としての)三大感染症を終息(end)させる」というものである。90年代後半から2000年代にかけての三大感染症の猛威に対して、世界はミレニアム開発目標(MDGs)のもと、団結して取り組み、2024年現在までに、HIVについては死者を300万人(UNAIDS推定、2002年)から63万人(同2024年)、結核については170万人(WHO推定、2002年)から123万人(同2023年)、マラリアについては83万人(WHO推定、2002年)から59万人(同2023年)まで減少させた。ただし、結核については、進展が遅く、多剤耐性結核の増大もあって、現在のところ感染症として世界最大の死者を出し続けている。また、マラリアについては、しばらく効率的に対策が進んできたものの、近年は気候変動やマラリア原虫、また、マラリア原虫を媒介するハマダラカにおける薬剤耐性などの問題もあって、再流行の危機が現実のものとなりつつある。
エイズ対策の進展の理由:調和のとれた生態系の形成
三大感染症の中で、HIV/AIDS対策がもっとも進展している理由は、一つには治療薬の開発スピードが他の2つの感染症に比べて早いなど、HIVに関わる生物医学の発展があることである。もう一つは、HIV陽性者や、HIVに脆弱なコミュニティなど市民社会の運動が世界的に展開されていることである。これについて、国連合同エイズ計画(UNAIDS)などの政策・ビジョン形成の機関が、5年ごとに開催される国連エイズ・ハイレベル会議等を活用して、「90-90-90戦略」(各国において、陽性者の90%が感染を知り、その90%が治療にアクセスし、その90%においてウイルスが検出限界値以下に抑制されることを目指す戦略。現在は95-95-95戦略となっている)などの形で、生物医学の発展と市民社会の運動展開を時宜を得た形で統合して対策方針を打ち出し、また、それを世界的に実践するために、グローバルファンドと米国の「大統領エイズ救済緊急計画」(PEPFFAR)の二大資金メカニズムが、各途上国政府との協調投資といった形で一定額の資金を継続的・安定的に供給し続けてきた。こうしたことによって、HIV/AIDSについては、様々なステークホルダーの積極的な活動と、それを調整する仕組みが、調和の取れた生態系として形成され、その力によって、HIV/AIDSは三大感染症の中で「2030年までの終息」に最も近づいているのである。
崩壊の予兆:維持発展の成否はグローバルファンドに
この生態系は、グローバルファンドとPEPFAR、および各途上国の対策資金が安定的に供給されることによって維持されてきた。2030年までにHIV/AIDSを終息させるには、この生態系における好循環を持続させ、加速させることが最も重要であることは論を待たない。現在の課題は、この循環が崩れてきているということである。
米国は9月に発表した「米国第一国際保健戦略」で国際保健援助への復帰する方向を示したが、その方針は百パーセント「米国をより安全に、より強く、より繁栄させる」という自国第一主義であり、そのエイズ対策のフォーカスは、米国が有する、抗ウイルス薬特化型の創薬系製薬企業ギリアド・サイエンシズ社が開発した「レナカパビル」の世界的な展開の推進によって「米国をより繁栄させる」ことにある。一回の注射で半年間HIV感染を予防できる、新たなタイプのHIV予防・治療薬であるレナカパビルは確かに、HIV対策のゲーム・チェンジャーであるとはいえる。しかし、HIVの終息はこの薬だけで実現できるわけではない。一方、米国トランプ政権は「多様性・公平性・包摂性」(DEI)や、いわゆる「極端なジェンダーイデオロギー」反対、という極端なイデオロギー的立場を取り、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR)にも資金を出さないという立場をとる。これは、MSM、セックスワーカー、薬物使用者、トランスジェンダー、移民といったHIVに脆弱性を持つコミュニティにおけるHIV対策の推進を阻害することは明らかである。HIV対策資金の「車の両輪」の一方が、このような形で大きく変貌しているのであれば、もう一つの輪であるグローバルファンドは、これまでに培われてきたHIV対策の生態系を維持し、好循環をさらに加速すべく、より安定的・恒常的に資金を提供する役割を負わなければならないことは明らかである。
拠出半減の日本:早急に追加の拠出表明を
今回の増資プロセスにおいて、英国は8.5億ポンド(11.12億ドル)、ドイツは10億ユーロ(11.54億ドル)、カナダも10億カナダドル(7.23億ドル)など、一定の減額はありつつも、相当規模の拠出表明を行った。また、米国は上記のような政策上の問題を抱えつつも、46億ドルの拠出を表明した。もちろん、今後のグローバルファンドの政策形成・ガバナンスにおける米国の影響力行使について、市民社会は十分に注意を払う必要がある。これに対して、誓約会議を経ても拠出額を表明しなかったのが日本、フランス、そして欧州委員会(EC)である。このうち、フランス、欧州委員会の二者は未だに拠出表明をしていない。一方、日本は誓約会議の4日後の11月25日、外務省のウェブサイトにおいて、810億円(5.18億ドル)を3年間の拠出額として表明した。これは第7次増資における日本の拠出表明額である10.8億ドルに比して52%の削減となる。
外務省は、拠出を半減するという、この表明に際して、グローバルファンドが果たしてきた役割の重大性と日本の貢献の意義を一般的に述べるにとどまり、なぜ52%もの削減を行ったのかについては全く述べていない。理由を示さないままの52%削減という表明に対して、グローバルファンドのみならず、市民社会を含め、同基金に関わるステークホルダーはみな驚愕し、現在までのところ、沈黙せざるを得ない状況に置かれている。「エイズ・結核・マラリアの終息」というSDGsの目標は撤回されたわけではなく、エイズの終息に向けては、これまで作られてきた対策の生態系の好循環を維持し、対策を加速する以外にない。
日本政府は、「日本は愚直にSDGsに取り組む」として、特段、SDGs達成へのコミットメントを廃棄しているわけでもない。一方、日本政府はグローバルファンドへの不満を示しているわけでもなく、拠出削減の理由も示せていない。そうであるならば、日本政府は今回の拠出誓約にとどめるのでなく、三大感染症の動向を踏まえて、早急にグローバルファンドへの追加拠出を表明する必要がある。世界はこれを期待している。












