下院歳出委員会は保健への援助の増額を認める
米国下院歳出委員会、グローバルファンドに昨年並みの拠出を承認

米国の下院歳出委員会は7月23日、2026年度の国家安全保障、国務省その他の歳出案を承認したが、その中には、世界エイズ・結核・マラリア対策基金への15億ドルの拠出、GAVIワクチンアライアンスへの3億ドルの拠出、大統領マラリアイニシアティブ(PMI)への8億ドルの拠出が含まれていた。また、大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)についても、大統領による予算要求では47億ドルから29億ドルまで減額されていたものが復活し、2025年度予算と同じ47億ドル強が認められた。これはまだ下院の委員会レベルでの予算案であり、今後、議会でどのように討議されるかは不明であるが、この段階で、これらの保健系の国際機関への予算が再計上されたことは朗報であると言える。マラリアに取り組む国際的なNGOであるマラリア・ノー・モアは、マラリア予算を始め、各種保健予算の復活を歓迎する声明を発表した。
トランプ大統領就任以来のPEPFARのダメージ
1月20日のトランプ大統領就任以来、PEPFARを始め、米国のHIV/AIDS援助は大きな打撃を受けてきた。大統領令によって援助の殆どは凍結され、PEPFARの案件の多くの資金を運用してきた米国国際開発庁(USAID)が破壊されたうえ、これらを統括する国務省の国際保健安全保障・外交局(GHSD)が組織再編されたことで、PEPFARは実質上ほぼ停止状態となった。バイデン政権でPEPFARを統括してきたグローバル・エイズ調整官(GAC)のジョン・ンケンガソン氏がトランプ政権発足の直前に辞任した後、トランプ政権はGACを任命していないため、空席が続いている。クリントン保健アクセスイニシアティブ(CHAI)が4月に発表した調査では、PEPFARの事実上の停止により、10か国でHIV検査の実施に支障が生じているほか、13か国でウイルス量検査、8か国で抗HIV薬、4か国でPrEP(曝露前予防内服)に在庫切れの危険が生じている。アンゴラとエスワティニではコミュニティレベルでの予防アウトリーチサービスが停止となり、ジンバブウェでは妊婦と子どもの診断・治療プログラムが支障を来たし、南ア、モザンビーク、マラウイ、ケニアなどでは、HIVに取り組む数千人以上の保健ワーカーが解雇された。
PEPFARがこのまま廃止された場合には、長期的にも大きな影響が及ぶ。具体的には、2030年までに26か国で新規HIV感染が1100万件増加し、エイズ関連死も最大300万人増加する。抗HIV薬の供給不足と価格の上昇、治療アクセスが失われることによる耐性ウイルスの発生、また、米国疾病予防・管理センター(米国CDC)とWHO・国連合同エイズ計画(UNAIDS)の連携途絶によるサーベイランス能力の急激な低下、米国衛生研究所(NIH)の研究開発能力の低下による新薬供給スピードの低下などで、これまでのエイズ対策のエコシステムが崩壊し、その悪影響がさらに長引くことも予測される。
各国での影響と克服のための取り組み
各国の現場では、米国の援助停止によりどのような影響が出ているのか、国レベルの政策変更の観点から見ていこう。
感染拡大でHIV国家危機宣言をしたパプアニューギニア
太平洋地域に位置するパプア・ニューギニアでは、トランプ政権の発足前から、HIV/AIDSが深刻化していた。2024年、新規HIV感染は2010年比で倍増、同年の新規感染は11000件を超えた。母子感染も深刻化しており、HIV陽性の新生児が年間2700人に上った。PEPFARの停止により、HIV対策が停滞する可能性が高まる中、同国のエリアス・カパヴォレ保健相は6月、同国が国家的なHIV危機にあると宣言した。パプアニューギニアは太平洋諸島では唯一、PEPFARの対象国となっているが、PEPFARの停止により、この「国家的HIV危機宣言」は宙に浮く可能性がある。
ナイジェリアは国内財源によるHIV対策への移行に踏み切るも前途多難
西・中央アフリカ地域で最大のHIV陽性者人口を抱える大国ナイジェリアでは、米国の援助が停止された後の2月、連邦執行評議会(閣議にあたる)で、ナイジェリアのHIV/AIDS対策の持続可能性計画(Sustainability Plan)を検討するための委員会を保健大臣・財務大臣・予算大臣・防衛大臣・環境大臣らをメンバーとして発足させること、緊急に45億ナイラ(約4億円)の資金を抗HIV薬の調達に充てること等を決定した。この資金で、15万人の治療を4か月継続することが可能となる。ムハンマド・アリ・パテ保健福祉大臣は、米国の20年間に及ぶ支援に感謝しつつ、これからは国内資金と保健システムを活用した保健への移行に取り組むべき時だと強調した。また、同国は2025年末までに、一部の抗HIV薬やHIV検査キットを国産化する計画である。
ナイジェリアはPEPFARの重要対象国であり、2004年から23年までの19年間で合計78億ドルがPEPFARから拠出されてきた。ナイジェリアはエイズ対策費の8割を海外資金、特にPEPFARに依存してきた。そのため、資金の支払いや調達のためのシステムもPEPFAR資金の最大の運用主体であるUSAIDのシステムに依存してきた。USAIDはトランプ政権によって破壊され、支払いシステムにアクセスできないため、物資の調達も遅れている。また、セックスワーカーや男性とセックスをする男性(MSM)といった、社会的な脆弱性を抱えるグループは、個別のプロジェクト案件がなくなったため、治療アクセスも難しくなっている。ドナーの支援がなくなり、エイズ治療が有料化するのではないか、といううわさが広まったため、ナイジェリア・国家エイズ委員会(NACA)は、ナイジェリアのエイズ治療はこれまで通り無料である、と宣言したが、今後、200万人にのぼるHIV陽性者に治療を無料で提供していくことができるのか、道は険しい。
ケニアでは抗HIV薬の患者負担復活を検討
ケニアでは、抗HIV薬の購入価格が上昇している。ナイロビの熱帯・渡航医学センター(CTTM)では、南アフリカ共和国から輸入する抗HIV薬「トリウメク」(ドルテグラビル、アバカビル、ラミブジンの合剤)の価格が9000シリング(約10,000円)から10700シリング(訳12,000円)へと20%程度値上がりした。現在、抗HIV薬はPEPFARなどの援助資金により患者は無料でアクセスできるが、今後、援助資金が細った場合、治療薬へのアクセスや、そのために必要な免疫量やウイルス量の検査などに患者負担が導入される可能性がある。