米国不在の元でのパンデミック条約交渉:歩み寄りへの期待

米国はWHO執行理事会には出席、条約交渉は欠席

INB各交渉の全体会の録画は誰でも見ることができる

2月17日から21日にかけての5日間、「パンデミック条約」策定のための交渉枠組みである「政府間交渉主体」(INB)の第13回目の会合がスイスのジュネーブで開催された。この会合は、1月20日に発足した米国トランプ政権が早々に世界保健機関(WHO)からの脱退を大統領令によって命じてから初めての交渉となる。

これに先立つ2月3日から11日までの8日間、WHOの執行理事会が開催され、米国代表団も出席した。米国はWHOから離脱する場合、大統領が12か月前に通知することとなっており、米国がWHOから正式に離脱するのは、通知の12か月後になるので、米国政府は大統領が離脱を表明してからも1年間は加盟国としての権限を行使することは可能である。ただし、米国代表団は執行理事会においては台湾のオブザーバー参加権の復活について発言するに留まったという(報道)

WHOからの離脱を表明した大統領令は、パンデミック条約および国際保健規則に関わる交渉からの離脱、これらの条約が米国に対して拘束力を持たないことも表明している(但し、国際保健規則は米国政府が同意しており、米国に対する法理論上の拘束力の有無については議論の余地がある)。大統領令に従い、第13回INB会合には米国代表団は参加しなかった。

5月の交渉期限に向けて歩み寄り進む

米国の不在という「ニューノーマル」の中で行なわれた第13回INB会合では、これまでの先進国と途上国の対立点に関して、いくつかの前進が見られた。第5章「パンデミック予防・備え・対応におけるワン・ヘルス・アプローチ」については、前回を踏まえ、議論がほぼ収束している。一方、南北の深刻な対立が続く第11章「パンデミックに関連する保健製品の製造のための技術・ノウハウの移転」については、可能な技術移転の範囲をどの様に定義するかで対立が続いている。技術移転を「自発的で相互に合意した」範囲に限定するか、また、技術(technology)に加えて何を移転の対象とするか、例えば、「関連する知識・スキル・技術的専門知識」(relevant knowledge, skills and technical expertise)といった定義が適切かどうかという論点である。

同様に対立が続いてきた「病原体へのアクセスと利益配分システム」(PABS)については、対立点はかなり収束してきているが、これはアクセスと利益配分を行うシステムを構築するという議題であることから、米国がWHOを脱退した場合に、米国の研究機関や製薬企業等がPABSによって設けられるデータベース等にどのように参加できるのか、また、米国が持つ病原体情報等にWHO側のシステムがどうアクセスできるかといった課題についても、検討しなければならなくなっている。

WHOを中核とする保健緊急事態への多国間の対処のメカニズムからの米国の離脱は、短期的には、これまで米国が拠出してきた資金がなくなることを意味し、その埋め合わせには早急な対処が必要になる。また、保健緊急事態に関する病原体情報の分析や医薬品の研究開発について、米国は最大の規定力を有しており、米国の不在は、保健緊急事態への対応において、大きな穴が開くことを意味する。WHOや加盟国はこれらへの対処を迫られており、パンデミック条約については、それぞれの立場から見て完全に理想的なものにならなくても、多国間の合意が存在しない現状よりはベター、ということで、何とか合意に向けて討議を進めよう、という雰囲気が出てきたとの報道がある。

市民社会:パンデミック条約への合意で「連帯を示すべき」

COVID-19パンデミックの際に市民社会の情報共有や政策提言の枠組みの一つとしてできた「パンデミック行動ネットワーク」(PAN)は、第13回INBにあたって、「パンデミックに関する合意を2025年に達成する」との声明を発表した。その中でPANは、パンデミック対策に関する多国間の合意がない現状を打開するには、パンデミック条約の締結は不可欠であると主張し、加盟国に対して、パンデミック条約に合意することで、すべての人にとってより安全な世界を作る上で不可欠な「連帯」を示すべきだと呼びかけている。