米トランプ政権のUSAID閉鎖、世界のエイズ対策に最大の打撃

米国のUSAID閉鎖でエイズ対策に大きな影響が

トランプ大統領が依拠する「単一執行府理論」

米国トランプ政権は1月20日の発足と同時に、ほぼすべての援助の90日間の停止を命じ、24日には、USAIDと契約を結ぶ市民社会組織などの実施パートナーに対して職務停止命令(Stop Working Order)が出され、さらに2月2日のトランプ大統領および「政府効率化省」の責任者イーロン・マスク氏らのUSAID閉鎖への意思表明を受けて、2月4日、マルコ・ルビオ国務長官は、USAIDを国務省に統合することを発表、USAID本部が封鎖されるに至った。

トランプ政権の「単一執行府理論」で裁判所の命令や援助停止の免除措置が黙殺

この間、1月28日、国務長官は「命を救う人道援助」に関して、新たに停止措置を免除(waiver)すると発表し、2月1日には、免除の対象として、(1)命を救うHIVケア・治療サービス(HIV検査・カウンセリング、日和見感染の治療と予防、そのための消費財や医薬品の供給とサプライチェーン維持、(2)母子感染予防サービスと消費財・検査キット・医薬品提供と妊産婦や授乳を行う母親への「曝露前予防内服」(PrEP)の提供、(3)これらの実施を行う行政コストと監理費用、を挙げた。また、2月8日には米連邦地裁のカール・ニコルス判事が、USAIDの職員2200人の業務を停止する計画の一時停止を命じた。しかし、国務長官が命じた「命を救う人道援助」の停止措置免除も、USAIDの閉鎖や職員への業務停止命令により、、免除に必要な措置を行う職員が不在となっており、有効な援助停止免除措置が行なわれた国・地域は限定的とみられる。また、トランプ政権は、全ての執行機関は大統領の支配下に置かれるべきとする「単一執行府理論」(unitary executive theory)を極端に推し進め、高官が三権分立の意義を否定するといったことも生じており、これらの措置をめぐる判決や決定が実施に移されるかどうかは不透明である。

すでに生じている大きな影響

米国は「大統領エイズ救済緊急計画」(PEPFAR)により、世界のエイズ対策に巨額の支援を行ってきた。2024年のPEPFARの成果としては、2060万人へのHIV治療の供給、660万人の孤児や子どもたちのケア・サポート、8380万人のHIV検査等が実現したとされている。PEPFARの実施の多くはUSAIDによって担われており、トランプ政権によるUSAID解体措置は、これまでのエイズ対策の進展に対して、壊滅的な打撃を与える可能性がある。

国連合同エイズ計画(USAID)は、PEPFARが永続的に停止された場合、2029年までの間に、PEPFARが計画通り行われた場合と比較して、630万人が追加的にHIVで死亡するほか、エイズ遺児の人数は340万人、小児のHIV感染は35万人、成人のHIV感染は870万人増加する、と推測している

また、米国エイズ研究財団(amFAR)のアンデルソン公共政策事務所(Andelson Office of Public Policy)は、HIV治療薬は1か月分、3か月分といった形で病院やクリニック、サービス提供ポイントでHIV陽性者に提供されることから、PEPFARの資金で供給されたHIV治療薬をこうした場所で入手する人の数を全世界で一日22万2333人、このうち15歳以下の児童が7445人と算出し、PEPFARの中断によって、一日当たり上記の人数が日々、治療薬へのアクセスを失っていると推測する。これで考えれば、PEPFARの資金がすべて停止され、各国政府や他のドナーがこれを肩代わりできなかった場合、これから数か月をかけて、これまでPEPFARの資金で治療薬を入手していた人たち全員(2024年の成果では2060万人)が、治療アクセスを失うことになる。

一方、PEPFARは保健医療従事者の雇用も支えてきた。人数としては、医師が1.25万人、看護師が2.18万人、検査技師が7222人、薬剤師が2338認、コミュニティ・ヘルス・ワーカーが15万3888人となるが、この人々への給与等の支払いが滞っており、業務が継続できなくなっている。

世界HIV陽性者ネットワーク(GNP+)、エイズへの取り組みを行なうオランダの財団エイズフォンズ(AIDSFONDS)とロバート・カー財団も、米国の援助停止がHIVに取り組む団体にどのような影響を与えているか調査している。これによると、調査対象となった世界各国でHIVに取り組んでいる市民社会団体等の全体の43%で事業の停止を余儀なくされており、そのうち37%はサービス提供事業の完全な停止・廃止を余儀なくされている。また、すでに生じている支障として、回答団体の69%において、治療薬の不足による治療中断がすでに生じていることを報告している。また、医療従事者・施設利用者共に、先行きの不透明さなどから、精神的な不調を抱える人が増えている。 

世界全体のHIV/AIDSへの取り組みを支えてきたPEPFARを突然停止すれば、巨大な影響が及ぶのは必然である。治療の中断は、使っていた治療薬への耐性ウイルスの登場と拡大を意味する。予防への取り組みが絶たれれば、新規感染数は増加する。検査ができなくなれば、自らの感染ステータスを知ることができない人が増大し、感染数はますます拡大する。これまで各国は、自国の財源に加えて、USAIDやグローバルファンドなどの資金を活用し、「2030年までのエイズ終息」に向けた好循環を曲がりなりにも作ってきた。これが停止されてしまうと、好循環は悪循環に転化し、これまでの積み重ねはたちどころに失われ、途上国に治療アクセスがなかった2000年以前の段階に戻ってしまいかねない。