危機にさらされる途上国の人々の命と健康
米国トランプ政権は、発足した1月20日から多くの大統領令を発令して旧来の政策を断絶した。その中で、対外援助の停止・再評価・再編成を命じた大統領令以外に国際的なHIV/AIDS政策に大きく関係するものとして、発足初日に発令された「過激かつ無駄遣いの政府『多様性・公平性・包摂性』(DEI)プログラムと優遇措置を終了する」大統領令、「ジェンダー・イデオロギー極端主義から女性を守り、連邦政府に生物学的真実を再建する」大統領令、および1月24日に「大統領の行動」(Presidential Actions)として国務長官等に指示された、人工妊娠中絶に関する「メキシコ市政策」(Mexico City Policy)の再施行命令がある。
DEI(多様性・公平性・包摂性)関連事業は廃止、SRHRに関わる事業も終了へ
「DEI政策終了」大統領令は、バイデン政権のDEI促進政策を非難したうえで、財政管理・予算局(OMB)および人事局(OPM)に、全てのDEIプログラムを廃止し、そのコストおよび影響を評価することを命じるもので、これに基づいて国務省が1月24日に出した命令によって、DEIに関わる対外援助のプログラムは廃止され、担当者は資金を支出していないことの証明書を提出しなければならなくなった。
「生物学的真実再建」大統領令は、生物学的な男性・女性の区分を絶対とし、「ジェンダー」(gender)という用語を可能な限り「性」(sex)に置き換え、LGBTIQ+、特にトランスジェンダーおよびインターセックスへの差別の禁止や人権等に係る連邦政府の政策や公的文書をできる限り破棄するというものである。当然、トランスジェンダーを始め、LGBTIQ+に関連する対外援助は停止・廃止を含め、大きな影響を被ることになる。
「メキシコ市政策」とは、米国の資金援助を受けるNGO等の団体に対して、人工妊娠中絶の実施や紹介、安全かつ合法な中絶を可能にするよう求める活動等を行なわないという誓約をさせ、誓約をしない団体には資金援助をしないという、1985年にレーガン共和党政権が導入した政策である。政策提言を行うことすら禁止するということで、「口封じの世界ルール」(Global Gag Rule)とも呼ばれている。これはレーガン以来の共和党の伝統的政策であるが、2016年からの第1次トランプ政権は、米国の資金拠出を受ける団体に対して、自らこれらの活動を行わないだけでなく、他の援助機関などにが実施する、これらの活動を行う事業に参加しないことまで確約させることにするなど、適用範囲を拡大した。第2次トランプ政権は1月24日、90日間の援助停止命令などと別に、「メキシコ市政策」の確実な再施行を国務長官に命じる大統領令を公布した。
援助再編成で大ダメージが予想されるHIV予防・啓発プログラム
これらの大統領令により、HIV/AIDSを始め、米国が実施したり関与したりしてきた各種の国際協力事業に、顕著な影響が出てきている。「米国大統領エイズ救済緊急計画」(PEPFAR)については、HIV治療薬の供給については、国務長官の命令により、「命を守る人道援助」が援助の停止を保留する活動に追加されたことで、援助継続の方向性が示されることとなったが、HIV予防やケア等の活動や停止されたままであり、特に上記の大統領令に抵触するとみなされる活動については、90日間の「再評価」において、「米国の外交政策に沿わない」ものに分類され、廃止されるおそれがある。
停止の危機にさらされる多国間の結核プログラム
90日間の対外援助停止命令は、米国国際開発庁(USAID)の資金によって国際機関が拠出し、市民社会・NGOが実施する事業にも大きな影響を与えている。結核に取り組む多国間の国際連携枠組みである「ストップ結核パートナーシップ」は、USAIDなどの資金により、結核の影響を受けるコミュニティのニーズにこたえて予防啓発や診断の促進、ケア、支援など多様な活動を行う事業「市民社会チャレンジ・ファシリティ」(Challenge Facility for Civil Society: CFCS)という事業を行なっており、多くの途上国で結核に取り組む現地の市民社会団体・NGO等が、この資金で結核への取り組みを行っているが、USAIDがストップ結核パートナーシップに対して、この事業の中断と資金拠出の停止を通告したため、同パートナーシップはこの事業を1月30日から停止し、契約により事業を行ってきたNGOは、ストップ結核パートナーシップに対して、当該事業を停止することを確約しなければならなくなった。途上国の現場では、この資金によって、多くのケアワーカーや事業執行に携わるスタッフが雇用されているが、その存在は、この停止によって宙に浮くことになりかねない。さらに、結核の高・中蔓延国が多数を占めるアジア・アフリカや東欧などの国々において、結核の影響を強く受けるコミュニティにおける予防啓発や感染防止、診断の促進、ケアなどが止まることによって、将来的な結核の再拡大、多剤耐性結核の拡大、結核による死亡の増加などが強く懸念される。