パンデミック条約交渉、来年に持ち越す

トランプ政権の脅威の前に、合意に向けて議論はスピードアップ

世界保健総会特別セッションは開催せず

2回の交渉で収束してきたパンデミック条約の条文案

パンデミック条約交渉は、当初目指されていた2024年5月末の世界保健総会での合意に達することができず、まずは2024年12月までの合意、次に2025年5月の世界保健総会での合意に向けて交渉が続いていた。12月の合意は、本来、12月16-17日に世界保健総会特別セッションを開催して行なうこととな

っており、このセッションを開催するかどうかを決定する期限は、第12回の多国間交渉主体(INB)会議期間中の11月12日に設定されていた。

これについて、期間中の11月8日の午後に開催された、「次の段階」(Next Steps)に向けた進捗の棚卸(stocktake on Progress)セッションでの加盟国間での議論を踏まえ、11月11日にINBで決定がなされ、同日開かれたINB共同議長のアン=クレア・アンプル氏(Anne-Clare Amprou、フランス)が記者会見で次のように述べた。「本日、加盟国は、できるだけ速やかに合意を達成する必要性があることに合意し、来年5月の世界保健総会までに合意を達成するという目標とともに、交渉を2025年に向けて続けることを合意した。我々は正しい方向に進んでいる」(報道記事)。これによって、同条約交渉は11月中には合意に達せず、採択のために予定されていた12月の世界保健総会も開催されないことが明確になった。また、この場合の予定通り、12月2日~6日の日程で、第12回INBの延長会議(Resumed Session)が開催されることとなった(今後の討議スケジュールはこちら)。

12月に合意し2月に採択という方法も

一方、パンデミック条約への政策提言に取り組む市民社会団体「第3世界ネットワーク」の情報によると、もし、第12回INBの延長会議で合意がなされるようであれば、WHOの執行理事会セッションが行われる2月3-11日の直後に世界保健総会特別セッションを開催して、より早い結論を得ることも可能であるとされる。専門メディアの報道によると、INBの共同議長をフランスと共に務める南アのプレシャス・マツォソ氏(Precious Matsoso)は、「交渉を終わらせるために残された時間は半年ではなく、数日だ。現状の地政学的な環境は極めて悪い。交渉には巨大な圧力があり、成果がどうなるかは分からない」と述べているという。合意の完成が急がれる背景には、1月20日に成立する米国トランプ政権の存在がある。特に、トランプ政権は著名な反ワクチン論者であるロバート・ケネディ・ジュニア氏を保健福祉長官に任命している。ケネディ氏は、米国でしばしば巨大な保健被害の元凶となって来た行政機関・規制当局と産業界の癒着に批判的である一方、特に感染症対策については、根拠に基づかない陰謀論を発信し続けてきた。トランプ次期大統領は多国間主義に反対し、特にWHOからの脱退や国際機関への拠出の大幅な減少を主張しているが、トランプ政権が成立した場合、これに共鳴する他国の極右政権もこれに追随する可能性が強く、パンデミック条約の策定に向けた合意の形成には暗雲が立ち込めることになる。

トランプ政権の脅威の前に文言交渉は収束に向け一定進展

9月と11月にかなりの日数をとって開かれたINB会合の結果、条文の文言に対する合意自体は、相当大きく進んでいる。現状、主要な相違点はほぼ以下の課題に収束してきている。

(1)パンデミック予防とサーベイランス(第4章):現状、加盟国は10領域にわたって包括的な国家パンデミック予防・サーベイランス計画、プログラム等を策定し、実施することになっており、これについて、さらに条約制定後のプロセスで「付属文書」(Annex)を作ることになっている。これについて、途上国側はどの程度のコミットメントが生じるのかについて疑問を呈している。

(2)パンデミック関連保健製品の製造に関する技術とノウハウの移転(第11章):ここでは、技術・ノウハウの移転はあくまで「自発的で相互に合意された取決め(Voluntary and Mutually Agreed Terms)によって行う」ものとすべきとする先進国側と、パンデミックの緊急時においては、時宜を得た(time-bound)技術・ノウハウ移転が必要とする途上国の間で文言調整が続いている。

(3)病原体へのアクセスと利益配分(第12章):以前から論争が続いてきたこの条項については、「病原体へのアクセス」を「利益配分」からなるべく切り離す、また、利益配分の割合を小さくできるようにすべきという先進国や産業界からの働きかけが続いてきた。また、合意が難しいことから、議論が収束しない事項については、条約が成立した後のプロセスで詳細を整備する「付属文書」に回すことを示唆する文案も浮上している。

(4)財政(第20章):パンデミック条約で定められた様々な事項を実施するためには資金が必要であり、そのための新たな資金メカニズムを作るのか、「国際保健規則」(IHR)に関連する資金メカニズムと統合するのか、それとも、これらについて、同条約制定後の討議にゆだねて「付属文書」を策定するとするかなどの詰めが行なわれている。

交渉は収束に向けて進んでいるとはいえ、残った論点はいずれも解決が困難な問題である。トランプ政権と極右化した一部の国の交渉離脱といった脅威を目の前にしても、12月2~6日に予定されている第12回INB会合の延長会議で決着がつくかどうかは微妙といえよう。