会議は踊る:本来の達成水準を示せなかった3つの国連保健系ハイレベル会合

9月20日から22日にかけての3日間、米国ニューヨークの国連本部にて、パンデミック予防・備え・対応(PPPR)、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、結核に関する3つのハイレベル会合が開催された。

現時点での到達点とビジョンを示すことが期待されていたハイレベル会合

UHCハイレベル会合「パネル2」加盟国の多くは欠席

2023年は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを受けた国際保健の構造変革プロセスの核心をなす年とされてきた。実際、「パンデミック条約策定」と「国際保健規則(IHR)改定」に向けた交渉は、2024年5月の世界保健総会を終着点とする以上、本年が山場となるべきものである。また、COVID-19対策のための保健系国際機関の連携枠組みとして整備された「ACTアクセラレーター」(ACT-A)の後継枠組みとしての「地球規模パンデミック医薬品プラットフォーム」や、パンデミック時に必要となる巨額の資金拠出を可能とする「サージ・ファイナンス」のための資金枠組みの設置構想は、G20インド・サミットに向けて、G20の財務・保健タスクフォースや財務トラックで検討されてきた。G7は、これら多国間のイニシアティブに先進国の意思を反映させるための戦略キャンプとして、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)やパンデミック関連医薬品の研究開発、国際保健の枠組み再編に関する政策を洗練させてきた。2023年9月の国連総会ハイレベル・ウィークに計画された、パンデミック予防・備え・対応(PPPR)、UHC、結核に関する3つのハイレベル会合は、2024年の「ゴール」に向け、国際保健の構造変革プロセスの到達点とビジョンを示す機会として期待されてきた。

示されたのは「世界の分断」

各ハイレベル会合の成果文書である「政治宣言」をめぐる交渉は、それぞれ難航した。元々、各会合とも、7月中に成果文書をめぐる交渉が妥結する予定であったが、いずれも最終ドラフトについての加盟国の合意を確保するための「沈黙期間」が加盟国によって破られ、文面の確定は遅れた。論争の一つが、各ハイレベル会合のテーマとは直接の関係がない「一方的強制措置」(Unilateral Coercive Measures)、即ち、主に先進国によって行使されてきた「経済制裁」などをめぐるものであった。実際に、途上国が先進国から経済制裁を科されれば、医薬品へのアクセスや国内の保健政策に投入できる資金が実質上減少するなどの不利益をうけ、その国が保健において抱える危機が深まることは事実である。実際、ハイレベルウィーク直前の9月17日、これまで先進国の経済制裁の対象となってきたベネズエラやキューバ、ニカラグアを含む中南米の「急進左派」諸国やロシア、ベラルーシ、朝鮮民主主義人民共和国など11か国の代表が連名で、「一方的強制措置」に関する先進国の交渉態度を非難し、SDGサミットや3つのハイレベル会合で政治宣言が合意されたといった偽装を行うべきでない、とのかなり強硬な文書を国連総会議長に送付し、サミットやハイレベル会合での成果文書への合意は一時、暗礁に乗り上げたかに見えた。結局、その後の交渉において、これら政治宣言等の採択において必要な国連総会での採択の前に、これらの論点を改めて議論することとなり、サミットやハイレベル会合での政治宣言草案への「合意」自体は可能となったが、この事件は、特にロシアのウクライナ侵略以降、世界の分断が急速に深刻化していることを示すものとなった。

リチャード・ホートン氏は「紋切型と嘘に塗り固められた宣言」と表現

結局、各ハイレベル会合で、政治宣言の最終草案への合意は取り付けられ、決裂といった最悪の事態は回避された。しかし、問題は各政治宣言の中身である。22日に開催された結核ハイレベル会合の政治宣言は、ストップ結核パートナーシップのルチカ・ディティウ事務局長(ルーマニア)が豪語していた通り、3つの政治宣言の中では、検証可能な定量的目標が一定含まれた、相対的に野心度の高いものにはなった。これは、準備プロセスにおいてストップ結核パートナーシップが結核やHIVに関わる市民社会を巻き込んで最も積極的に運動を展開したことが功を奏していると言える。一方、UHCハイレベル会合の政治宣言は、レトリックの面では、「誰も取り残さない」、コミュニティの取り組みの重視といったところで一定の進歩はあったものの、検証可能な数値目標に乏しく、アカウンタビリティの面で問題のある内容にとどまった。また、PPPRの政治宣言については、並行して行われているパンデミック条約交渉等が難航している中で、大きな課題とされてきた「技術移転・共有」「地域における医薬品製造能力の強化」「病原体情報へのアクセスと利益配分」などについて、抽象的な書きぶりに終始した。また、本来、PPPRについて国連総会の場でハイレベル会合を行う最大の意義と考えられてきた、パンデミック対策における国連の存在意義の確立、特に、首脳級を巻き込んだ、保健危機に関する理事会の設立といった国連のハイレベルなコミットメントの制度化については、交渉プロセスを通じて、ほぼゼロ回答に終始し、関係者を落胆させた。

各会合の会議場も、プレナリー・セッションはともかく、対策の内容を討議する「パネル」については、加盟国の多くが欠席し、満員なのは後ろに設けられた市民社会・ステークホルダー議席のみという寂しい状況が見受けられた。加盟国のスピーチには、紛争当事国同士のさや当てや、課題にかこつけて自国の領土問題に関するアピールを行う発言等も多く、課題についての真摯な意見交換がなされたとは言い難い側面もあった。

これらを見れば、COVID-19を受けた国際保健の構造変革の中間点における達成を示すことを期待されていた、これら3つのハイレベル会合は、残念ながらその期待を裏切るものとなったと言って良いであろう。英医学誌ランセットの編集長リチャード・ホートン氏は、ハイレベル会合終了直後に発表した論考「政治宣言:紋切型と嘘」(Offline: Political Declarations – cliches and lies)において、3つの政治宣言を次のように痛烈に批判した。「これらの宣言は、新しいことは何も言っていない。新鮮な誓約もない。彼らは昔の約束を再利用している。さらに悪いことに、これらは嘘と紋切型で塗り固められている」。結核に関する政治宣言の一部を除いて、ホートン氏の指摘は、まさに正鵠を得ていると言える。