=人権やパンデミック予防、財政についても強化が必要=
より革新的な「ゼロ・ドラフト」を提示
世界保健機関(WHO)は2月1日、加盟国や関連団体等に対して、現在策定が進められている「パンデミック条約」(WHO CA+:パンデミック予防・備え・対応に関するWHOの条約・合意またはその他の取決め)の「ゼロ・ドラフト」を送付した。これは2月27日から3月3日にかけて開催される、同条約の策定に関する「多国間交渉主体」(INB)の第4回会合に向けて、各国や関連団体等で行う準備に供するためである。WHOはこの「ゼロ・ドラフト」と、その検討の方法等に関する加盟国への説明会を2月7日に、また、関連団体(ステークホルダー)向けの説明会を2月15日に開催した。
「パンデミック条約」の今後の検討スケジュールとしては、第4回INBに引き続いて、4月3日~6日に第5回のINBが開催される。この2回のINBでゼロ・ドラフトに対する加盟国・関連団体等からインプットを得たうえで、5月末~6月頭に「第1ドラフト」が加盟国等に送付され、7月に第6回INBが開催されることとなる。また、5月の「世界保健総会」(WHA)に向けては、INBとして進捗報告書を提出することとなっている。
今回提出された「ゼロ・ドラフト」は、昨年11月16日に加盟国に送付され、第3回INBで加盟国等の議論に供された「概念的基礎草案」(Conceptual Zero Draft)について、加盟国からの意見を入れてヴァージョン・アップしたものである。その内容は、全体的に「概念的ゼロ・ドラフト」の中身をすべて継承しながら、掲げられた課題の追求について、「概念的ゼロ・ドラフト」の内容を格段に発展させたものとなっている。
特に強力な内容として構築されているのが、第3部「パンデミック予防・備え・対応と保健システムの再建のための/を通じた衡平性の確立」である。ここでは、どのように衡平性を確立するかについて、具体的な仕組みの構築が提案されている。即ち、WHO内に予測可能な地球規模サプライ・チェーンおよびロジスティックス・ネットワークを構築することである。この仕組みの中で、パンデミックに対する医薬品等の新規技術の共有や、「知的財産権の貿易の側面に関する協定」(TRIPS)の柔軟性の活用およびパンデミック時におけるTRIPSの知的財産権条項の包括的な免除などに関する仕組みの構築や事前合意を果たしておくといったことが示されている。また、パンデミックの病原体に関連する情報へのアクセスや利益配分に関しても、WHOに病原体アクセスおよび利益配分システムを構築し、生物多様性条約の名古屋議定書と調和化する形で、アクセスや利益配分の衡平性を担保することとなっている。
「ゼロ・ドラフト」では、この「衡平性」に関わる部分のみならず、全般的に、パンデミック予防・備え・対応に関する制度構築の面で、「概念的ゼロドラフト」を格段に発展させた内容となっている。例えば、第4部「パンデミック予防・備え・対応と保健システムの再建のための能力の強化と持続」の第13章では、各国のパンデミック対策の強化に関する普遍的ピア・レビューの仕組みが詳述されている他、第7部の「機構的調整」では、パンデミック条約に関わる統治のための「締約国会議」(COP)や諮問的機構の構築について詳述されている。
「人権」や予防・財政面については不十分
一方、この「ゼロ・ドラフト」でまだ充分に対応されていないのが、「人権」や、第5部(調整と協力)以降の部分である。「人権」は本来、パンデミック条約のすべての部分に通底する基本的な価値観として掲げられるべきであるが、現状では、第4部(能力の強化と持続)の一章(第14章「人権の保護」)に位置づけられるのみとなっている。市民社会をはじめとするステークホルダーの参画は第4部の第16章(国レベルにおける全政府・全社会アプローチ)の一段落にしか位置づけられていない。また、本来重要なはずの資金については、第6部で位置づけられているが、ここには特段の多国間の資金確保イニシアティブ等に関する提案等はなく、単に、各国に対してGDPの一定割合をパンデミック対策や保健システム強化に拠出すべきとの努力義務が記述されているにとどまっている。また、パンデミック予防や保健システム強化、保健医療従事者の増強、ワン・ヘルス(人間と動物及び自然環境にかかる保健・医療の取り組みの統合)などについても、各国に努力義務を課すことに終わっている。
これら、まだ十分に詰められていない部分については、別途、第1ドラフトの提案等の段階で新たに記述が加えられるものと思われるが、実際、2月7日および15日に行われた説明会において、第4回・第5回INBでの議論の仕方について、各国から議論が提起されている。7日の説明会では、英国が「第3部(=衡平性)のような難しい議論は後回しにすべき」との提起を行い、一部の国がこれに賛成した。第3部については、上記に見たように「ゼロ・ドラフト」においてかなりの作りこみが行われている。英国を含め、先進国は「衡平性」について、あれこれと問題提起をして、書きぶりを弱めたいとの意向があると思われるが、草案でこれだけ作りこんである以上、おいそれとはいかないような状況となっている。英国が7日の説明会でこのような主張をしたのは、特に衡平性の議論について、時間を確保して、他の先進国や考え方が共通する国と共同戦線を形成したいという考えがあるのではないかと推定される。
いずれにせよ、ゼロ・ドラフトが11月に発表された「概念的ゼロ・ドラフト」をさらに発展させる形で「衡平性」について強力な内容を確保したことは、市民社会やグローバル・サウスにとって重要な進展と考えられる。これからのパンデミック条約に関する攻防戦や、関連する他のトラックにおける進展がどうなるか、目が離せないところである。