WTOでのコロナ関連知的財産権免除提案についての「暫定合意」案が明らかに
=「連絡会」として見解をまとめました=
(2022年3月18日)長らく膠着していた、世界貿易機関(
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世界貿易機関(WTO)での「COVID-19医薬品アクセスと知的財産権」に関する「暫定合意案」の報道について
=公正で法的安定性の保証された保健・医療アクセスを世界全体で実現するために=
新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!連絡会
膠着状況の打開に向けて動き出した「4者協議」
2020年に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、この3月までに、5億人以上が感染し、600万人近くが命を落とすという悲劇が続いています。多額の公的資金を投入して開発・調達されているワクチンや医薬品がありながら、世界全体で感染を封じ込め、パンデミックを克服することができていない一つの要因が、富裕国と貧困国の医薬品アクセスの格差です。とくに、ワクチンや医薬品が、知的財産権保護などによって製薬企業に独占されていることがその要因となっています。結果として、世界全体で感染を封じ込めることが出来ず、より感染力や毒性の強い変異株の登場により、COVID-19の収束が困難になっているのが現実です。
この課題を解決するため、2020年10月、南アフリカ共和国とインドが、「世界貿易機関」(WTO)に対して、COVID-19の医薬品に関する知的財産権の一時・一部免除を提案しました。それから1年半、65か国がこの提案の共同提案国となり、100か国以上の支持を得ています。また、米国は昨年5月、オーストラリアは昨年9月にこの提案への支持を表明するなど、先進国にも提案への支持が広がってきました。しかし、欧州連合の一部加盟国やスイス、英国など一部の先進国がこの提案に反対を続けているため、WTOでは膠着状態が続いています。
これを打開し、事態を前に進めるため、原提案国であるインドと南アフリカ共和国、一部賛成に転じた米国と、反対国を多く抱える欧州連合の4者が、非公式に協議を重ね、打開案の策定に取り組んできました。3月15日、この4者による暫定合意案の内容が一部報道によって明らかになり、日本でも一部の報道機関が海外のニュースソースをもとに、この案についての報道を行いました。
極めて不十分な「暫定合意案」の内容[1]
この報道に関して、WTOのオコンジョ=イウェアラ事務局長は3月16日、合意の形成が近づいたことを歓迎しつつ、報道で明らかになった暫定合意案は案の全体ではなく、確定したものでもないこと、4者協議自体も、まだ終わったわけではないこと、また、4者協議で結論が出ても、これを加盟国で討議するプロセスが残っていることを表明しました。ただ、一方で今回明るみに出た案は、少なくとも、4者がどのような方向で、COVID-19に関わる医薬品アクセスと知的財産権の問題に関する議論の停滞を打開しようとしているかを知るうえでは重要です。実際、多くの市民社会やそのネットワークが、今回の案の報道から数日の間に、分析や批判、提言を行っています。
多くの市民社会団体やそのネットワークが共通して批判しているのは以下の3点です。
a)暫定合意案では、TRIPs協定の知財権保護規定を免除される対象となる物品はCOVID-19のワクチンのみで、治療薬や診断・検査薬、検査装置、その他必要な物品について対象となっておらず、治療薬と診断・検査についてはこの合意案の発効から6か月以内に決定するとされているのみです。COVID-19に関する先進国と途上国の医療格差はワクチンのみならず、検査・診断や治療についても広がっており、これらの医療格差を克服するには、ワクチンのみならず診断・検査薬、検査装置、予防機材(個人防護具やマスクなど)その他必要な物品も含めることが必要です。
b)暫定合意案では、TRIPs協定の知財権保護規定のうち、免除されるのは特許権のみとなっています。パンデミック時に求められるのは、急速に拡大する公衆衛生ニーズに対応して各地域で生産を拡大することであり、そのためにはスムーズな技術移転が不可欠です。これを実現するには、特許権にとどまらず、インド・南アが提出した原案で要求されていた、幅広い知的財産権の一時免除が必要となります。
c)暫定合意案では、対象国について、「2021年におけるワクチンの輸出量が世界の総輸出量の10%未満の(WTOの定義による)途上国」となっています。ワクチンの輸出量の関係で対象国から除外されるのは今のところ中国に限られますが、一方で、WTOの定義に基づく「途上国」といった場合、ブラジルは世界銀行の定義では上位中所得国であり、即ち途上国の一員とみなされていますが、WTOでは特定の経緯から、「途上国」が受けられる「特別かつ差異化された扱い」(S&DT)を受けられなくなっています。これに鑑みると、世界の中でもCOVID-19で大きなダメージを受けてきたブラジルが、対象から外されることになりかねません。また、それ以外にも、COVID-19の疾病負荷の高い中所得国などを対象外とするような解釈がなされないとも限りません。経済規模の大きい中所得国においても、貧困人口の割合、疾病負荷の度合い、保健に関するレジリエンスの高低、経済動向や財政余力の状況などによって、大規模な保健上の危機に陥る可能性が存在することに鑑みれば、知的財産権の免除はできる限り幅広く認められる必要があります。
世界全体で法的安定性が確保された公正な医薬品・医療アクセスの実現を
今回の暫定合意案は、少なくとも、知的財産権保護がCOVID-19に関する医薬品への公正なアクセスを阻害しており、これを正すアプローチが必要であることを、米国や欧州連合も認めたという点で重要です。また、確かに、途上国が簡便な手続きでCOVID-19ワクチンに関する特許権を幅広く免除され、特許権者の許可を得ることなくワクチンを利用できるようになるという点では一定の画期性はあると言えます。一方、上記 a) ~ c) のみならず、特許権の免除に、これまでのTRIPs協定でも規定されていなかったような新たな手続きが設けられているといった指摘もなされています。
いずれにせよ、今回明らかになった「暫定合意案」は、COVID-19に関する公平・公正な医療アクセスを実現するうえで画期的な合意、到達点と見なすには極めて不十分な内容です。この「案」は、さらに多くの国々や市民社会からインプットを得て、大幅に改善されるべき、作業途中のものと考えられます。私たち「新型コロナに関する公正な医療サービスをすべての人に!連絡会」では、WTOにおいて、医薬品の途上国への技術移転や生産、アクセスを阻害している知的財産権の問題が真に解決され、まずはCOVID-19において、そして今後のパンデミック等において、人々が必要とする医薬品や保健・医療サービスにアクセスできるようになることを求めています。私たちはこの立場から、世界の市民社会とともに、この「提案」が現行の問題点を克服する形で大幅に改善され、一刻も早く、世界全体で法的安定性が確保された公正な医薬品・医療アクセスを実現するにふさわしいものとなるよう、この非公式な4者協議体、また、日本政府を含む各国政府やWTOに対して、求めて行く所存です。
[1] 以下の論点について参考になる各団体の分析・声明は以下の通り:国境なき医師団アクセスキャンペーン、パブリック・シチズン、オックスファム、第3世界ネットワーク 等。
本声明についての問い合わせ先は:
新型コロナに関する公正な医療アクセスをすべての人に!連絡会
事務局:(特活)アフリカ日本協議会 (担当:稲場、小泉)
連絡先: ajf.globalhealth@gmail.com