1.ACTアクセラレーターの資金と組織整備の現状
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の地球規模の蔓延に対して、国際協調によってワクチンや治療薬、検査を開発し、平等なアクセスを実現するための枠組みとして4月24日に発足した「COVID-19関連製品へのアクセス促進枠組み」(ACT-Accelerator、以下「ACTアクセラレーター」)は、5月4日の「世界資金誓約マラソン」で74億ユーロを集めて以降も順調に資金誓約を確保しています。6月27日には、欧州委員会(European Commission)と米国のキャンペーン団体「世界市民」(Global Citizen)の呼びかけにより、「世界のゴール:私たちの未来に向けた団結」(Global Goal: Unite for the Future)と題した誓約サミットが開催され、政府や民間企業、民間財団、国際機関などから合計61.5億ユーロ(72.6億ドル)が誓約されました。これにより、ACT-Acceleratorは159億ユーロ(187.6億ドル)の資金を得たことになります。
枠組みの組織化も進んでいます。同枠組みのガバナンスは欧州委員会、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、ノルウェー、サウジアラビア、スペイン、英国とWHO、ゲイツ財団、世界経済フォーラム、ウェルカムトラスト(英国の医療系民間財団)で構成される運営委員会(Facilitation Council)が行い、そのもとに、ワクチン、治療薬、検査の開発と供給(delivery)のための協力枠組み(Partnership)が設けられています。ワクチンの枠組みは「感染症流行対策イノベーション連合」(CEPI)が開発、GAVIワクチンアライアンスが供給を取りまとめる形となっています。治療については、ゲイツ財団、ウェルカムトラストおよびマスターカードの3者が呼びかけて創設された「治療アクセラレーター」(Therapeutic Accelerator)が開発を、ユニットエイド(国際医薬品購入ファシリティ)が供給を受け持ちます。検査・診断については、開発を「革新的新規診断開発基金」(FIND)が、供給をグローバルファンドが受け持つことになっています。また、これらを各国の保健システムにおいて供給するための枠組みをグローバルファンドと世界銀行が軸となって形成する形となっています。
ワクチンについては、各国が個別に開発企業と交渉する「ワクチン争奪戦」が取りざたされていますが、一方で、ACTアクセラレーターのワクチン協力枠組みが「COVID-19ワクチン・グローバル・アクセス」(略称COVAX)として整備され、その中に、高所得国から低所得国まですべての国を対象とする「COVAXファシリティ」、さらにその中に、低所得国を中心に90か国をサポートする「COVID事前買い取り制度」(COVID-AMC)が設置されています。
治療薬については、まず開発の方は、ゲイツ財団、英国のウェルカム・トラスト、そしてマスターカードという奇妙な取り合わせで新しく設立された「COVID-19治療促進枠組み」(COVID-19 Therapeutic Accelerator:CTA)が治療薬の開発から製造までのファシリテーションを受け持つことになっています。こちらは、各製薬企業が持つ治療薬候補物質の情報共有や研究開発のネットワーキング、製造過程における原材料の供給とスケールアップなどを進めています。また、供給の方は、航空券連帯税を主要な資金とする医薬品購入のメカニズムであるUNITAIDが中心となって、各国の医薬品の許認可制度の整合性の確保や各国の状況に配慮した供給の方法など、治療薬の供給が可能になった際の対応力の向上に取り組んでいます。
検査・診断については、すでに各国でPCRなど遺伝子検査や抗体検査の実施が進んでいます。2003年の設立以降17年間、診断・検査の開発の調整に取り組んできたFIND(革新的新規診断基金)が、より簡便かつ迅速なCOVID-19検査方法の開発を調整しています。FINDは各国の検査状況について最新情報を示すマップをウェブ上に設置、どの国がどの程度検査を行っているかが一目瞭然となっています。グローバルファンドは、新たな診断技術を各国に迅速に供給できるように、治療薬と同様に、一度に大量購入することで各国に安価に供給できるようにする共同調達(pooled procurement)や、各国の許認可システムの調査、検査にかかわる保健システムの状況調査と向上などを行っています。
2.市民社会とのパートナーシップの進展
このように進んでいるACTアクセラレーターですが、設立してからまだ3か月ということもあり、多くの課題を抱えています。ACTアクセラレーターは、「研究開発」が主要なテーマですので、民間セクターと民間財団の積極的な参画が目立っていますが、市民社会の観点で最も重要な課題は、市民社会およびCOVID-19の影響を受けるコミュニティの積極的な参画を、ACTアクセラレーターがどのように保障するか、ということです。
ACTアクセラレーターに参加する各国際機関のガバナンスには、市民社会が明確に位置付けられています。グローバルファンドやUNITAID、UHC2030などの理事会や運営委員会には、市民社会とコミュニティの議席が設けられており、これらが一定の権限を持って参加することができるようになっています。これらの理事や運営委員は、国の代表以上に積極的に提案や政策提言を行い、それぞれの機関の運営に関与しています。ACTアクセラレーターの全体および各枠組みには、市民社会の参画が十分保障されていなかったので、UNITAID、グローバルファンド、GAVIおよび、UHC促進のための調整機関であるUHC2030の市民社会・コミュニティ代表17人は連名で、ACTアクセラレーターの運営委員会や各枠組み、および枠組み内のワーキンググループに市民社会やコミュニティの代表を入れるように要求する書簡を、6月5日にWHOのテドロス事務局長を始め、ACTアクセラレーターに参加する各機関の長に送付しました。また、6月17日には、その補足として、各枠組みにおける市民社会の参画の状況を報告しつつ、市民社会の参画を公式化し、市民社会が自ら選出した代表をACTアクセラレーターに送れるようになること、また、より広い市民社会の意見を聞く場を実現すること、を要求する書簡を送付しました。
これに対し、ACTアクセラレーターの中でも、UNITAID、グローバルファンドおよびWHOが市民社会の参画を積極的に保障する方向で動き、治療薬、診断、保健システムの枠組みについては、それぞれの枠組みおよび各ワーキンググループに市民社会の代表が参加することになりました。また、ACTアクセラレーター自体についても、WHOが全体の調整機関として設置しているACTハブ(ACT Hub)と市民社会の間の情報流通の仕組みを整備するほか、運営委員会についても、市民社会の参画機会を設ける、との返信が、ACTアクセラレーターを構成する各機関の長の連名で7月7日になされました。
現状での最大の課題はワクチン枠組み(COVAX)となっています。治療、診断・検査枠組みでは、枠組み自体と各ワーキンググループに対する市民社会の参画が保証されたのですが、COVAXについては、市民社会参画に関する明確なビジョンが示されないままになっています。市民社会は7月末、COVAXへの市民社会の参画の在り方について、具体的に要求する書簡を、全世界150団体以上の連名で送付しました。GAVI理事会も市民社会の参画を保障する方向で動き出しています。
ACTアクセラレーターは、マルチステークホルダーの協力と参画型意思決定が重要視されるSDGs時代に襲来した新型コロナに対して、市民社会やコミュニティを含むマルチステークホルダーで対応するための緊急の枠組みとして編成されたものです。実際にこの枠組みが機能して、単独行動主義に対する協調・協働・連帯の優位性を明確にできるかが問われています。市民社会の参画の要求に対する積極的な対応で、ACTアクセラレーターは協働と連帯の第1関門を突破しつつあります。