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現地レポート・マラウイ:深刻な食糧危機のなかでの人々の暮らし

Malawi:Peoples’ Life in the food Crisis

『アフリカNOW】63号(2003年3月31日発行)掲載

執筆:小林由季(AJF会員、在マラウイ)


マラウイの食糧危機の概況

2002年2月末、マラウイ大統領は食糧不足による災害事態を宣言。2001年第1栽培期(2000年12月から01年3月まで)(1)のメイズの不作に端を発した食糧不足は、2001年第2栽培期中に500名以上が餓死するという事態につながった。マラウイ人の主食は、食事の80%を占めるメイズだが、2001年第2栽培期のメイズも引き続き不作で、メイズの代わりになるキャッサバやサツマイモなどの生産高はわずかに増えたものの、メイズの不作を補うには至らなかった。
USAID(米国国際開発庁)-FEWS(Famine Early Warning System Network)の Malawi Food Security Report(2002年11-12月号)によれば、マラウイで必要な食糧は年間約247万トン(metric ton)と見積もられている。それに対して、第2・第3穀物販売期(2002年4月から03年3月まで)をまかなうために国内で生産された食糧は177万トン。2002年4月以前から持ち越した備蓄食糧3万トンを合わせても、180万トンしかない。不足分の67万トンは、国外から調達しなければならないが、昨年12月現在で、政府輸入分23万トン、援助分10万トンの計33万トンが流入しており、12月17日現在では34万トンが足りないという計算になる。その内、予定されている政府輸入分2万トンと援助約束分7万トンの計9万トンが予定通りに流入すれば、残りの必要調達量は25万トンになる。

マラウイの食糧事情概算(2002年4月~03年3月)

 必要な食糧の総量        247万トン
-国内生産量          -177万トン
-前期からの備蓄食糧持ち越し   -3万トン
 不足分             67万トン
-政府輸入分          -23万トン
-援助分            -10万トン
12月現在で足りない量       34万トン
-政府輸入予定分         -2万トン
-援助が約束された分       -7万トン
3月までに足りなくなる量 25万トン

上記の必要調達量25万トンは、タンザニアとモザンビークなどの近隣国からの、統計に表れないインフォーマルな輸入でカバーされる可能性も大きく、今後の政府輸入および援助予定分がすみやかに入ってくれば、3月までに必要な食糧の総量は流入するかもしれないと、FEWSは楽観的な見方を示した。その後、必要な食糧の量についての数字は調整されているが、第2・第3穀物販売期は、昨季と比較して総量としては足りているようで、備蓄食糧売却の動きさえ出ている。しかし、仮に総量でみて国内に充分な食糧があったとしても、すべての人がその食糧にアクセスできるのかということは別問題である。

食糧不足による危機の様相

(1)飢えを原因とする死亡
昨年6月頃の推定で、マラウイの人口1,100万人に対して、300~3,000名が亡くなったといわれている(詳細は不明)。大統領が災害事態を宣言した昨年2月とその後の3月が最も深刻だったといわれ、BBCによると、あるカトリック僧は毎日多くの人のお葬式をあげた、南部の警察の記録では毎日一人の割合で餓死している、南部の中心都市ブランタイヤの病院に飢えでかつぎこまれても手遅れで亡くなっている、などの痛ましい事態の報道が相次いだ。亡くなっているのは、小さな子ども、年寄り、病人が多いといわれている。

(2)健康・栄養状態の悪化
各地で活動しているNGOによれば、人々の栄養状態は明らかに悪化している。正確な統計は出ていないが、Save the Children UKがサリマ(Salima)県とムチンジ(Mchinji)県で、2001年12月と02年2月に行った調査では、その2ヶ月間に栄養失調者の割合が9.3%から19.0%に上昇したと指摘されている。特にムチンジ県では次のような事実がレポートされている。

・ 大人も子どもも顔や足がふくれ、体力が衰えている。
・ 4日間ずっと食事なしで過ごしている。
・ 飢えが原因で亡くなる人が出ている。
・ 普段食べない植物の根を食べ、それに毒が含まれているために亡くなる人が出ている。
・ メイズの穂軸、おがくず、ゆでたマンゴ、ゆでたバナナを毎日食べることにより、腹部の病気が多くみられる。
・ 食べ物がないために、病気の人が快復しない。
・ 貧血の人が増えている。
・ 何ヶ月も飢えた状態でマラリアになり、症状がひどい。
・ AIDS関連の病気にかかった人の症状が急速に悪化している。
・ 子どもや老人が世帯主の家は、他の人よりも飢えの状態がひどい。
・人々はどうやって生き抜いているのか・

不作ではない年であっても主食のメイズを1年分作ることができない家では、蓄えたメイズがなくなったら、次の収穫までは、メイズを買って食べなければならない。そこでガニュ(臨時雇いの仕事)の口を探して現金やメイズを稼ぐが、食事は1日2回に減らす。仕事がない場合は、持っている家畜を売ったり借金をして食べ物を買い、食事は1日1回に減らして切り抜けている。しかし、この方法では栄養状態が悪化してしまい、次のメイズを栽培する体力がなくなり、また栽培期からまだ青いメイズを食べ始めるので、収穫量が低下してしまうという悪循環におちいる。また次にまく種の数も減ってしまう。
こうした状況は、昨年の3月頃からさらに悪化してきた。食事の回数を減らしてもメイズを口にすることができない人が増えたのだ。メイズと一緒に栽培するカボチャの葉を早期に食べつくしてしまい、そのためにカボチャがうまく育たない。家畜も家財道具も衣服も、売れるものはすべて売られ食べ物にかえられた。メイズの値段が高騰し、家畜の値段がどんどん下がった。例えばムチンジ県では、鶏一羽が2001年2月では90~150クワチャだったものが、1年後には25~75クワチャになった。その一方で、メイズ1キロは25クワチャ前後で売られていた。
どうにもこうにも食べられなくなった人が都会に流れて仕事を探すが、見つからずに物乞いをする、あるいは行き詰って人の畑から食べ物を盗むケースも増え、盗んだ人は慣習法で制裁されて、手を切り落とされたり、時には殺されることも珍しくない。また、子どもが学校に行かずに食べ物を探していたり、出席しても飢えのため注意力が散漫になったり、病気を患っている子どもも多くなった。子どもを売って食べ物を買おうとする親すらもでてきた。
食糧不足による飢えは、2001~02年の栽培期がピークであり、同栽培期からの収穫後、援助のメイズが配布されたり、個人ベースでメイズ商売に参入した業者のフォーマル・インフォーマルな輸入によって、多少は緩和されたと言われている。その結果、今年は、昨年ほどメイズは高騰していないが、それでも1キロ16~20クワチャで売られている。家畜の値段は高めで安定しているといわれているが、それは昨年、やむにやまれず家畜を売りつくした家には売りたくても家畜がなく、今、家畜を持っている家は裕福な方なので、家畜を売り急がないというマーケット状況を反映しているようだ。
メイズの値段が昨年より低価格でも、すべて売りつくした家では、いったいどうやってメイズを手に入れるのだろうか。食糧援助でメイズの配給などが行われているが、配給が必要なすべての地域に行き渡っているわけではない(2)。
さらに今年1月2日から6日にかけて発生した熱帯低気圧デルフィナ(サイクロン8号)による洪水被害により、マラウイ全域にわたる広い地域で、農地・住宅・道路などが冠水したほか、高圧線鉄塔や幹線道路の橋が流され、鉄道架橋の閉鎖などの多大な被害が発生した。現在までに判明している被害状況は死者7名、行方不明者3名、被災者19,265名、被災家屋3,853戸、被災農地5,465ヘクタール、被災農家59,996世帯におよんでいる。
ライフラインが切断されたために、食糧輸入の17%が運び込まれるモザンビークからのナカラ鉄道の利用が不可能となり、WFP(世界食糧計画)はそれまでに計画していた国内での緊急食料援助の配布を一部中止しなければならなかった。その後1月末にナカラ鉄道は再開され、鉄道の一時閉鎖は食糧輸入にさしたる影響はなかったと、WFPは発表したのだが。
さて、現在のほとんどの支援努力は、次の収穫が行われる前の3月までをターゲットとしている。次の収穫の見込みはどうなのか、それに続く穀物販売期(今年4月から来年3月まで)の食糧事情はどうなるのかを見すえる必要があるが、今のところ、4月頃の次の収穫は例年並みの収量が期待できるということだ。

なぜ食糧危機が起こったのか

マラウイの食糧危機は、いくつもの要因が複合的絡み合って発生した。まず技術的な要因として、以下の点が指摘できる。
・洪水や雨量減少、不定期な降雨により2000~01年と01~02年の食糧生産が少なかった。
・メイズ減産の穴を埋めるはずだった根菜・塊茎類の生産予想を多く見積もったため、事態の深刻さを認識するのが遅れた。
・備蓄食糧が売却され、政府とドナーが配布する食糧がなかった。
・モザンビークからの輸送インフラが整わず、同じく食糧不足になったジンバブエ、ザンビアとの食糧輸送手段の競合が食糧輸入に遅れをもたらした。
・供給量の不足と食糧販売自由化のため食糧価格が上昇した(3)。
 また政治的な要因としては、以下の点があげられる。
・IMF(国際通貨基金)がマラウイ政府に、NFRA(National Food Reserve Agency:国家食糧保管局 )の備蓄食糧を売却し、10億クワチャの債務の返済を要求した(その後IMFは、備蓄食糧の全売却を要求したという事実はなく、備蓄食糧を16.5万トンから6万トンに減らすことを要求したにすぎないと述べている)。
・NFRAが備蓄食糧を払い下げた際、安く買い取った民間業者が食糧の値段をつりあげ、暴利をむさぼった。
・政府がドナーからの資金管理を誤ったり、公平な統治を行っていないと、ドナーが主張しており、最も重大な時にドナーと政府の関係が緊張していた。ドナー側は、食糧が国内に備蓄されているのであれば、それを市場に放出すべきであり、政治家が安く払い下げをうけてその値を釣上げ暴利をむさぼっているのであれば、その罪状を認めるべきだという点にこだわり、対応が遅れた。
さらに根本的要因として、農村の人々の脆弱な暮らしをあげることができる。土地圧力の増大、肥料投入を行わない地力の低下、農外所得の創出機会が乏しいこと、働き手の命を奪い扶養家族を増やすHIV/AIDSのまん延、都市住民や商業セクターを優遇し自作農を比較的無視した政策、経済自由化措置で農民が農業投入物へのアクセスを失くし、消費者補助金の投入や食糧価格安定化のための介入が行われなくなった、などの点を指摘できるだろう。10年前であれば、ADMARC(農産品販売公社)がどんな遠隔地にも販売拠点を持っており、人々が購入可能な価格で食糧を提供していたが、現在マラウイは経済自由化への過渡期にあり、食糧供給と価格は市場にゆだねられようとしている。

食糧危機から波及して

MEJN(The Malawi Economic Justice Network )は、食料アクセスの権利( The Right to Food)を提唱。人々が、常に充分な食料を手に入れることが可能である状態を要求する権利に目覚め、備蓄食糧売却やそれに乗じて暴利を貪る人間が出てきたときに、それを食い止められるような仕組みをつくっていこうと訴えている。MEJNは同時に、市民社会が食料安全保障に関する政策策定にもっと関与していくべきだと主張している。
またマラウイ政府は、遺伝子組み換えメイズ(GMメイズ)の食糧援助を受け入れた。その理由は、人体への害が証明されていないということであったが、自然環境保護政策から外来種の持ち込みを禁止しているため、GMメイズを栽培用種子としては用いないことを条件として、配給に踏みきった。当初は、栽培に用いられないようにGMメイズをひいて粉にしてから配給すると発表したが、粉にするための費用や手はずが整わず、そのまま配布している。新聞にはある村で、GMメイズの種をまいた女性が見つかって、苗を引き抜かなければ村八分だと村人にさとされ、いやいや苗を引き抜いたという逸話が掲載されていた。

(1)マラウイの食糧供給サイクルは、12月から3月のメイズ栽培期を基準としている。穀物栽培期は12月から翌年3月まで、穀物販売期は4月から翌年3月までという分け方をする。
(2)USAID-FEWS Malawi Food Security Report(Dec.2002-Jan.2003)
(3)2001年6月収穫期のメイズの価格は、1キロ4クワチャから40クワチャ(2002年1月)まで上昇した。ちなみに、このときの臨時雇いの労働者の平均賃金は日給20クワチャであった。


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